33.
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静からの連絡を元に単車を走らせると、黒のセドリックに追い付いた。ガラスに黒いフィルムを貼られていて見えないが、まず間違いなく問題の車だろう。
翔平は他の車や歩行者などがいなくなったのを確かめてから、単車を片手で操りつつ、もう片方の手で例の紙を二枚投げた。その紙はまるで空間を切り裂くかの如く閃いて、後輪のタイヤに角を突き立てた。二本の後輪タイヤは一気に空気を吐き出し、ふらつきながら急激に速度を落として止まった。
やはり暴力団関係者なのだろうか、黒いスーツの男達が四人、車から下りてきた。その内の一人が彗を車から下ろし、拘束している。翔平も単車を下り、ヘルメットを取った。
冷酷にしか見えない微かな笑みをたたえた唇が舌なめずりする。駿一と一緒に隠れて見ていた哲平は、翔平のその表情だけで思わず呟いた。
「兄さん、カッコ良い……。」
「いや、翔がカッコ良いのはこれからだ。」
黒スーツの男達が動く。まずは一人が殴り掛かってきたが、翔平は流れるような身のこなしでかわし、繰り出された拳から二の腕までを紙の縁で撫でた。スーツの袖もその下のカッターシャツの袖も何の防御も果たさず、まるで花びらが開いて中から蜜を溢れさせるように、裂けて鮮血を撒き散らした。翔平が手放すと、その紙は風に乗って舞った。
「お前っ、Sのショウかっ?!」
言いながらもう一人が翔平に蹴りを放つ。屈んでやり過ごした翔平は、新たな紙を胸ポケットから出して風を描く。アキレス腱を切られたこの男が地に崩れ落ちるその上に紙が舞い降りた。
「……あの紙って実は凄いんだね?!」
感心したように囁く哲平に、駿一は頷いて囁き返した。
「ああ。角を使えば刺さるし、縁を使えば切れる。お前が見た通り、力が掛かると変質もする。あんな特殊な紙を作れるのは、多分世界でも伊瀬 尚人という職人只一人だろう。」
彗の脇にいた男が懐からナイフを取り出した。彗に突き付けようとするのを紙が阻む。ナイフに向かって飛んできた数枚の紙が刃を包み込んだのだ。その隙に彗の側にまで来ていた翔平は、彼女の腰を抱くように男との間に割って入り、男に紙を閃かせた。手の甲を切られナイフを手放した男は、更に頬を切られて呻く。一瞬の後には彗を抱えた翔平は、男達からかなり距離を取っていた。
状況から目を離さずに、駿一は囁き続けた。
「そして、その尚人さんが言ってるんだ。あの紙をあそこまで扱いこなせるのは翔だけだってな。だから翔は、世界で唯一、紙を武器にしたボディーガードだと断言して良いだろうな。」
白い紙と弾ける鮮血の紅が織りなす世界は、現実離れした幻想的な美しさを見せる。その中心にいる翔平と、寄り添う彗の二人は、その整った容貌と相まって、異世界の神々のようである。
「……本当にカッコ良いよ、兄さん………。」
「だな。」
世界に君臨するように並んで立つ翔平と彗に最後の一人が銃口を向けた。容赦なく発砲してくる。だが、弾丸が届くより速く、翔平の紙が飛んだ。包み込まれた弾丸は、その勢いも方向性も失って地に落ちる。最後に投げた紙は、銃口を塞ぐようにまとわりつき、暴発を誘った。男は利き手である右手から血飛沫を撒き散らし、拳銃の残骸を落とす。
翔平は傍らに立つ少女にホッとしたような笑みを見せた。この惨劇を作り出した張本人とは思えない程穏やかで優しい瞳を向ける。
「………大丈夫か?彗。」
「………翔、平さん………。」
余程怖かったのだろう、彗は涙を溢れさせて、翔平にしがみついた。
と、その時、頬を切られた男が動く。無事な方の手で懐から拳銃を取り出し、二人に向けて発砲した。また紙で弾丸を食い止めた翔平は、一度彗を離し、男に向かって走る。鋭く駆け抜けた紙が銃身をスッパリと切り落とし、更に男の腕までも切り裂いた。手にある紙を解放し、翔平は男達に振り向きもせずに彗の元に戻る。もう一度言った。
「大丈夫か?」
いつものように翔平が頭をクシャッと撫でると、彗は泣きながら頷いた。その頭を自分の胸に引き寄せて口を開く。
「駿。」
呼ばれた駿一は、顔をしかめた。
「気付かれてたか。」
「回収しろ。」
「へいへい。」
言って駿一はベルトの脇に挟んであった鞭を取り出した。散らばっている紙を素早く集め、隣にいた哲平に持たせる。
哲平は目を瞠った。
「そっか。兄さんが紙使いなら、駿さんは鞭使いなんだね?!」
「そう。翔の紙の回収役さ。」
「何で回収するの?っていうか、何でこんなに何枚も使うんだろう?」
「紙だからな、一度使うと微妙な歪みができたり曲がったりして、翔が思ったように操れなくなるらしい。それもちょっとした違いなんだろうが、事態が切迫している時は、その微妙なズレが命取りになりかねないと、翔は言ってる。」
「ふうん。それなのにもう一度集めちゃうの?」
「一度使った紙は、今度は彗ちゃんの為に活用されるんだ。」
「あっ、解った!ゴキブリ退治だ!」
「ご名答。あれには微々たる誤差があっても大した影響は無いし、第一、新しい紙を使うのは勿体ないだろう?!」
「うん。確かに勿体ない。」




