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二章 『探し屋さん』はじめました 一話目

Wrote:SIA


 あれから。魔法使いの館に着てから、3日目。

館についたその日の夜の事は殆ど何も覚えていなくて、また記憶喪失かと恐怖した。

頭がガンガンして割れそうに痛くて、気持ち悪かった。

サヤからベルクの悪戯でお酒を飲まされたせいだと教えてもらったお陰で安心したけど、それはそれでベルクに対して腹がたった。

でも、あの夜は何かとても楽しかったような気がする。

結局、館に着いた翌日は頭痛や吐き気でベッドから起き上がる事も出来なくて、その翌日。

それが今日。

ミアの事を思い出してから、連鎖的に色んな事を思い出していた。

「あら……シアさん、もう起き上がって大丈夫なんですか?」

「ん、大丈夫だよ。ありがとう」

病気というのもなんだけどの女の子の部屋に男が入るのはなんだから、という理由で昨日はずっとサヤが看病してくれていた。

ノック後返事する前に入ってきたサヤに、笑顔で返した。

昨日は返事の声を出すのも億劫だったから、サヤには勝手に入るようにお願いしていた。

「朝ごはんは食べられそうですか?」

「ん、おなかぺこぺこ。何か食べたいな」

「わかりました」

二人で食堂に向かうと、ぶすっとした顔で頬杖をついているリルと、朝食を食べているベルクが居た。

「おはよう」

「おう」

「……」

ベルクはこっちに顔も向けずに言い、リルは宙に描いて答えた。

2日前の事と言い今の態度と言い、何か腹が立ったのでベルクのサラダの器を、こっちにずらしてやる。

「おいこらやめろ」

がっ!

とサラダの皿の取り合いのような状態になる。

「何してるんですか、二人とも……」

サヤが呆れた顔をして戻ってきた。

ベルクの向かい合わせの席にスープとサラダとを置いてくれる。

「ありがとう、サヤ」

「いえいえ」

椅子に座ると、ベルクはテーブルに肘をついて、自分の食器を手で覆うようにして置いた。

「……何してんの?」

「飯を守ってる」

「誰から?」

「シンシア」

遊ばれてる。

ここで反応するのも大人気ないから、ぐっと堪える。

「……一昨日思った事なんだが」

「何よ?」

ベルクは両手を戻して、スープをスプーンでくるくるとかき回した。

「シンシアは何かを引き金に、その時に必要な記憶を思い出すらしい」

「そうなの?」

「割とな」

そういえば、確かにそんな感じはする。時々、その時に合った誰かの言葉をふっと思い出す。

パン屋のおじさんのときとか、一昨日ベルクと言い争った時とか。

私が朝食を食べ始めると、ベルクは食事の手を止めて私を眺めながら何か考え始める。

サヤはリルの正面の椅子に音を立てずに座った。

何か言おうとは思ったけど、真剣に考え事をしてるベルクの邪魔をするのも少しためらわれたので、静かにしている事にする。

しばらく無言のままの食卓は続き、居心地の悪いまま食べ終えてしまった。

サヤが気を使って……か、それとも無言の場から逃げ出す為かお皿を下げてくれる。

「ありがとう」

「いえ」

ベルクは目を目を閉じ、ふーと息を吐くと一つの提案をしてきた。

「……具合が良くなったんなら今日の仕事についてきてみるか?」

「ベルクは司教でしょ?私も教会に行って大丈夫なの?」

私は教会へ行っては絶対にダメだと、一昨日この館の厄介になるのが決まった時、約束したばかりだ。

「いや、今日は副業の方だ。教会はダメ」

ベルクは器用に、スプーンをくるくると指先で回して、手悪戯し始める。

「お行儀が悪いですよ、ベルク」

いつの間にか戻ってきたサヤにスプーンを取り上げられる。

「……ま、まぁ、今日、リルと一緒に知人に会いに行くんだ。記憶を思い出すに色々見聞するのは有効だと思うが、どうだ?」

「知らない人に会うのが?」

「そいつ、かなり特殊な魔法使いだからな」

手を差し出すと、サヤはその手にスプーンを返してあげる。

「んー……わかった、行く」

『魔法使い』。それだけでも、会う理由には十分だ。

今度はどんな変人が出てくるのか楽しみに思った。

「……ところで、サヤもリルも朝ご飯食べないの?」

これは前々から気になっていた事だ。

もしかしたら使用人とかだから館の主と食事の時間をズラしているのかとも思ったけど、それにしたって二人が……

特に、リルが何か食べている瞬間に遭遇しない事に疑問を感じていた。

「あー……それな、何から話したもんだか……っと、来たか」

ぶおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!

