一章 『再会』と良く似た『何か』 二話目
Wrote:?
たぶん、もう昼間だ。
朦朧とする意識の中で、目を閉じた上から瞳をつらぬく日差しの強さから、ぼんやりと思った。
大寝坊だ。すぐに起きなくちゃいけない。
体を起こそうとしても指先一つ動かず、私はしばらく体に力を入れたり、頭を左右に振ったりしてなんとか起き上がろうとする。
結果、体をぴくりとも動かせず、そのくせ疲れるだけで終わったから諦めた。
妙な夢を見ている延長線に居るのかと、大声を出して自分を起こそうとも試みたけど、うめき声一つ上げられなかった。
もう起き上がるのは諦めて、考える事に労力を傾ける事にする。
それにしても、変。
草のにおいを感じる。
普通、寝る時はお家のベッドのはず。
私は昼寝でもしていたの?
ダメ。思い出せない。
風がそよぐ度に微かに鼻腔をくすぐるのは、明らかに家の中のにおいではない。
そもそも…私の家の近くに森なんてあったっけ…?
思考が止まる。思い出せない。
…たぶん、あった。あの子と一緒に何度も木の実を採ったりして遊んだじゃない。
そしてまた、そこで思考が止まる。
…あの子って、誰だっけ?
思い出せない。
恐くなってきた。恐ろしい。
…私って、誰だっけ?
それさえ、思い出せない。
動かないはずの体が、震えた気がした。
私の過去を。私の生活を。私のお母さんを。私のお父さんを。私の家を。私の街を。あの子の事を。
考える。考える。考える。
風が、とても冷たいものになったような、気がした。
気がついたら、照りつける日差しはもうとっくに無くなっていた。
今ではもう風は本当に冷たいものになっていた。
もうとっくに日は暮れてしまった。
あれだけ動かなかった体が、指先が、ぴくりと動くようになっていた。
体が、動く。
でも、怖くて動かしたくない。
起きてしまったら、私の嫌な夢が現実になってしまうような気がしたから。
考える。
…そういえば。
何か約束があった。そうだ、きっと、大切な約束。
考える。
約束だ。約束は、守らないといけない。だから、私は、眠ってる場合じゃない!
もう考えない。
私は、全身全霊の力を使って飛び起きた。
実際には、酷く緩慢な動作で上半身を起こしたに過ぎない。
それでも、起き上がった。私は、起きあがったんだ!
体中が鉛のように重たくて、瞼も開ききらない。
霞んで見える光景は、ガラスの欠片が辺り一面に広がって、キラキラと月の光を反射してとても綺麗だった。
まるで、天国のように。
私とガラスの欠片の絨毯を覆うように、木々が生い茂っていた。
と、いうより森の中私の居るところだけがぽっかりと開いているかのように…
私は足元のガラスの欠片を一掬いポッケに詰めると、たどたどしい体使いで立ち上がり、ゆっくりと森の方へと歩き出した。
良かった。歩くことは、出来るらしい。
まずは、ここから街へ戻る道を探さないといけない。
ガラスの欠片にざくざくと足跡をつけながら木々の処までたどり着くと、何か不思議な気配がした。
「なんだろう、これ」
手をついた木が薄く、ぼんやりと光っている。そんな気がする。
とりあえず、今の急務は綺麗な木よりも帰り道だ。
ぱっと見で道らしい道は無いけど、獣道の一つくらいあるかもしれない。
私はすぐに周囲を観察しつつ次の木に手を当て、軽く体重を掛けながら歩き始める。
5本目辺りの木で気がつく。特別なのは最初の木だけで、それ以外はただの木だ。
はて、と首を傾げてもわからないものはわからない。
特別な木は、まるで魔法のようだ。
私は魔法使いではないから、魔法の知識なんて無い。
本当に、魔法使いの考える事は良くわからない。
そこまで考えて気付く。
…そうだ。あの子は魔法使いだった。
思わぬところで一つ忘れ物を思い出した。この調子なら、きっとすぐいろんな事を思い出せるだろう。
不思議な木については、あの子に聞いてみよう。きっと何かわかるはずだ。
