17.
今日も彗はまた、翔平のベッドで眠りに落ちた。
母親と買い物に行く予定だった。スニーカーがキツくなってきたので、新しいものを買って貰うのだ。父親が亡くなってからめっきり笑わなくなった母が、久し振りに笑顔で買い物に行くことを提案してくれたのが嬉しくて、彗は大喜びで母親と出掛けることにした。だが、家を出て少しすると、後ろから体格の良い若い男達が追い掛けてきた。皆一様にスーツにサングラスという出で立ちで。何故、自分達が追われるのか解らなかったが、どこまでも追ってくる若い男達に、恐怖が募る。速く走らなきゃ、と思うのに、身体が重く感じて思ったように走れない。恐怖と焦燥感から母親の手を握り返した。前を走る母親は、細い路地を抜けようとする。彗はその先で何が起こるか直感的に解った。母親を止めようと口を開き掛けた時。
「………彗。大丈夫か?」
凄く凄く優しい声が自分を呼んだ。
翔平さんだ、と思った彗は、答えるように目を覚ました。覗き込んでいた翔平の心配そうな瞳を見て、思わずその首にしがみついた。翔平が彗の背中に腕を回してくる。そぉっと上体を起こされた。そして、もう一度囁かれる。
「大丈夫か?」
彗は翔平の首に抱き付いたまま、頷いた。だが、それでも涙が止まらない。
毎晩必ず見る怖い夢。いや、夢ではなく、現実に遭ったことを回想しているのだ。まるで忘れることが罪だと、生き残った彗を責めるように。
だが、これまでとは違った感覚が彗を包み込む。いつも突き刺さるように、締め付けられるように感じる孤独感が今は薄く、しなやかな腕に温められて、この短い時間の間にも自分がすっかり安堵してしまっていることを知った。
ずっと背中を撫でて貰っていることを感じて、ようやく身体を離した。涙を指で拭いながら呟く。
「………ごめん、なさい………。」
「どうして謝る?」
「だって……迷惑、掛けて………。」
「誰が迷惑だなんて言った?」
言葉にならなくて、彗は俯いたまま首を振った。翔平はまたその頭をクシャッと撫でてくる。無造作で、それなのに優しいその仕草が、いつの間にか心地よく感じるようになっている。それは、翔平がこうする時は絶対に自分に温かいと、彗にも解ってきたからだった。
「お前は俺に遠慮し過ぎだ。もっと甘えたって誰も責めないぜ?」
「でも………。」
「でも、じゃない。俺も哲平にしても、お前の家族なんだ。何を遠慮する必要がある?」
混乱していてどう答えて良いのか判らない。彗は俯いたまま、首を振り続けた。そんな彼女を翔平はもう一度抱き寄せて背中を撫でた。
「………大丈夫だ。大丈夫だからもう一度眠れよ。ずっと付いててやるから………。」
彗は小さく頷いて、身体の力をすぅっと抜いた。翔平の胸に凭れる。
昨夜は突然のことで、どうして良いか解らず、眠りに落ちるまで身体を緊張させていた彗だったが、今夜は気が抜けたように翔平に身体を預けた。少しだけ、警戒心が緩んだのかもしれない。
結局その晩も、朝になって目覚めるまで翔平の腕に包み込まれていた彗だった。




