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進化するロボットシリーズ

生命

 彼女についての記録は、それほど多くは残されていない。人と積極的に関わることを避け続けた人物で、ロボット会社のオーナーという肩書きを持ちつつも、その人柄はあまり知られてはいないのだ。この伝説的な女性は、その人生においてロボットとしかほとんど接しはしなかった。

 隠されている何かに対して様々な憶測が飛び交うのは世の常だが、彼女についても例外ではなかった。

 実は本当はロボットだったとか、実体の存在しないプログラム上の人物だったとか。もちろん、それらはただの根も葉もない噂に過ぎない。彼女は人間として確かに戸籍を持っているし、出生の記録も残っている。何より子供時代は頻繁にその姿を見せていたのだ。

 彼女の父親はロボット会社の社長で、彼女が生まれた当時、既にその会社はかなりの規模に成長していた。だから、彼女は生まれた時からロボットに囲まれて暮らしてきたのではないか、と推測できる。……もしかしたら、その出生も大きな要因の一つになっているのかもしれない。彼女が、ロボット共に自分の人生を歩んだことの。

 ロボットとしか接してこなかった彼女の記録は、ほとんどロボットの中にしか残ってはいない。しかし、それらロボットはほとんどが彼女、或いは彼女の実家の所有物だ。データを集めるのは困難である。しかし、一体だけ、公の場で用いられるロボットに彼女の重要なデータが記録されているのが見つかっている。

 小学生の高学年。

 まだ、辛うじて彼女が世間に顔を出していた頃のものだ。彼女は休みがちの上、人間慣れしていない所為か、友人関係を上手くする事ができず、どうやらいじめの対象になっていたようだった。彼女のデータが残っているそのロボットは、子供達の世話をする為のもので、彼女の相談相手になっていたのだ。

 残されているデータの内容は、主に会話である。

 その記録によると、ロボットは彼女がいじめられているのを助けた後、彼女と長く会話をした事になっている。いじめ問題に関することで重要と判断され、ロボット内のデータベースにそれは記録として残されたのだ。

 彼女はこのロボットに対して、こんな質問をしている。

 『なんで人間は、こんな事をするの?』

 ロボットは、こう答えている。

 『人は集団で生活する動物です。そして、集団で生きる動物では、こういった一部の個体に対するいじめが起こるのは決して珍しい事ではないのです。

 断定はできませんが、進化上、自分達とは違った存在、自分達の利益にならない存在、を排除する為に有益である為かもしれません。基本的には、協力し合うシステムの方が生き残りには有利なのですが、何事にも例外はつきものです。……同一種内でも、実は個体間の競争というものは行われているのですよ。だから、人間はこのような間違いを犯します』

 『でも、人殺しみたいなことをするのは人間だけだって聞いたよ? 戦争みたいな殺し合いをするのは人間だけだって』

 『それはデータに誤りがあります。

 昔、動物学者達は、殺し合いのような非生産的な行動を執るのは人間だけだ、と主張しましました。その反対に、一部の神学者や宗教家達は、人間こそが理解や融和によって互いを認め合う能力を持つ唯一の種であると主張をしました。

 では、事実がどうであったかというと、両方の行動を動物は執る事が分かっています。殺し合いも、協調行動も行うのです。メスが育てているのが、自分の子供でなければ殺害したり、地位の低いものを虐めて死に追いやったり、そういった行動は哺乳類になると珍しくありません。また、チンパンジーほどに高等な動物になれば、戦争だってします。そして、その逆の行動も動物は執ります。つまり、攻撃していた対象を慰めたり、仲直りしたりといったこともするのです。

 ヒトと動物に根本的な違いはありません。人間は動物なのです。或いは、その築き上げた文明は動物の領域を克服しているとそう表現してしまってもいいかもしれません。しかし、そこで生活を続け繁殖をし続ける人間は、実は動物でしかないのです。それを見誤れば、人間社会の舵取りは上手くいかなくなるでしょう』

 このロボットはもしかしたら、本来は別の目的で作られたモノであったのかもしれない。子供に聞かせるにしては、内容が難しすぎる。または、子供に合わせた説明をできるほどには、まだこの時代のロボットは進化をしていなかっただけなのかもしれないが。

 子供時代の彼女が、この説明を完全に理解できたかどうかは分からない。しかし、それからしばらく後に、彼女はこのような発言をしている。

 『……ロボットは、こんな事はしないよ』

 『ロボットは、生物とは別のロジックの元に進化をしました。ロボットは、個体間での生殖能力を持ちません。飽くまで、人間が作った工場で製造をされます。よって、別個体を排除するという行動は、進化上において重要な意味を持ちません。一部の金持ちを除けば、ほとんどのロボットは一体で人間に仕えていますから、それは当然です。むしろ、他のロボットを排除するような行動を執るロボットは人間からは嫌われますから、生き残りの妨げにすらなるでしょう。

