2
四年後。翔平はある紙職人の元へと向かっていた。翔平の稼業には、この職人の作る紙が欠かせない。この紙だけが、家出をし、高校中退で世間に飛び出した翔平の生活を成り立たせることができるのだ。
目的の店に着くと、翔平は古びたガラス張りの引き戸を無造作に開けた。
「尚人さん。」
声を掛けると、中から三十代前半の、職人としてはまだまだ若い男が現れた。精悍な顔立ち、長身で引き締まった体躯はテレビに出ている俳優にも引けを取らないが、そのカサついてゴツゴツした手は紛れもない職人の手である。
「……翔か。」
翔平は頷いて言った。
「紙は?」
「出来ている。」
渡された名刺大の紙箱が十。受け取りつつ、翔平は、煙草をくわえたままの紙職人、伊瀬 尚人に言った。
「……紙職人がヘビースモーカーってどうよ?」
「実際に紙を扱う時には吸わねぇから良いんだよ。」
「そういう問題じゃないような気もするが。」
尚人は肩をすくめた。
「…俺が紙を扱う時は、男を知らない女の柔肌を愛でるように扱う。絶対に無体なことはしない。だから、そういう問題で良いんだ。」
「ものは言いようだな。」
「女の肌を知らないお前には判らないか。」
「……勝手に決めるんじゃない。」
「だが、間違いじゃねぇだろう?」
「どうだかな。」
店を出ようと尚人に背を向けると、その低い声が翔平を追ってきた。
「翔。親父さんが亡くなったのは知っているか?」
翔平は何を言っているのか、瞬間、理解できず、振り向いて尚人の瞳を見返した。
「お前の親父さんが亡くなったんだ。二週間前に。」
「は?」
「職場で眩暈を起こし、階段から転げ落ちたらしい。その時に頭を強打したんだ。」
「…………。」
突然の事に、翔平は何をどう考えて良いのか、混乱する。ようやく一言だけ転がり出た。
「……哲平は?」
「今は親父さんが引き取ったガキと二人で暮らしている。」
尚人は煙草の煙を吐きながら言った。
「一度、帰ってやれ。」