ベルクの言葉を遮るように、音がした。この音は聞いた覚えがある。

確か、汽車が時々立てる音だ。

でも、ここの傍に駅は無いはず。

耳をすませば、ガタガタ……という音が近くで聞こえた。

肘をついて仏頂面をしていたリルが、寝たフリをする。

サヤは食堂から玄関ホールに向かった。

「……知人さん?」

「いや、今着たのは別の奴だ。こっちも魔法使いだが」

さすが『魔法使いの館』。次々に魔法使いが現れるらしい。

「……そうだコイツをお前にやろう」

と言って、ベルクは私に一つの綺麗なバングルを差し出してきた。

「良いの?ありがとう」

「ただし受け取ったら絶対外すな。左手だ。外すな」

「……何それやっぱいらない」

まるで呪いか何かのようなものを感じる。

「つべこべ言わずに受け取ってさっさとつけやがれ!」

「何よそれ選択権私にはないの!?」

「……こんなでも一応、ミアの作品だ。一応、な。八代目の」

ミアの作品。

「……いる」

「今おまえ絶対ミアって部分しか聞いてなかったろ」

私はベルクからバングルを受け取ると、左手首に通した。

ぴったりだ。きらきらと光って、綺麗。

「……似合う?」

私はその場でくるりと1回転すると、左手を前に出す形で会釈した。

「そいつはお前用に特別にあつらえた品だからな。魔具としての相性ならこれ以上無い程合ってるぞ?」

「……ベルクって絶対女の子にモテないでしょ」

「残念な事に司教だからな」

左手を太陽に向けたりしていると、サヤと一緒に男の人が食堂に入ってきた。

「いよう、ベル」

「今日も頼むぞ、クー」

「おうよ」

クーと呼ばれた茶髪の男の人は私に目を向けると、ベルクの首を脇で絞めて何かヒソヒソと話し始めた。

「なんだベルゥいつもの2人と言いその娘と言いやっぱお前そっち系の趣味かっ!?」

「ざっけんな俺は司教だ聖職者だ!誰がこんなお子様」

がすっ!