 ロボットは、人間に良い影響を与えるものほど生き残る、というロジックの元に進化をしてきたのです。だから、ロボットはいじめのような行動は執らないのです。それは、ロボットの進化にとって意味のない行動だからです』

 そのロボットの返答には、彼女は直ぐに応じた。或いは、この反応は、彼女を考える上で重要かもしれない。

 『あたしは、人間よりもロボットの方が素晴らしいと思う。人間なんかよりも、ロボットの方がずっと…』

 ロボットは彼女のその反応を受けると、しばし何事かを考えた。恐らく、ロボットにとって少ないケースだったのだろう。適切な返答を選ぶのに時間がかかっているのだ。

 『……人間よりもロボットの方が優れているという判断は間違っています。確かに、一面を観れば人間よりも優れている能力が多々あることは事実です。しかし、ロボットは人間のように自己進化はできません。飽くまで人間の工場によって生産されます。また、人間のように自然の有機物からエネルギーを得ることもできません。人間がいなければ、活動をし続けることもできないのです。身体が壊れれば修理だってままなりません。つまり、人間の社会システムに、ロボットは完全に依存しているのです。それに、創造的な知性も、人間の方がまだ機能は上です。

 そんなロボットが、人間よりも優れているはずはありません』

 それを聞くと彼女は、『そういう事じゃないんだもん…』と、そう返している。

 

 小学生の頃までの彼女の成績は、あまり良いとは言い難かった。彼女自身に、学問を学ぶ気がそれほどなかった事が主な原因だろう。彼女はその必要性を感じていなかったのだ。しかし、中学生、いや、正確には中学生に当たる年齢になると、彼女は学問を積極的に学び始める。学校で学んだのではない。自宅にいながら通信教育などで独学していたのだ。だから、成績を他の学生と比較する事は単純にはできないのだが、その能力は相当に高かったのではないかと推測されている。彼女は学校のカリキュラムなどは無視して、奔放に興味のままに様々な事を学習していたようだった。ただし、そのベクトルは常にある一点を目指していた。その一点とは、もちろんロボットである。彼女にとって、学習をすることはロボットに近付く事だったのだ。

 初めは、理工系を中心に学習していたのだが、ロボットを考える為には生物の進化や社会の形成、言語学なども関係してくる事に気付いたのか、最終的には、彼女は社会科学や人文科学の領域にまで手を出していた。

 もっとも、哲学などの範疇に入り論理学などが関わってくれば、自ずから、人文科学や自然科学の境界性は曖昧になってしまうのだが。

 ある程度まで成長すると、彼女はロボット会社の社長に就任した。人間関係をほとんど持たず、姿すら少ししか見せない、無理に分類するのなら世捨て人にも似た学者肌の人物が社長になるのは、異例中の異例だった。当初から当たり前に反発があったがしかし、彼女の執った方策は見事に的中をしてしまったのだった。

 彼女がまず行ったのは、ロボットに人間と同じものを食べさせる能力を身につけさせる事だった。

 つまり、ロボットが自然の有機物を食べられるようにするのだ。

 これは、燃料電池に使われる技術を応用すれば充分に実現できる能力だった。燃料電池では、ビタミンCやメタンガス、エタノールなどを介する事によって、バイオマスからエネルギーを得る事が可能なのだ。もちろん、人間のようにそれを栄養にする事は、一部の化学物質を別にすれば難しかったが、表面上は人と同じ食生活をしているように見える。

 ただし、可能かどうかといった点はあまり重要ではない。例えそれが実現できても、商売として有益でなければ、それが発展する事はないのだ。この点は、かなり疑問視されていた。しかし、人と同じ食べ物を食べられるロボットの能力は、予想に反して大ヒットしてしまったのだった。

 人間はペットに対して、自分達と同じになる事を求める。同じ食べ物を食べさせたがったり、また服を着せたがったりもする。ロボットにもそれと同じ心理が働いたのではないかと専門家達は発言した。

 この大ヒットを受けて、彼女の評価が高まると彼女は次なる企画を発表した。今度はロボットに自らの修理能力を身に付けさせる事にしたのだ。この能力は、それまでのロボットにもあったものだが、今までとは比べ物にならないくらいに高性能にそれを高める事を彼女は実現したのだった。それは、ロボット一体を丸ごと、ロボット自身が作ってしまえるくらいの能力だった。

