【110 正義か悪か】
【110 正義か悪か】
〔本編〕
龍王暦一〇五一年二月一日。ハクビは一人、ゴンク帝國の東に位置する竜の山脈の山々のうちの一つにあたる『第一の山』――エーアストベルクと言われる山の麓にいた。
この竜の山脈は八つの山から成り立っている。
山はゴンク帝國の王城ヘルテン・シュロスから近い順に『第一の山』と言うように順番に番号がつけられており、一番王城より遠い山が、一番高く『第八の山』といわれていた。ハクビが目指しているのは、その『第八の山』であった。
この日より遡ること三日前。同暦の一月二九日。ハクビ、レナ、ドンクの三人は無事に、ヘルテン・シュロスに居住している、レナの叔父のギルマンに会った。ギルマンは小太りの人の良さそうな人物であった。
「おお! あなたがハクビ殿か。噂はこのゴンク帝國にも届いていますぞ! 甥と姪がお世話になっているそうで……」
「いやいやこちらこそ二人には助けられています」ギルマンの言葉にハクビが答えた。
「でも叔父様! ヘルテン・シュロスはつい三ヶ月前にバルナート帝國に陥落させられたと聞いていましたけど、そう思えぬほどの活気がありますね」レナがギルマンに尋ねた。
「そうなのだ! バルナート帝國のナンダ軍団長は、この都市を陥落させたにも係わらず、ゴンク帝國の王を始めとして重臣、将軍の誰一人として罰せず、そのままの地位と役職を継続させたのだ。おかげでこの王城を中心としてゴンク帝國は以前のままなのだ! いや商人達にとってはバルナート帝國の駐留兵という客が一気に五千人も増えたため、むしろ活気づいているぐらいだ」ギルマンは続けた。
「ナンダという軍団長は不思議なお方だ。占領地域の者には寛大なのに、自分の引き連れてきた兵には厳しい。兵の占領地の民に対する殺戮や略奪、強姦といった非人道的な行為をナンダ軍団長は禁じられたのだ。実際に略奪をしたバルナート帝國兵が二人ほど一般民衆の見ているなかで公開処刑されたぐらいだ。バルナート帝國兵に占領されたら、ゴンク帝國の民は皆殺しされるかのように噂されていたぐらいだったから、むしろあまりのギャップに皆びっくりしている」
「そう言えば、このヘルテン・シュロスに入るのも、特に臨検もなかったため、びっくりしました」ハクビが言った。
「帝國兵も最初は、皆、王城の外で野営して過ごして、徐々に家が完成した者から王城内に住むようになった。家も正当な対価によって、ゴンク帝國の職人達の手によって作られている」
これらの話を聞いてハクビは前々から感じていた奇妙な感覚をこの時強く感じた。
それはバルナート帝國という国家に対する認識であった。確かに最初、去年の五月には、自分が住んでいたコムクリ村が帝國軍に襲撃され、村人のことごとくが虐殺されたため、バルナート帝國に対し、激しい怒りを覚えたものであった。
そしてバルナート帝國を血も涙もない鬼畜の軍と認識し、それに対する反勢力としてソルトルムンク聖王国を正義として位置づけ、それを深く信じ、ハクビは今まで戦ってきた。
しかし、その戦いの中で、バルナート帝國の四神兵団のうち、三人の軍団長と出会い、それぞれの軍団長の人となりや生き様に接していった時、単純にバルナート帝國を悪として考え、その考えに従って戦ってきた自分に少なからず戸惑いを覚えていた。
少なくともバルナート帝國のライアス、ヴォウガー、ナンダといった軍団長の方が、ソルトルムンク聖王国のマクスール将軍や宰相ザッドより単純に好感がもてるのである。
もちろんだからと言って、ソルトルムンク聖王国に反旗を翻す気など毛頭無い。 しかし、これらバルナート帝國の軍団長の上に君臨する帝王ロードハルトという人物に直接会ってみたくなったのは事実である。
その機会が会話によって訪れるか、戦闘によって訪れるかは、その時のロードハルトとハクビの置かれている立場によるが……。ともかくハクビはレナの叔父ギルマンに、このゴンク帝國にやってきた理由を詳細に語った。
「ふむ。その謎の声と言うものに導かれて、この地に来たということは分かった。恐らくそれは竜の山脈に住みついた――いや君臨したと言った方が正しいかな――白い仮面の騎士ことではないかな? うん! 恐らくそうであろう」ギルマンは一人納得をしていた。
「白い仮面の騎士とは……?」ハクビの問いかけに、
「まあ。順序立てて話そう」ギルマンはゴンク帝國の竜の山脈について語り出した。