私は一旦戻って、例の木から葉っぱを数枚拝借してポッケに入れる。
きっと、話して聞かせるだけより実物の欠片でもあった方がわかりやすいだろう。
私は少し楽観的になりながら、また歩き始めた。
木々に右手をあてながらぐるりとガラスの絨毯を一周する。
木々は鬱蒼と生い茂り、目的地の方向もわからない私がここを抜けるのは無理だと思った。
何より、今は足が重たくって、踏み固められていない道を歩ける気がしない。
結局、一本だけ淡い月明かりを吸収しているかのような最初の木の元に戻ってくるまでに、道らしい道は見つけられなかった。
この神秘的な景色の中、光る木があってもあまり不思議だとは感じない。
けど、何十何百と普通の木が生い茂る中、たった一本だけが特別というのには違和感があった。
実際に木が光っているわけではないけど…
「はぁ…これからどうしよう」
思わず独り言を呟きながら、例の木に背をもたれて座り込もうとした。
疲れた。
重たい体を引きずりながら歩くのは、骨が折れた。
それに、帰り道を見付けられなかったショックも大きい。
今日は諦めて明日、日が昇ってから帰り道を探す方が得策かな…
なんて、考えながら木に体重を掛けたら
「ぎゃん!?」
頭を地面に強打した。
「いたたた…」
ジンジンと熱を発する頭を抱えながら起き上がると、周りの景色が変わっていた。
そこに広がるのはガラスの絨毯とそれを覆う木々ではなく、大理石で出来た部屋と大きなオブジェ。
やっぱり、あの木は魔法の産物だった。あの子への土産話がまた一つ増えた。
それに、これは明らかな人工物だ。森の中に一人ぼっちより何かの建物の中で一人ぼっちの方が、ずっと気が楽だ。
何故なら、きっと街が近くにある。
起き上がって回り込んでみると、そのオブジェには文字が刻まれていた。
それにしては余りに大きすぎるから、後ろからでは気付かなかった。
これはお墓だ。
こんな大きなものは初めて見る。きっと、大分偉い人のお墓なんだろう。ひょっとしたら、ここは私みたいな身分の人が長居しちゃいけないような類の場所かもしれない。
「え…えむ…あい?…い…いー?…えふ……えぇっと、みいふ…お…?ダメわかんない」
私は元々学校には行っていなかったと思うから、字が読めない。
記憶があってもきっと読めなかっただろう。でも、何故だかこの文字列は懐かしい感じがした。
しばらく悪戦苦闘した結果、このお墓の中で眠ってる人の名前を確かめるのは諦めた。
十字を切って手を合わせて、軽くお祈りを済ませると足早に部屋から出る通路を行く。
お墓の文字をじっと睨んで目が疲れたせいか、涙が出て止まらなくなってしまっている。
それに悲しい気持ちになってしまったから、一刻も早く立ち去りたかった。
『遺跡』と言えば良いんだろうか。道の分岐は沢山あったけど、一番大きな一本道を抜ければ問題無く外に出る事が出来た。
外から見た建物の全景は凄かった。
とても大きく、厳かで、入り口にはバリケードがしかれ『立ち入り禁止』を意味する絵の立て札が立てられていた事から、あのお墓以外寄り道しなかった事が正解だったと知る。
バリケードは有刺鉄線で敷かれていたから外に出るのには苦労するかと思ったけど、比較的あっさりと鉄線が破れている所を見付け、外に出る事が出来た。
「ん…」
丘の上に立てられている遺跡からは、少し放れた所に街の明かりを確認する事ができた。
範囲から察するに、そんなに大きな街ではないらしい。
私が居たところかどうかはわからないけど、森も見付けた。
歩くには少々遠いけど、街に行けば私の事も何かわかるかもしれない。
何より、私が起きた場所から一番近くにある街だ。きっと私が住んでいた街に違いない。
「それじゃ…がんばってこう」
顔も名前も忘れてしまった『あの子』との再会を思い描きながら歩き出した。
振り返ると、遺跡の上に昇っている月が、とても綺麗なのが印象的だった。