一章 『再会』と良く似た『何か』 七話目
Wrote:SIA
「まずですね、汽車というのは正式名称を蒸気機関車といって、石炭を燃やす蒸気を原動力にして……」
「石炭って何?」
「……そこからですか」
一通り怒ったリルに文字攻めにされて(殆ど読めなかったけど、流れ的に多分)お説教された後、私は男の人-名前はハリウスさんと言うらしい-に、汽車についてたずねていた。
次の汽車が来るのに、かなり時間が掛かるという事だったから、暇つぶしだ。
「石炭というのは、燃料です。地中から発掘される真っ黒いダイヤのような鉱石です」
「ダイヤを燃やしちゃうの?もったいないじゃない、薪じゃダメなの?」
「石炭と薪とでは火力が違います。薪の炎の力では汽車を動かす事が出来ません」
ハリウスさんはかなり博識だった。
「蒸気?っていうのは?」
「火室で石炭を燃やし、その炎で水を熱するボイラーと呼ばれる機構で発生するガスです」
「ガス?」
「ケトルの中の水も沸騰すると音を立てたり蓋が動いたりするでしょう?ああいった力です」
ちょっと考える。確かに、ケトルの中の水が沸騰するとぴーぴー音を立てて白い煙に似たものを吐く。
「でも、その蒸気?があると何で動くの?」
「ボイラーはシリンダーで車輪と連動しているんですよ。蒸気の圧力で動く部分を、車輪とつなげてしまう事で車体ごと動かす事に成功したんです」
あまりぴんとこない。
「つまり、汽車は生物ではなくれっきとした機械という事です」
「機械……」
「振り子時計のようなものです」
「振り子……」
「……世俗から離れるというのは、本当に大変な事なんですね……」
リルは頷きながら、ハリウスさんに文字を描いた。
振り子がついているというのはよくわからないけど、時計ならわかる。
「あと、煙を吐くのは何で?」
「物を燃やす力をエネルギーとするので、煙を吐きます。別に火事というわけではないんですよ」
「煙を吐くから、乗ったら中は煙たくないの?」
「ありません。煙は全部煙突から出て行きます」
「へぇ……」
よくわからないけど、わかった事にした。同じ事を説明してもらうのもなんだか悪いし、とりあえずアレが汽車って名前でドラゴンじゃなくて、噛んだり燃やしたりしてこないのはわかったからもういいや。
「じゃぁ、安全なんですね」
「はい、安全です」
「本当?」
「本当です。そうでなければお金を払ってまで乗りませんよ」
「……それもそっか……」
考えてみると、それだと私の我侭で列車に乗れなかった事になる気がする。
「……ごめんなさい」
「いえいえ」
ハリウスさんは軽く許してくれた。リルはむくれた顔で、何事か文字を描いた。
「それにしても、お姉さんはこれほどまでに世俗から離れて、一体どんな修行をしていたんですか?興味があります」
困った。それはリルの口から出任せだ。助け舟を出してもらおうとリルに目配せすると、『しょうがない』とでも言うような顔でさらさらと宙に描いた。
「なるほど……それにしても、姉妹揃って優秀な魔法使いさんなんですね」
ハリウスさんは、それに納得したのかそれ以上の質問をしてこなかった。
リルは、文字を描くと小さく頷いた。
……私のあずかり知らぬ所で完結してしまった。
しばらくの間、会話が止まった。
しゅごぉぉぉぉぉぉぉぉ!
