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翌日。彗は学校を休んだ。昨日より熱は高いが、とても幸せな気分だった。少しでも翔平といたくて、リビングのソファに座っている。が、実は翔平は出掛けてしまった。彗の為の風邪薬を買いに行かされたのだ。静に。ついでに言うと、駿一もいない。こちらも静の頼みで、マンションに何かを取りに行かされているらしい。
「………彗ちゃん。やっと二人になれたわね。」
ふっふっふっ。と笑う静に、少々引きつりながら
「……何、でしょう、か………?」
と尋ねると、静は含み笑いに変えて、言った。
「翔平には、私が見せたってこと、絶対に内緒よ?!約束できる?」
訳が解らなかったけれど、彗は頷いた。
「はい。よく解らないけど、内緒にすれば良いんですね?」
「そう。………見て、これ。」
渡されたのは二冊の通帳。ひとつは水沢 哲平名義、もうひとつは水沢 彗名義になっている。
「翔は自分の稼ぎの殆どを、このふたつの口座に入れてるの。」
「………見て、良いんですか?」
「だから、内緒にしてねって話なんだけど。………まぁ、これが翔の心だってこと、彗ちゃんは知っていた方が良いかと思って………。」
そう言われると見たくなってしまう。
「………じゃあ、私の名義になっている方だけ………。」
見ると、三年以上前から、大きな額が何度も何度も振り込まれていて、合計残高が八桁の、それも結構高い数字になっている。
「こっこっこれっ!」
狼狽える彗に、静が言った。
「翔平が家を出て、半年でボディーガードになって私達と仕事をするようになって……。ボディーガードって身体を張る職業だから、普通に仕事をしていても報酬が大きいのに、駿も翔もあの外見にあの能力だから、アイドルだとかモデルだとか歌手だとか、引く手数多状態なのね。それで、雪だるま式に貯金が増えて……。でも、翔は自分の生活できる範囲のお金だけ手元に置いて、後は二等分してあなた達の口座を作って入れていたの。」
「でもっ、でもっ、凄すぎませんか、この金額……。哲平にもってことでしょう………?」
「そうよ。彗ちゃん、解るでしょ?!家を出てからも、どんなに翔があなたと哲平君を思っていたか……。」
彗の瞳が潤んでくる。
「………はい。」
頷く彗に、静は続けた。
「ご両親の遺されたお金も大切だと思うけれど、翔が命を懸けて稼いだお金もあなたにはあるの。こんなにたくさん、ね。それをふまえて、信託になっているお金をどうすれば良いのか、判断した方が良いんじゃないかって、私は思ったのよ。………勝手なことをしてごめんね。」
涙の雫を落としながら、彗は囁いた。
「いえ。静さん、ありがとうございます……。私って、実は凄く幸せ者だったんですね……。自分で気が付いていなかっただけで………。」
「ついでだけど、これ、可愛いと思わない?翔が作った彗ちゃんの通帳の銀行印なんだけど……。」
彗・丸。
それを見た彗は嬉しくなった。本当に可愛く見えたからだ。
「これを見た時、可愛いって思って、銀行印は名字で無くても良いんだって解って、私まで静・丸の印鑑、作っちゃったわ。ちなみに、哲平君のは哲平・丸なの。やっぱり一文字の名前の方が可愛いわよね。」
彗は微笑んで頷いた。
「………それから、もうひとつ、ごめんね。発信器を勝手に付けちゃって。」
「いえ。そのおかげで助けてもらえましたし………。でも、いつの間に付けたんですか?」
彗は翔平からプレゼントされたネックレスに手を添えながら尋ねた。
「秘密。……だけど、本当に盗聴器は付けてないからね!これはプライバシーに関わるから、滅多に付けないの。特に好きな相手には絶対に付けない。」
「はい。私、静さんのこと、信じていますから。」
「ありがとう!彗ちゃん!」
静に抱き付かれて、彗も嬉しくなった。
遠くから単車の音が近付いてくる。
「どっちかが帰ってきたわね。」
身体を離しながら呟く静に彗は言った。
「あれは翔平さんの音です。」
「判るの?」
「はい。何となく………。」
「凄いわ!………じゃなくて、通帳と印鑑、片付けなくちゃ!」
静がバタバタと通帳と印鑑を持ってリビングを出て行った。
彗も頬に残る涙を拭いて、微笑んでみる。これまで泣き顔ばかり見せてきた大好きな人を、笑顔で迎えたくて。
投稿に時間が掛かったにも関わらず、お読みいただいて
ありがとうございました。




