表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダブルS  作者: かじき
6/36


 

 その夜。

 自分の部屋に戻ろうと、リビングから廊下に出た翔平は、扉が開く大きな音に振り向いて、目が点になった。

 風呂に入っていた筈の彗が、涙ぐみながら走り出てきたのだ。何の飾り気もない下着一枚で、裸の胸に洋服を抱えて、階段を駆け上っていく。

「気にしなくて良いよ、兄さん。」

 背中から哲平が言った。

「ゴキブリが出るといつもああだから。」

「ゴキブリ?!」

「相っ当、苦手みたいで、出現するとああなる。特にウチは風呂場の排水溝から入るのかな、風呂場と脱衣場によく出るんだ。その度にベソかいて裸で飛び出してくるから困るんだよね。まぁ、彗の唯一、女の子らしいというか、人間らしいというか、感情の見える瞬間ではあるんだけど。」

 暢気に言う哲平に、翔平は思わず尋ねてしまった。

「おいっ、ちょっと待てっ!彗って女だったのか?!」

 哲平はかなり驚いたらしい。元々丸い目を更に大きく見開いた。

「………兄さん、それさえもお父さんから聞いてなかった訳?ていうか、彗を見て、女の子だって気付かなかった訳?」

「いや、全然。線の細い男だって思っていた。男みたいな格好してるし、小声でボソボソ喋るし。」

 哲平はため息を付いた。

「確かに、彗、男っぽい格好ばっかりだけどさ、あれも俺が思うに、彗の『戦闘服』なんじゃないの?自分はこの家の人間じゃないっていう意識が強いから、俺達に甘えてしまわないようにさ。話し方も、多分、自分の感情を俺達に押し付けちゃいけないって思ってるから、あんな喋り方になるんだと思うけど。」

「そうか………。」

 確かに普通の女の子達は、他人には見せない筈の下着ひとつでも、可愛い物や綺麗な物を買うだろう。また今の世の中にはそういう物が溢れていて、使う側が自由に選べるのだ。それなのに女の子らしい物を敢えて選ばないというのは、哲平の『戦闘服』という解釈もあながち間違いでは無いのかもしれなかった。

 だがそう考えると、妙に切ないような寂しいような気分になる翔平だ。

「彗も一緒に暮らすこと、本当に兄さんが真剣に考えてくれるんならさ、彗の心の中にいつも、自分はこの家に居て良い人間じゃないって感情があるってこと、意識しておいて。それでできたら、その感情を打ち消していってあげて欲しいんだ。」

「解った。」

 翔平が請け負うと、哲平は安心したように笑顔になった。

「良かった。………そういやゴキブリ、退治しなきゃ。」

 と踵を返した哲平に、翔平は言った。

「俺が行く。」

 殺虫剤も持たずに脱衣場へ向かう翔平の後を、哲平は首を傾げながらついて行った。

 脱衣場の壁、天井近い部分に、黒い敵がいた。人の気配に気付いてか、一旦動きを止める。翔平は、横目でゴミ箱の位置を確認し、シャツの胸ポケットから出した名刺大の紙を一枚投げた。その紙に驚き、ゴキブリが翔平目掛けて飛ぶ。ブーメランのように、ゴキブリよりも一瞬早く戻ってきた名刺大の紙を、もう一度ゴキブリに向かって投げた翔平は、続けてもう一枚、名刺大の紙を投げた。最初の紙はゴキブリに当たって大きく伸び、ゴキブリをくるむように丸まった。後から投げたもう一枚が、そのゴキブリをくるんだ紙を途中で受け止め、重力で更にゴキブリを丸め込みながら、一直線にゴミ箱に向かう。

「終了。」

 と翔平が振り向くと、哲平が口を開けて、呆気にとられていた。

「にっ、兄さん!今の何?」

「ゴキブリ退治。」

「何したの?」

 翔平は名刺大の紙を一枚、哲平に見せた。

「これは、ある職人にしか作れない特別な紙でな、一カ所に力が集中すると、その部分の繊維が変質して、粘着質になるんだ。今の場合は、飛んできたゴキブリの当たった部分が変質して、ゴキブリを丸め込んだ。それで、下に落ちる筈のゴキブリ入りの紙を、もう一枚がゴミ箱へシュートした訳だ。」

「へぇ!凄いね!」

「これで一応ゴキブリも死ぬんだが、でもこのままじゃ駄目だろう。そんなにゴキブリが嫌いなら、彗が紙からはみ出した羽や脚を見ただけでも泣きそうだ。」

 そう言って、翔平はゴミ箱に入れてあったビニール袋ごと抜き取って、口を結んだ。哲平に振り返る。

「……だが哲、間違えるな。本当はゴキブリ退治用の紙じゃないんだぜ?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