どれくらい時間が経ったろうか。
聞いていた時間より、予想よりもずっと早くに汽車は来た。
がっしゃんがっしゃんと音を立てて、私達の前に汽車が止まった。
先ほどと同じように、人が入ったり出たりしている。
確かに、ちゃんとよく見てみると開くのはドアだし、窓ガラスもあるし、いくつもの車輪が見える。
「これの中に入るんだよね」
「いえ、これには乗りません」
「えぇ!?」
わけがわからない。
さっきは嫌がる私を引っ張ってまで乗ろうとした汽車に、私がその気になったら今度は乗らないだなんて。
「これは、逆方向へ向かう汽車なので……」
「逆方向?」
「ええ、僕達が乗りたいのはメルラへ向かう汽車です。これは、メルラから来た汽車です」
少しややこしい。
「あっちに行ったりしないの?」
「しません」
「そっかー……」
馬車みたいに好きな方向に走ってくれれば良いのに。
笛の音が鳴り響くと、がっしゃんがっしゃん音を立てながら汽車は行ってしまった。
また、私達は汽車への乗り場へぽつねんと残された。
「……」
リルは無言で3枚目の銅貨を取り出すと、ハリウスさんに差し出した。
「……流石に、受け取れませんよ」
ハリウスさんは、やんわりと断った。
「今度のには乗るんだよね?」
「はい、乗ります」
リルは一足先に立ち上がって、こちらを振り返っている。
あれからかなり待った後、前回とは逆の方向から汽車が来た。
暇つぶしに聞いた話だと、ハリウスさんは首都よりもう少し先で降りるらしい。
つまり、私達が先に下りるから汽車に乗る間はハリウスさんとずっと一緒という事だ。
汽車の中に入ってみると、なるほど確かに家だ。
向かい合わせの長椅子がいくつもある部屋が、いくつか繋がっているらしい。
「わー……」
何か凄い光景だ。
「……」
リルは無言でその長椅子のうちの一つに座ると、宙に文字を描いて、鈴を鳴らして目を閉じた。
「おやすみ、だそうです」
ハリウスさんはその向かいに座ったから、私はリルの隣に座った。
しばらくすると、笛の音と共にしゅごーと音を立てて、部屋中が地震のように揺れ動いた。
がこん。
と、音を立てて、風景が変わっていく。
ゆっくりと動いている。
だんだんと、風景の変わり行く速度が上がっていく。
がっしゃんがっしゃんという車輪の音も、大きくなっていく。
「……うるさいね」
「そうですね」
ハリウスさんは、苦笑した。
「……なんでこんなおっきな音がするのに、リルは平気な顔で眠れるんだろう……」
「なんでしょうね……慣れているんでしょうか」
しばらく窓の外を眺めていると、遠くに遺跡が見えてきた。
誰か偉い人のお墓のある、あの遺跡だ。
…ちょっと待とう。
「私あそこから街まで一日かけて歩いたのに……」
あっという間に遺跡の傍を抜け、遠くにいってしまった。
ちょっとショックを受けた。
「歩かなくて良かった……乗って良かった……」
この汽車というものは、とても便利なものだ。私は学習した。
「あの森の中で修行をしていたんですか?」
しまった。今はリルが眠ってしまっている。わざわざ起こしてごまかすのも不自然だし、ここは私の力でなんとかするしかない。
「ええと……はい、まぁ……」
とりあえず、適当に返事をしてお茶を濁す事にした。下手に何か言って墓穴を掘るよりは絶対マシだ。
「成る程……あの森の何処かには世界樹があると聞きますし、魔学には重要な地なのですね」
「……はぁ」
世界樹って何?
と聞きたいけど、それを言ったらリルの造った私達の設定が根本から崩れかねない気配を察した。
もしかしたら、あの淡く光る綺麗な樹のことかもしれない。
それなら、ポッケの中に葉っぱがまだ一つ残っている。
……見せるかどうか考えて、やっぱり止めておく事にした。
この木の葉は、私の記憶の手がかりだ。だけど、余り人に見せるべきではない。そんな気がする。
「こんな事なら、もっといっぱい採っておくんだったかなー……」
少し後悔した。私はあの光る木の中に吸い込まれるようにして、気がつくと遺跡の中に居た。
遺跡の方から森に戻る事はできなかくて、一方通行だった。
明らかに魔法の産物の力だ。十中八九、それが世界樹なんだろう。
この葉っぱが貴重な品だったのなら、沢山とっておけばしばらくの間の路銀に困る事は無かったはずだ。
野宿なんかしないで、ふかふかのベッドの宿屋で眠れたろうに。
