35.
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彗がベッドに横になると、翔平がベッドの脇に座り込んだ。いつものように手を繋ぐ。
「……怖かっただろう……?無事で本当に良かったぜ。」
彗が潤んだ瞳で翔平を見上げると、翔平は安心させるように穏やかな瞳で頷いて見せる。
「これからは他の奴に攫われたりしないでくれ。心臓に悪い。」
「ごめんなさい………。」
温かい瞳を見ないように呟いた。今の彗には翔平の優しさもぬくもりも辛く感じるばかりなのだ。だから、その優しい言葉を遮るように、彗は尋ねた。
「………翔平さん、Sのショウって、何………?」
「……お前にも聞こえていたか。見て解ったかもしれないが、俺は、駿と静の三人でボディーガードの仕事をやってる。たまたま三人とも頭文字がSだから、社名をSにしたんだ。紙を使うボディーガードは珍しいからな、それだけでSのショウだと向こうにも解ったんだろう。ついでに言うと駿はSのシュンと呼ばれているし、俺達二人一緒に仕事をする時は、ダブル・Sと呼ばれる。静が表立って動くことは滅多に無いからSで呼ばれることは殆ど無い。」
「……ボディー、ガード……。だから翔平さん、あんなに強いの………?」
「俺は強くはない。ただ、紙の扱いが上手いだけだ。」
「ううん。強くて……、カッコ良かった………。」
だから尚更辛いなんて言える筈もないけれど。
「……ということは、静、さんも、ボディーガードなの………?」
「基本、留守番だ。情報収集と連絡係をする。ただ、女性をガードしていて、男子禁制の場所に出入りする場合は静が動く。それから機械フェチのケがあるから、それ系のことは時々独断で勝手にやってる。」
「だから発信器がどうとか言ってたの………?」
「ああ。」
翔平が優しい瞳のまま、空いている方の手で彗の頬にそぉっと触れた。
「………それから、これも考えておいて欲しいことなんだが。」
静と一緒に暮らしたいという話だと解った。ギュッと瞑った瞳から涙が溢れそうになる。それには気付かないようで、そのまま翔平の言葉が入ってきた。
「もし、お前と哲さえ良ければ、なんだが、駿と静をこのままこの家に置いといても良いか?」
驚いた彗は目を見開いて聞き返した。
「駿一さんも?静さんだけじゃなくって?」
「うん?……何で静だけなんて………。」
翔平は彗の顔を覗き込んだ。泣きそうな視線が返ってくる。
「彗。お前、何か勘違いしてないか?」
「勘、違い………?」
「さっきも言ったように、俺達は三人で仕事をしている。これまではマンションの角部屋とその隣を借りて、広い角部屋に俺と駿が住んで、隣に静が住んでいたんだ。で、仕事の時は静が俺達の部屋に来ていた。つまり、角部屋が事務所と俺達二人の住処を兼ねていた訳だな。だが、俺がこの家に住むことになった。ボディーガードって仕事は昼夜を問わず動かなければならないし、俺達の場合は大抵二人で組んで仕事をするから、連絡も密に取る必要がある。正直、離れていると仕事がやりにくいんだ。」
「……私、翔平さんと静さんが、恋人同士なのかって、一緒に暮らしていたのかなって、思ってた………。」
翔平は苦笑した。
「………彗。お前、熱で思考能力が鈍っているだろう?俺が静を好きなら、その目の前で、毎日お前とひとつの部屋で夜を明かしたりすると思うか?」
少し考えて、ようやくそれはあり得ないと解った彗は、首を横に振った。納得すると同時に、なんだかふぅっと気持ちが軽くなる。
「それに、ここに駿がもう来ていたから俺は静を呼ぶ決断をした訳で、駿がいなければ、最初からこの家に静だけを呼んだりはしていない。」
彗は素直に頷いた。ひとつ納得できると、事実としてすんなり受け入れられる。
そんな彗を、翔平は真剣な瞳で見つめた。
「大体、お前には言っただろう?!母親以外でプレゼントを渡すのはお前が初めてだって。」
「うん。」
「プレゼントなんて、惚れた女に渡すのが当たり前だろう?!静と付き合っていたら、静より先にお前に何かを買ってやるなんて、考えられないと思わないか?!」
「うん。………ねぇ、翔平さん。」
熱のせいなのか、あっさりと華麗にスルーされて、少しばかりヘコみながら、翔平は彗を見つめた。
「何だ?」
「もし良いよって言ったら、これからどうなるの?」
「ここ数日と変わらない生活が続く。まぁ、俺達は仕事を再開するだろうし、出たり入ったり、少しバタバタするかもしれないが。」
「じゃあ、もし駄目って言ったら?」
「俺がマンションに通うことになる。仕事の時はあっちに泊まることも多いだろう。まぁ、もしかすると邪魔者がいなくなって、角部屋に駿と静が二人で住むかもしれないし、そうなったら夜中だろうがなんだろうが、ここに戻ることになるだろうがな。」
「えっ?」
彗が驚いて瞳を上げると、翔平が面白そうに瞳を煌めかせた。
「アイツ等ははっきり言わないが、実はお互いに惚れてんじゃないかと俺は思ってるんだ。俺がいたから、三人で仕事もしていたから、ややこしいことにならないように、二人とも遠慮してんじゃないかってな。」
「そう、なの?」
「多分。」
「……翔平さんは、ここでみんな一緒に暮らした方が良いんでしょ………?」
翔平は頷いた。
「そりゃそうだ。マンションを行き来するよりも、ここにいる方がお前の側にいられる時間が長く取れるし、静があの部屋を占領するから、俺の部屋にお前が来るし。」
「………翔平さん、何、言って………??何で、私、関係あるの………??」
ハテナマークが飛び散る彗の表情に、翔平はため息をついた。
「彗。お前の思考回路が正常に働いていないのは、熱のせいか?それとも、本当に本気で鈍いのか?」
「……え………?」
「俺がお前に、どうしようもなく惚れてるって言っているんだろう?!」
瞬間、意味が理解できずに、彗はポカンとした。
「だから、少しでも側にいたいし、長く一緒にいたいっていう話だろうが!」
翔平の言葉が心に達した途端、彗の瞳から大粒の雫が溢れ出た。
だが、それには気付かず、頬を紅潮させ、視線を逸らしたまま翔平が続けた。
「………嫌か?……やっぱり兄貴になった男にこんなこと言われても、引くよな………。」
彗が上体を起こした。床に座る翔平を上から見下ろす格好になる。
「………好き、なの………。翔平さんが………。」
「うん?」
「……好きで……どうしたら良いか解らないくらい、好きで………辛かった………。」
翔平は瞳を丸くした。大粒の涙を落とす彗を見上げて、直後、真剣な眼差しに変わる。
「……本当か?」
小さく頷く彗を見た翔平は、立ち上がってベッドに腰掛け、彼女を胸に閉じ込めた。
「……良いのか?俺は横暴だぜ?後でやっぱり別れたいって言っても絶対に赦さないぜ?」
「………そんなこと、何があっても言わないもん………。」
「俺は傲慢だぜ?他にもっと好きな男ができても、絶対に離してやらないぜ?」
「……あり得ないよ……。翔平さんより優しくて素敵な人なんて、世界のどこを探しても、いないもん……。」
「お前に………滅茶苦茶、惚れてる。」
「うん。………私も、好き………。大好きなの……、翔平さん………。」
頬に手が掛かる。見上げると翔平の優しくて熱い瞳が近付いてきた。瞳を閉じると、瞼や頬に翔平の前髪がさらりと掛かる。その一瞬の後、彼の唇が少女の唇に舞い降りた。




