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翌朝。いつものように淡々と食事の準備をしている彗を、翔平はぼんやりと見ていた。
男だと思っていた時には見逃してしまっていたことも、女と判った途端、そのひとつひとつが目に付く。線の細さは勿論、小さな胸の膨らみも、Tシャツの上に無造作に羽織ったカジュアルシャツが上手く隠しているだけで、ちゃんと存在している。煌めく瞳、長い睫毛、薄桃色の頬、濡れたような唇も女であることを控えめに主張しているかのようだ。
確かにこれで気付かなかった自分は、とんでもない阿呆に思えた。
視線が気になるのか、彗が顔を上げた。
「……何か、気に入らないことでも?」
「いや、そうじゃない。ぼんやりしていただけだ。」
「そうですか。」
淡々と言う。
男だと思っていた時には、その否定的な尋ね方が気に入らなかっただろうが、女の子だと判った今は、一生懸命虚勢を張っているか弱さを感じ取ってしまう。自分の単純さに苦笑が漏れた。
殆ど会話の無い食事を終えると、哲平と彗は学校へ向かう為に家を出た。窓から何気なくその姿を見ていると、扉から出てくる彗を満面の笑顔で迎える真樹が見えた。二人は並んで歩き出す。彗の表情は見えなかったが、その背中は嫌がっているようには見えない。自分に対する態度との違いに、翔平は大きく息をついた。
食器を片付けて、掃除機をかけ始める。ふと、ある気配を背後に感じて、人差し指と中指で挟んだ名刺大の紙をかざした。
「待て!俺だ!」
予想通りの声に翔平が振り向くと、案の定、仕事上のパートナーである笹原 駿一が立っていた。
「お前には関係ないから来るなって言っただろう?」
「だが、ちょっと面白そう……いや、気になったもんでな。」
「人ん家の問題なんざ、別に面白くもクソもないだろうが。」
「いやいや。大事なパートナーが心配で心配で。」
「嘘をつくな!嘘を!」
他人の家であっても全く遠慮を知らない駿一は、翔平の不満をものともせず、ソファに座り込んだ。翔平の怒りを受け流せるようでなくては、パートナーは務まらない。というか、一緒に仕事をするようになってから、翔平の怒りの半分は、駿一自身に原因があったりする。
「で?」
「で?とは何だ?」
「何の問題があるんだ?」
翔平はため息をついた。首を突っ込むな、と言われて大人しく聞くような相手なら、最初から家まで乗り込んで来たりはしない。諦めて、彗にまつわる事情を説明した。勿論、この問題に手出しをしないようにクギを刺して。ついでに勿論、自分が彗を男だと勘違いしていたことも隠して。
「じゃあ、俺も今日から当分、ここに住もうかなぁ。」
全て聞き終わった駿一の第一声を聞いて、翔平は唖然とした。
「手出しをするなって言った筈だ!」
「手出しはしないよ?夏休みの宿題に、水沢家観察日記をつけるだけさ!」
「何、馬鹿なことを抜かしてやがる!」
翔平は怒鳴ったが、駿一は何処吹く風だ。
「何も心配はいらない。大船に乗ったつもりでいたまえ。」
「何をする気だ?!」
「さあ?」
面倒が増えて、大船どころか丸太に掴まって漂流している気分の翔平だ。深々とため息をついた。
夕方。学校から帰宅した彗を待っていたのは、翔平と、未知の人物だった。
「君が彗ちゃんだね?!俺は駿一。駿って呼んでくれれば良いよ。」
ふざけた口調の男に、彗はただ微かに頭を下げた。
「翔平が家に帰るって言うから、俺もくっついて来たんだ。暫くお世話になるね。」
彗は微かに目を瞠ったが、何も言わなかった。