【120 竜の山脈(八) ~第四の試練~】
【120 竜の山脈(八) ~第四の試練~】
〔本編〕
「第四の試練とは、今のソヤ殿との戦いではないのか?」ハクビが尋ねた。
「それは試練の前の肩慣らしのようなものだ! 私のこれから出す問いに、満足のいく回答ができれば、試練はクリアだ」ヴァイスドラゴネットのカリウスが続けた。
「私は今、戦いに必要な考えられる限りの装備をしている。それは見ての通りだ」 ハクビはその言葉に頷く。
確かに、カリウスの装備は頭に兜。兜からのびる手綱。前足には籠手。後ろ足には脛当。腹から背中には鞍付きの武装と、この当時考えられる限りの装備が施されている。
「この装備の中で私が気に入らない装備が一つある。それをハクビ殿! お前と共に戦うのであれば、外してもらおう! 私に読心スキルは通じないので、そのつもりで……」カリウスはにやりと笑って言った。
読心スキルとは付帯能力の一つで、文字通り相手の心を読み取る能力である。
昨年の龍王暦一〇五〇年のマルドス城の無血開城の際、ハクビが帝國軍の合言葉を答えた時に使った能力である。
この読心スキルは相手に働きかける能力なので、相手と自分との能力格差が問題となる。相手が自分と同等或いは上位の読心スキルの持ち主であった場合、その読心スキルによる抵抗能力により自分自身の発動した読心スキルが全く役に立たないという現象に陥る。
つまり、相手の心が読めないということである。
他に読心スキルに対する抵抗能力として、勇猛スキルや陣地作成スキルといった別の付帯能力。その他遮断や閉心の魔法。また単純な気迫といった『気』もこれに当てはまる。
とにかく、ハクビの読心スキルではカリウスの心を読むことは不可能であった。
ハクビはしばし目を瞑って考えた。
“この、カリウスの力を持ってすれば、フル装備の武装には充分に耐えられるはずだ! ……とすれば、僕が彼女に乗るという前提で考えれば、影響してくるのは『鞍』と『手綱』になる! 僕の騎乗スキルから考えるのに、鞍は必要ない! さらに僕の武器は両斧なので、手綱も同じく必要ない! どちらかのはずだが…”
カリウスはハクビのこの考えを読み取るようにこう言った。
「さすがはハクビ! しかしそこからの選択が難しいぞ。よく考えるのだな!」ハクビはこのカリウスの言葉にあることを悟った。
“これは難題だ! どちらを選んでも、カリウスにしてみれば、もう一方だと答えることができる! それをさせないように答えなければ……”ハクビの考えたとおりこれは難問であった。
答えはカリウス自身しか分からないので、仮に手綱と答えれば、鞍だとカリウスは言えるし、また逆に鞍だと答えれば、手綱だとカリウスは言うことが可能だからである。
“先程のソヤとの戦いで答えのヒントがあるはずだ。ソヤも両手に武器(剣と槍)を手にしているので、手綱は必要ない! それでも自分もカムイ湖での戦いやここでのソヤとの戦いでも経験したが、騎乗スキルには限界があり、水上やドラゴネットが怯えているときなどは、手綱があった方が便利だ!
しかし……鞍も同じようにあったほうが、安定感が出て、騎乗スキルを放出する上でも余裕が出る ――ん? まてよ……先程のソヤとの戦いで、ソヤは僕がカリウスに飛び移ったとき、鞍の鐙から足が抜けなくて危機に陥っている。そうか!”
ハクビはパッと目を開けカリウスに近づきながら、
「カリウス殿! 分かりましたぞ!」と言って、鞍に手をかけようとした。その瞬間、
“それではない!”心の中でハクビ自身の声が聞こえた。
“これは直感スキルだ!”
