【144 朱雀騎士団三分す】
【144 朱雀騎士団三分す】
〔本編〕
龍王暦一〇五一年七月一日。ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の半年におよぶ休戦協定の期限が切れた。
二大強国による休戦協定であったが、その期限が切れた日は、両国の首都では特に大きな動きは無かった。しかし、これは嵐の前の静けさであり、その数十日後には大掛かりな戦が起こるのが明白であった。
実際、七月一日のこの日、ゴンク帝國の帝都であるヘルテン・シュロスから八千人規模の大軍勢が西に向かって動き出した。言うまでもなく、この軍勢はバルナート帝國の朱雀騎士団であり、向かっているのは、ソルトルムンク聖王国の首都であり王城でもあるマルシャース・グールである。
本来であれば二千のゴンク帝國兵を含めた一万二千の軍勢でゴンク帝國の帝都ドメルス・ラグーンを出発する予定であったが、それはかなわなかった。なぜなら、六月下旬頃からヘルテン・シュロスを中心としてゴンク帝國内の各地点で、小規模ながら、数にして百を超える暴動が起きたからであった。
ナンダは副官バーフェムに命じ、先に八千の朱雀騎士団をマルシャース・グールに向けて進発させ、自らはその暴動の鎮圧に奔走した。結果、暴動はほぼ全て鎮圧され、ゴンク帝國の兵一千を含む三千の兵はナンダに率いられて七月一〇日にヘルテン・シュロスを進発した。
本来、二千のゴンク帝國の兵を遠征に見込んでいたのだが、暴動鎮圧直後ということで千人ということになった。
後日、その報告を聞いたハクビ達は大いに喜んだ。ゴンク帝國で頻繁に勃発した暴動は、全てゴンク帝國の地下組織の長であるスーコルプと、共和の四主の一人――通称『風の旅人』の仕業であった。
ハクビはこれで朱雀騎士団を分断することに成功したのである。
先発した八千の朱雀騎士団は七日後の七月八日にマルシャース・グールより約千二百キロメートルの地点で二つに分かれ、南西と北西にそれぞれ進路を変更した。
北西に進路をとった朱雀騎士団四千は朱雀騎士団の副官であるバーフェムが率いていた。スキンムル城より北側にルートをとり、マルシャース・グールの北門から攻め込む軍であった。
同じく、南西に進路をとった朱雀騎士団四千は、こちらはスキンムル城より南側にルートをとり、マルシャース・グールの南門から攻め込む軍であった。この軍の指揮官は、朱雀騎士団の大隊長の一人で軍団の中で『小ナンダ』という異名を持つ猛将ドプトルであった。
さて、朱雀騎士団は三つに分かれた。これより区別を明確にするために便宜上、マルシャース・グールの北門に向かっているバーフェム率いる軍を『北方軍』。同じくマルシャース・グールの南門に向かっているドプトルの率いる軍を『南方軍』。そして遅れて進発したナンダ率いる三千の軍を『東方軍』と呼ぶ。
東方軍は七月一〇日にドメルス・ラグーンを出発し、一日百キロの進軍速度で、スキンムル城、そしてその延長線上のマルシャース・グールの東門へ向かっていた。
ここまでがスキンムル城の滞在しているハクビ将軍が、七月一五日までに知り得た情報であった。
「やはり今回は軍を三分してきたか! シェーレとグラフ将軍のおかげで、一万の軍勢が間に合ったが、これで五分五分っていったところだ! この情報をすぐに王城の聖王とグラフ将軍に知らせるように……」
「はっ!」ハクビの言葉に兵士の一人が伝令にたった。
「シェーレ!」
「はっ!」
「ナンダ率いる東方軍は一日百キロの進軍速度であるから、恐らく二、三日にはこのスキンムル城へ到着する。北方軍と南方軍はグラフ将軍にお任せするとして、この東方軍は何としても僕たちで食い止めるぞ。すぐに会議を招集する! シェーレ! その準備をしてくれ!」
会議の準備でシェーレが去った後、ハクビは自分が今までにないほど緊張しているのを悟った。
後、数日でナンダと再び戦う。そのなんともいえない高揚感は刻一刻と高まってくるのであった。
龍王暦一〇五一年七月一七日。ソルトルムンク聖王国の王城マルシャース・グールに、ハクビから派遣された伝令兵が到着した。
直ちにソルトルムンク聖王国の聖王ジュルリフォンは、グラフ将軍、ザッドを始めとする主な者を集めた。
「将軍! 伝令によると敵は三分に分かれて進軍中ということだが、その対処はいかがするのだ?」聖王がグラフ将軍に問うた。
「はい! 王より賜った一万を我が王城の南方から進軍してくる四千の南方軍にぶつけます。敵の南方軍は、これで間違いなく敗走させられると思われます」
「馬鹿な! 一万の軍勢を全て南方軍にぶつけるなどと……それでは、敵の北方軍はどうなるのだ! 確かに敵の東方軍は、十日遅れで進発し、さらにハクビの一万の兵によって阻まれるから問題はないとしても……残り四千の北方軍にはどの兵をぶつけるつもりなのだ!」ザッドがグラフ将軍にかみついた。