「竜の山脈といわれるドラッヘゲビルゲは、八つの山より成り立っており、龍王暦が始まる紀元前は、竜の王国であった。その当時の竜は知能も人間並みにあり、人と同じく言葉を用いて意思を伝え合ったりしていた。ドラッヘゲビルゲにはそのような竜が十万ほど生息していたのだ。
そして紀元前一年。つまり龍王暦の制定される一年前だが、八大龍王の一人『沙伽羅龍王』によって、現在のゴンク帝國の地に住んでいる人と竜に対して、和解するよう申し入れがあった。人はその龍王の申し入れに対し承諾したが、竜の山脈に住むドラゴン達は拒絶したのだ。
沙伽羅龍王は武力を持って、八つの山に住む八体のドラゴンの王達を制圧した。ドラゴンの王たちが死滅した後、人と竜達の間で和解が成立し、沙伽羅龍王の立会いのもと、ゴンク帝國が成立した。
そして、和解の決め事の一つに竜の山脈のうち、第一の山から第四の山までの山が人間に解放され、同時にそこに住むドラゴン族の一つ小型竜への人の乗用を許されたのであったのだ。それが最終段階の地上で最強の騎兵――竜騎兵のことだ。
しかし、竜が一千年の時をかけて退化して、普通の動物に同化したのをいいことに、ゴンク帝國の人々はドラッヘゲビルゲの立入りの許されていない第五の山から第八の山まで踏み込み、ドラゴンの乱獲を始めた。動物と同化した竜に人の乱獲から逃れる術はなく、ドラッヘゲビルゲから竜が狩りつくされるのは時間の問題と思われたのだ。
しかし、三年前の龍王暦一〇四八年の四月。第八の山に白い竜に乗った白い仮面の騎士がどこからともなく現れ、不思議な力でバラバラだったドラゴンの群れを統率し、ゴンク帝國の兵を第四の山まで、追い出したのだ。その後、我が國(ゴンク帝國)は三度にわたり兵を送り込んだが、ことごとく敗れた。
そうこうするうちに、昨年のソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の戦乱だ。我がゴンク帝國もその騎士を相手する暇がなくなったというわけだ」
ハクビはこの時、その白い仮面の騎士と出会うことに今回の大問題である『ナンダを倒すこと』の解決の糸口が見つけられると直感的に感じた。
「そのドラッヘゲビルゲへの道を教えてください!」気づくとギルマンにそう尋ねていたハクビであった。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
沙伽羅龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王)
(人名)
ヴォウガー(バルナート帝國四神兵団の一つ玄武兵団の軍団長。故人)
ギルマン(マークとレナの伯父)
ザッド(ソルトルムンク聖王国の宰相)
ドンク(元ハクビ小隊の諜報兵。現在はハクビ将軍の配下)
ナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
マクスール(ソルトルムンク聖王国の天時将軍)
ライアス(バルナート帝國四神兵団の一つ白虎騎士団の軍団長)
レナ(マークの妹。ハクビ将軍の副官)
ロードハルト帝王(バルナート帝國の帝王。四賢帝の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ。今は滅亡している)
(地名)
アハトベルク(竜の山脈の一つ。「第八の山」とも呼ばれる)
エーアストベルク(竜の山脈の一つ。「第一の山」とも呼ばれる)
コムクリ村(ソルトルムンク聖王国南西の村。ハクビ、マーク、レナの住んでいた村)
ドラッヘゲビルゲ(ゴンク帝國の東に位置する山脈。八つの山から成り立っており、大陸で一番ドラゴンが生息している場所。「竜の山脈」とも言う)
フィーアトベルク(竜の山脈の一つ。「第四の山」とも呼ばれる)
フィンフトベルク(竜の山脈の一つ。「第五の山」とも呼ばれる)
ヘルテン・シュロス(ゴンク帝國の帝都であり王城。別名「堅き城」)
(兵種名)
最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。この称号を与える権限は國の王のみが持つ。トップランクとも言う)
ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)
(竜名)
ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。「小型竜」とも言う)
〔参考二 大陸全図〕