次の瞬間、鞍に手をかけようとしたハクビの右手は手綱を握っていた。手綱を握られたカリウスは嘯いたように言った。
「ほぉ~手綱を選んだか! それは残念だったな! 答えは……」
「いや正解は手綱だ! カリウス殿!」カリウスの言葉を遮り、ハクビは語りだした。
「先程のソヤとの戦いで、ソヤが鐙から足が抜けなくなった状態を考えたとき、最初は鞍かと思いました。しかし……鐙に足が引っかかったのは偶然だったにせよ、それはカリウス殿の能力で外すことが可能です。引っかかったのは偶然ですが、外れたのは必然です。
なぜなら鐙はソヤの足についたままで、鞍から外れていますが、どこにも外れた後、例えば紐などが切れた後がありません。おそらくこの現象はカリウス殿の付帯能力の力だと思います。そう考えたとき、鞍は騎乗する者が戦いに専念できるよう、安定するために必要不可欠です。それに対し、手綱は……僕もそうですが、沙伽羅龍王も両手に武器を持っている以上必要ありません……」
沙伽羅龍王が両手に武器を持っているのをハクビが知ることができたのは、第五の山にさしかかった時にそこに設置されていた沙伽羅龍王の銅像を目にしたためである。
ハクビは続ける。
「手綱と云う物は騎乗する動物や竜を制したり、操縦したりするものです。カリウス殿を操縦する必要は全くありません!」
「ほぉ~面白い! では……絶体絶命の危機に陥った時も、手綱はいらないというのか?」ヴァイスドラゴネットはこう尋ねた。
「絶体絶命の危機に陥ったときこそ、カリウス殿の独自の判断が必要です。僕は普通の騎乗する動物や竜として、カリウス殿を扱いません。むしろ運命共同体としての戦友です。それであってこそ……ナンダと対等に戦えるというものです!」
「ハッハッハッ! ソヤ聞いたか! ハクビは私を友として扱うそうだぞ! 確かにハクビ……お前の言うとおりだ! 鐙が外れたのは私の付帯能力の物体転移スキルの力だ。鐙と鞍を繋げている紐をその場から移動させたのだ。おそらく、紐はこの山の麓あたりを探せば見つかると思うがな……」
ハクビは黙って聞いていた。
「よし! 前言は撤回する! ハクビ殿! 手綱で正解だ! 見事私の試練を突破したな!」ヴァイスドラゴネットのカリウスは笑いながら続けた。
「私を戦友として扱うと言うことは私を信じるということだな?」
「……」ハクビは何故かこれに対して何も答えなかった。
「ん? 何故何も答えない? ハクビよ!」カリウスの声が少し不穏な感じになった。
しかし、ハクビはやはり何も答えなかった。
「友とまで言っておきながら私が信じられないのか?」少しとがったような言い方をしたカリウス。
それに対して、ハクビは「はい」と短く答えた。
「何?」カリウス同様にソヤもその答えには意外であった。
「それでは、これから共に戦うカリウスを信じないというのか?」ソヤが口を出した。
「信じないとは少し違います。盲信するということではなく、カリウス殿そのものをよく知るために、疑うという意識を常に持つということです」
「疑うだと! この私を!」カリウスは低く唸り、ハクビを睨み付けた。
しかし、ハクビは落ち着き払ってこう言った。
「人の信じるという行為は非常に美徳ではありますが、実は信じるという言葉の元、他人の立場に立って物事を考えるということを放棄している者が非常に多いのが事実です。信じると言ってしまえば容易いですが、それは無関心を装うということで、疑うよりさらに悪質なことです。
誰にも表と裏若しくは虚と実があります。それを見極めるためには、相手を良く知るということが必要で、そのためには時として疑うという行為も必要でしょう。特にカリウス殿は今まで生き残るために虚と実を非常に巧みに使い分けてきた方と思われます。この虚と実の使い分けこそ、ナンダと戦う際には非常に重要な鍵となるでしょう。僕もカリウス殿と共にここでいろいろな修行を積み、ナンダに対抗したいと思っています」
「ハッハッハッ! 見事だ! ハクビ殿! まさに今の、『信じるか否かの答え』が真の四番目の試練だったのだ。お前はそれを見事にクリアした。合格だ!」ヴァイスドラゴネットのカリウスは満足そうに笑った。
「よし! 約束どおりハクビ殿。お前と行動を共にしよう……ん? まだ疑っているのか?」
「はい! 正直カリウス殿は、底が知れない方。しかし今のカリウス殿の目は信じるに足ると思います」ハクビはそう言うとにっこりと笑った。
〔参考一 用語集〕
(龍王)
沙伽羅龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王)
(人名)
カリウス(沙伽羅龍王に仕えていた白い小型龍。「ヴァイスドラゴネット」とも「白き小型龍」ともいう)
ソヤ(沙伽羅龍王に仕えていた龍人)
ナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
(国名)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
(地名)
カムイ城・カムイ湖(ツイン城を守る城。通称「谷の城」とその城が中央の島に築かれている湖)
フィンフトベルク(竜の山脈の一つ。「第五の山」とも呼ばれる)
マルドス城(ツイン城を守る城。通称「山の城」)
(付帯能力名)
付帯能力(ごく一部の者にだけそなわっている能力。全部で十六ある。アドバンテージスキルともいう)
直感スキル(十六の付帯能力の一つ。現在や近未来の状況を感覚的に読み取る能力。通常の直感と非常に近い能力である)
騎乗スキル(十六の付帯能力の一つ。竜や動物に乗る能力。また乗用している竜などと心を通わす能力も含まれる)
勇猛スキル(十六の付帯能力の一つ。自らを高揚させ、味方の士気をあげる能力。また敵の士気を挫く能力でもある)
陣地作成スキル(十六の付帯能力の一つ。自分の周辺或いは一定の場所や部分に、自分に都合の良い結界(陣地)を作る能力。その中では敵にあたる者は何らかの制限を受ける)
読心スキル(十六の付帯能力の一つ。相手の考えていることを読みとる能力)
物体転移スキル(十六の付帯能力の一つ。物体を別の場所へ移動させる能力。一部分だけを他の場所へ瞬間移動させることも可能)
〔参考二 大陸全図〕