「――それと南の地域に駐屯している白虎騎士団の北上も視野においておかなくてはいけないだろう!」
「ご心配めさるな宰相殿!」グラフはザッドの剣幕もどこ吹く風、淡々と話を進めた。
「白虎騎士団の北上はありえません。既に我が副官のコリードが『山の導師』と名乗る共和の四主の一人と連絡をつけております。その後、王城の南部の地域の情勢をみていますと、七月の初旬から小規模ではありますが、各地で反乱が勃発しております。そのような状況下で王城への北上進出は不可能でしょう」
「将軍! それで北から攻めてくる北方軍はどうするのだ? 一万の兵を将軍が率いていった後には、千人に満たない王城守備軍や聖王親衛隊しかいなくなるのだ! どのようにして四千の敵軍を撃退するのだ!」
「ご心配には及びません! 前にもいいましたが、この王城に仕掛けを施します。敵は戦わずに撤退するでしょう」ザッドの激昂に、グラフ将軍は聖王に答える形で語った。
「ほお! 将軍どのような仕掛けを講じるのだ?」
「ここでは、敵方に策が漏れる心配がございます。聖王よ! お人払いを……」
「小生も人払いされるのか?」ザッドは憮然としていた。
「いえ、ザッド殿は席を外す必要はありません。それから後一人、マクスール将軍にも残っていただきたい」
こうして、ジュルリフォン聖王、ザッド、グラフ、マクスールを除き、玉座の間から大臣以下多くの者が席を外した。
それから一時間後、玉座の間からグラフ、マクスールの両将軍はそれぞれの役割を果たすべく、退出していった。退出の際、グラフ将軍がマクスールに話しかける。
「マクスールよ! 今回の策を成就させるかは、お前の行動如何にかかっている! お前がマルドス城戦やミケルクスド國侵略戦で行ったように単独で逃走するような動きがあれば、わしの権限で直ちに切り捨てる。副官のスルモンを常に身近につけておくので、その覚悟を持て!」
「はっ。グラフ将軍。将軍からいただいた役割の重要さをひしひしと感じます。必ず将軍のご要望にお応えすべく全身全霊をもって事にあたります」
この言葉を聞いてグラフ将軍は、マクスールの変化に気がついた。今までのマクスールは、このようなグラフ将軍の言葉に反撥を覚え、必ず皮肉交じりの回答をするものだが、今回はそれがない。グラフ将軍を年長者として敬うような受け答えであった。
なによりも違和感に思うのは、マクスールは常に目をキョロキョロさせ落ち着きのない言動をしていたが、今は不思議と落ち着いている。
グラフとしても、奇妙には思えたが、それを詮索する暇が今は全くない。後々、その理由が明らかになるが、それはまた後筆にて語ろう……
〔参考一 用語集〕
(人名)
風の旅人(共和の四主の一人)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の地利将軍)
コリード(グラフ将軍の副官。元ムーズ将軍の副官)
ザッド(ソルトルムンク聖王国の宰相)
シェーレ(ハクビ将軍の副官)
ジュルリフォン聖王(ソルトルムンク聖王国の聖王)
スーコルプ(ゴンク帝國の地下組織の頭)
スルモン(グラフ将軍の副官)
ドプトル(朱雀騎士団の大隊長の一人。『小ナンダ』の異名を持つ)
ナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
バーフェム(ナンダの副官)
マクスール(ソルトルムンク聖王国の将軍)
山の導師(共和の四主の一人)
(国名)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦の建国した國。飛竜の産地)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ。今は滅亡している)
(地名)
スキンムル城(ソルトルムンク聖王国の東部地域の城)
ヘルテン・シュロス(ゴンク帝國の帝都であり王城。別名『堅き城』)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
マルドス城(ツイン城を守る城。通称『山の城』)
(その他)
共和の四主(クルックス共和国を影で操っている四人の総称。風の旅人、林の麗姫、炎の童子、山の導師の四人)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ。ナンダが軍団長)
白虎騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ。ライアスが軍団長)
〔参考二 大陸全図〕