すると、私はそんな高価な品物を一枚飲んでダメにした事になる。しかも、物凄く不味かった。
……あまり深く考えない事にしておこう。
多分、珍しくてもそれ程の価値は無いんだろう。きっとそうだ。
魔法使いのリルが欲しがってたのも、何かの間違いだ。
そういう事にしておこう。私の中では。
「……いっぱい採る?まさか、世界樹を発見したんですか?」
しまった。
「や、いえ、えーっと……こっちの話です、えと……あ、ほらこれ」
昨日リルから貰った種を取り出した。
「これは……また、この辺りでは珍しい品ですね」
「あんまり採れないの?」
「ええ。セルリアではとても珍しい物です」
軽く墓穴を掘ったらしい。
「何でも知ってるんですね……」
むしろそっちに驚いた。
「いえ、そういうわけでは……形が特徴的なのと、用途が幅広いからですね」
ハリウスさんは謙遜しているけど、聞いたものに全てしっかり答えてくれるのは凄い。
「それは、向日葵の種です。夏になると太陽に向かって花を咲かせるんですよ」
「へぇ……」
違和感を感じた。
この向日葵という花の話を、前に聞いた事があるような気がする。
「なんだっけかなぁ……」
思い出せない。
「それにしても世界樹に、遺跡に、汽車に、魔法使いかー……」
確かにあの子は魔法使いだったけど、それ以外は皆初めて聞いたような事ばっかりだ。
流れるように珍しいものと遭遇する旅路に、さしたる苦労も無くトントン拍子に進む旅路に、不自然さを感じた。
「これも、気のせいなのかなー……」
私の独り言は、がたんごとんという汽車の機械音にかき消された。
「それでは、また機会がありましたら」
「はい、また!」
「……」
ハリウスさんは手を振りながら。リルは宙に描いて会釈をした。
あれから何時間も掛かってメルラの駅にたどり着いた。
道中、眠っているリルの分の切符を車掌さん?という、切符の確認に来る人に提示するのに苦労した。
声を掛けても揺さぶってもなかなか起きず、起きたら起きたで状況がつかめない様子だった。
この子は寝起きが悪いらしい。
がっしゃんがっしゃんと音を立てて駅を去る汽車に手を振った。
汽車の中から周りの風景を見ていたけど、この街はすごい。
背の高い建物が山のようにあって、首都というのはまるで他の街とは別世界のようだ。
というか、私の記憶にある街並みと比べると本当に別世界だ。
駅で働いている人に切符を渡して、外に出てみるとこれまた物凄い人の群れだった。
ミア・フォルトの家のあった街より、凄い。
比較にならないほど凄い数の人がごった返しててお店が立ち並んで、客引きの人とかが大騒ぎしてる。
「……お祭りでもやってるの?」
リルは首を振った。
普段からこうらしい。ハリウスさんが居なくなって通訳の人が居なくなっちゃったから、またリルとは味気ないやり取りしか出来なくなってしまった。
リルは私の服の裾を掴んで引っ張ると、『あっち』とでも言うように指差した。
「うん、わかった」
リルは慣れた様子で歩いていく。私はその後をついていく。
ミア・フォルトというのはどういう人なんだろう。
歩きながら、これから会う事になる女性について思いをはせてみる。
何しろ、世界一有名と言われる魔法使いさんだ。
きっと凄く綺麗で、背なんかすらっとして高くてスタイルも良くて、髪なんか腰まで伸ばしてたりとかして、ハリウスさんみたいに物知りで、杖か何かを持ち歩いたりしてるんだろう。
番犬に二匹の魔物が居るらしいけど、娘さんのリルの紹介だし、多分私は安全だろうし。
人を噛んだりしないような子なら、ちょっとくらい触ってみたい。
「ふふ……」
思わず、笑みがこぼれてきた。きっと、これで私の記憶の事もわかる。そんな気がする。
そうしたら、大忙しだ。汽車を使って住んでいた街に帰って、家を探してあの子を探して、お父さんとお母さんと、この旅のことを話すんだ。話したい事はいっぱいある。
そうしたら、あの子に魔法を教えてもらって、ちゃんと文字を読み書きもできるように勉強するんだ!
「ようし、がんばってこう!」
「……?」
リルが首を傾げながら振り返った。
「さ、早く行こう」
リルは少し驚いたような顔で頷くと、また私の前に立って歩き始めた。
早くミア・フォルトに会いたい。早く、早く。
元々足早なリルをそれでも追い越しそうになるのをぐっと堪えて、私は、ミア・フォルトの家へ向けて歩いた。