16.
アルバイトを終えた彗は、翔平の単車の後ろに乗せられて、家に向かった。いくら男っぽい格好をしていても所詮は女の子だ。夜の一人歩きは不安もあるし怖くもある。だから、こうやって単車に乗せてもらえるのは、正直に言って嬉しかった。それに、正面から翔平と対峙するのは、いつも怒っているイメージがあるせいか、やっぱり怖く感じるけれど、単車の後ろに乗せてもらう時には相手は背中を向けている。その広くて優しく感じられる背中にしがみついても赦されるというのは、彗にとっては凄く安心感があった。勿論、本人には言えないが。
家に着いてヘルメットを翔平に返す。
「………ありがとう。」
小さく小さく言ったつもりだったが、ちゃんと聞こえていたようで、翔平は彗の頭をクシャッと撫でた。両親を亡くしてからあまり頭を撫でられたことが無いせいか、翔平にこんな風に頭を撫でられるのは何だか嬉しかった。
「お帰り、彗ちゃん。」
笑顔の静に、彗もぎこちない笑顔を返した。ずっと表情を隠してきた彗には、笑顔ひとつでも難しい。
「ただいま。」
「ごめんね、先にお風呂いただいちゃった。」
「いいえ、構いません。」
「あと、彗ちゃんと翔だけなんだけど。」
「先に入れ。」
翔平に言われて、彗は大人しく頷いた。
着替えを持って脱衣場に行くと、丁度翔平も現れた。彗に気が付いて口を開く。
「ちょっと見てやるから待ってろ。」
「見てやるって………?」
「ゴキブリ。嫌なんだろう?」
そう言って翔平が先に中に入る。くるり、と見回した。
「とりあえず、居ない、かな。」
その言葉にホッとした彗が脱衣場に入って、思わず翔平の背中に抱き付いた。
「やっ、やだっ!」
「ん?どこにいる?」
「てっ、天井……。電気の、カゲ………。」
「ああ、本当だ。いるな。」
そんなに大きくないヤツだが、嫌いな彗にしてみれば、小さくても脅威なのだ。
翔平は、哲平にやってみせたように、紙で『ゴキブリ退治』をした。それを翔平の背中から見ていた彗は息を呑んだ。これまで見たことが無い華麗な神業、いや紙業に、彗は感動を抑えきれない。何より、黒いカタマリが紙に包まれて見えなくなっていくのが最高だ。殺虫剤だと苦しさに荒ぶる黒いカタマリが丸見えで、更なる恐怖や嫌悪を感じさせるのだから。彗は翔平が振り向いてもまだぼうっとしていた。
「………彗?」
「……凄い………!」
「あ?」
「翔平さん、カッコ良い………!」
相当な衝撃だったのだろう、ゴミ箱に向けられたままの彗の瞳は熱っぽく潤み、感嘆のあまり声も出ない。こんな彼女を見るのは、勿論翔平にとって初めてのことだ。たかがゴキブリ退治でこんなに感激されるのも妙な感じである。だが、殆ど感情を見せなかった彗にここまで絶賛されて、翔平も悪い気はしなかった。微かな笑みが浮かぶ。あまり見たことの無い翔平の笑顔に、彗は心がほんのり温かくなるような嬉しさを感じた。
「まぁ、また出たら俺を呼べよ。駿もいるんだし、怖いだろうが、裸で飛び出すのは止めておけ。」
そう言って、またクシャッと頭を撫でた。それから翔平は、ゴミ箱の中身をビニール袋ごと抜き取って脱衣場を出て行く。紙に包まれて見えないとはいえ、そこに死骸があっても嫌だろうと、翔平なりに配慮してくれたのが解って、彗は更にまた嬉しくなった。