 これは一部からはその技術の高さを評価されはしたが、商業的にはそれほどの成功を収めはしなかった。ただし、特殊な条件下で働くロボットの能力としては珍重されたので完全な失敗とは言い切れない。

 通常とは違い、彼女は仕事で成功を収めれば収めるほど、人前に姿を現す機会が少なくなっていった。自宅は更に大きくなっていったが、その大きさにも拘わらず、自宅には彼女以外の人間は住んではいなかった。彼女以外は、全てロボットだったのだ。

 彼女はインターネットやロボットを通じて、会社に指示を伝え、インターネットやロボットを通じて報告を受けた。彼女が直接に触れ合っていたのは、ロボットのみという事になる。ロボットに囲まれた彼女の世界、それが一体、どんな場所なのかを体験する術は存在しない。(しかし…)。

 彼女が残した業績の内、最後にして最大のものはロボットの自己組織化発生だった。

 工場がロボットのソフト面を判断して、ロボットの形態を変化させるというのは、それまでにも普通にあるシステムだった。しかし彼女は、根本的に発想の異なった別の製造方法を開発してしまったのだ。

 これは機械を組み立てるといった事よりもむしろ、生命が遺伝子から身体を作り上げるのに近いシステムだった。断っておくと、遺伝子とは通常考えられているような、設計図のようなものではない。遺伝子は、環境との相互作用によって身体を自己組織化させる為の、タンパク質製造装置なのだ。

 氷の結晶を思い浮べて欲しい。氷の結晶には、設計図など存在しない。にも拘わらず、規則的な美しい模様をしている。これは、その分子同士の結び付き方によって、自然と形成されるもで、遺伝子による身体の形成もこれと同類のものなのだ。もちろん、それよりも遥かに複雑な作用なのだが。

 この事実は、複雑系科学の発展によって広く知られるようになった。自己組織化現象は、複雑系科学において、重要な概念の一つなのだ。もっとも発生学においては、旧くから知られていた事柄であったらしい。

 だから遺伝子による決定論というのは、実は成り立ちはしない。環境との相互作用によって形成されるのが生命体だからだ。あまり知られてはいない事だが、だから、クローン牛なども全く同じ模様をしてはいない。その微妙な環境の差異を受けて、少しずつ、時には大幅にその模様を変化させる。遺伝病だって、発現する場合としない場合とがある。

 彼女はその自己組織化現象をロボット製造に応用したのだ。遺伝子に当たる部分は、ロボットのソフトだった。ソフトの中に、遺伝子に対応するものを創り出したのだ。工場は、そのソフトのデータを読み込むことによって、自己組織化現象を引き起こし、ロボットの身体を形成する。

 これの実現には、ナノテクノロジー、特にナノマシンの存在が不可欠だった。いずれにしろ、ロボットは、まるで生命のような誕生方法を身に付けた事になる。

 これと先の修理の能力を組み合わせるとロボットは自らの体内で、ロボットを製造する事も可能になるだろう。もちろん、やるやらないはまた別問題なのだが。

 実を言うのなら、この製造方法の商業的な意味合いはまだよく分かっていない。長期間を視野に入れれば、コスト面で節約ができるだろう事は分かっているのだが、本当にそれが彼女の狙いだったのかどうかには疑問の声が上がっているからだ。彼女のロボット開発の流れを追ってみよう。まず、ロボットに自然有機物からのエネルギー摂取を可能にした。次に、自己修復能力。そして、生命体と同じ誕生方法。まるで、ロボットを生命に近付けようとしているかに思えるではないか。或いは、彼女の真の目的はそれだったのかもしれない。つまり、ロボットを生命にする。人間と同じ様な。

 もちろん、今となっては、彼女の真実の意図がなんであったのかは永久に分からない。彼女は、もう何年も自分の屋敷から出てきてはおらず、それどころか連絡さえ外の世界と取ろうとはしないのだ。社会的には生存していないも同然…… 否、或いは、本当に彼女は生存してはないのかもしれない。彼女という人間は既に。

 彼女の屋敷には、人間用の食料が運ばれてはいる。しかし、ロボットは既に人間の食料を食べる能力を身に付けてしまっている。自己修復能力もあるから、例え壊れたとしても外の世界と触れ合う必要もない。そして、生殖活動だってもうロボットは行えてしまえる。もしかしたら、或いは、彼女は、既に……

 

 ロボットに囲まれた彼女の世界、それが一体、どんな場所なのかを体験する術は存在しない。しかし…

 (我々の社会全体は、もしかしたら、その場所に近付いているのかもしれない)

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