「……く……車をワイフ扱いする変態に言われたかねぇっ」

全力で殴った割りにあまり効いていなかったらしい。

「内緒話なら聞こえないようにやりなさいよ……」

「はっはっは……いやわりーわりー。お譲ちゃんなんてお名前?」

「シン……むぐ」

ベルクに口を押さえられた。

「いやー実はこいつ、記憶喪失でな……自分の名前もおぼつかないんだよ」

名前を隠された。

……なんとなく理解した。

『教会の人』なんだ、この人は。

「まぁそんなわけで、今俺らは、不便だからこいつの事を―って痛っ!」

ベルクの指を噛んで、塞がれた口を自由にする。

「自分の名前くらい覚えてるもん!」

ベルクに任せたら、変なあだ名が飛び出しかねない。

「シィ!私はシィっていうの。あなたは?」

私は、一度あの街で使った事のある偽名を使った。

カエルのおじさんの所で文字を書き間違った事で偶然出来た名前。地味に気に入っている。

「ふーむ……シィか。奇遇だな、うちの女房もシルビアってんだ」

結婚してる人らしい。

「俺はテイルクード。クーって呼んでくれ。テイルじゃ女みたいだし、クードじゃ納まり悪いだろ?」

人なつっこくて、何やらよく喋る人だ。

「わかった、よろしくね。クー」

「おう、よろしくなシィ子」

「……シィ子?」

「シィじゃ収まり悪いだろ?」

ベルクがさっき言ったことを思い出した。『こっちも魔法使い』……やっぱり、魔法使いは変人が多いらしい。

「良いあだ名つけてもらったじゃないか。よかったな、シィ子」

「うるさいっ!」

茶化してきたベルクの腹を思いっきり殴りつけた。



 屋敷の外に出ると、汽車を小さくしたようなものが屋敷の外にあった。

これが汽車のような音の正体か。

「わー……凄い何これ」

「シルビアさ」

「シルビア?」

「そう、シルビア。俺の女」

クーは目の前の汽車モドキを指差して、事も無げに言った。

でもさっきクーは『シルビア』さんのことを女房だと言っていた。

「……こっちはドラゴンなの?」

念の為ベルクに聞いてみる。

「いや、車って奴だ。線路無しで走る小さい汽車みたいなもんだ」

「生きてないんだよね?」

「あぁ、ただの機械だ……クーの車は魔具ではあるが」

『魔具』。また出た、よくわからない名前。さっきのバングルの時にも言っていた。

「んな……てめ人様の女を死人とか無機物か何かみたいに言いやがって」

クーは『シルビア』の上に乗ると、何かをいじってがしゃんがしゃんと音を立て始めた。

「うっし水も満タン、エンジンも好調っと……さ、乗ってくれ」

「……安全?」

「クーの腕次第だから、汽車に比べるとかなり危険だな」

「セルリア一の車乗りに何言いやがる」

言いながら、ベルクはクーの椅子の後ろの方に座った。

リルもそれに倣い、ベルクの隣に座る。私はクーの隣に乗った。

しばらくの間がっしゃんがっしゃんと音を立て続ける。

「クー!まだかー?これじゃ着く前に日が暮れちまうぞ」

「もうちっと待て。シルビアはデリケートなんだ」

程なくして、ガタガタと音を立てて、ぶおおと煙を吐いて、シルビアは動き出した。

「わ……動いた動いた」

「シィ子は車初めてか?」

「うん、初めて」

「そりゃシィ子には悪い事したな。シルビアに慣れたら他の車なんざ乗ってられなくなる」

「皆、行ってらっしゃーい!」

「はーい、行ってきまーす!」

「夜には戻る」

屋敷でお留守番のサヤに返事をした。リルは小さく手を振っている。

だんだんと、馬車より少し速いくらいまで速度が上がっていく。

「わ、速い速い」

「おいクー!法定速度大丈夫なのかこれ!」

「おう!法定速度ジャストだ!スゲーだろ!」

汽車程じゃないけど、私が全力で走るより速い速度で街の景色が流れていく中で、クーに聞いてみる。

「法定速度って何?」

「街の中で出して良い最高速度って事さ。シルビアは本気になればもっと速く走れる」

クーは首を長く、注意して左右を見渡すと、にやりと笑って水晶のような物体に手を触れる。

シルビアは数秒の間を置いて、一瞬だけ凄い速さに加速した。

「わっ!」

急に加速した勢いで飛ばされそうになった帽子を慌てて押さえる。

すぐに減速したけど、それはそれで前につんのめりそうになった。

「こらクー!危ねぇ事すんな!リルも死ねつってるぞ!」

「はっはっはっはっは……すっげーだろ!今の、役人にはナイショだぞ」

「うん!凄い凄い!」

「こらシィ!クーを調子に乗せんな!」

私達を乗せたシルビアは、街の中の大きな通りを駆け抜ける。

歩く人は、色の違うタイルが使われている端の方を歩いている。

珍しくて左右を見回していると、見慣れた物を見付けた。

「あ、馬車!」

三日前にリルと一緒に街を歩いた時は細いくねくねした道ばかり通ったから見掛けなかったけど、まだ現役らしい。

300年も時間が経っても殆ど変わっていない見慣れた物をみれて、ちょっと嬉しい気分になった。

「なーんだシィ子は馬車派か?」

「んー、でもシルビアも気に入ったよ?」

「わかってんじゃんか」

クーは嬉しそうにニコニコと笑った。

「クーはいつも人を乗せて走ってるの?」

「あぁ、運ぶぜ。人も運べば物も運ぶ、セルリア一の運び屋さんだ」

「運び屋さんかー……ちょっとかっこいいね」

「スゲーかっこいいだろ」

しばらく走っていると、他の車とすれ違った。

「……随分、シルビアと違う形だね」

「シルビアは特注品だ、そんじょそこらの車とはわけが違う」

「半分は俺が造った」

ベルクの声に振り返ると、両腕を組んでふんぞり返っていた。にわかには信じがたい。

「……本当?」

「魔具技師として見たらベル以上はそうそういねーな」

「もっと言ってやれもっと言ってやれ」

「普段が普段だから信じらんねぇだろけどな」

「うん、信じられない」

「この野郎ども……」

大きな通りを抜け、寂れた町並みを抜けて、木々の生い茂る山道を走る。

森のように木々が生い茂っているけど、何度も馬車や車が通ったかのように地面が踏み固められている。

「ほい到着……っと」

小高い山の中腹にあった小さな家の前で止まる。

シルビアの音を聞きつけたのか、家の人が外に出てきた。

白い髪の毛を長く伸ばした、スタイルが良いけど目付きの悪い女性だ。

「ちょっとクー!ベル!ここにはリル以外の人間連れてこないでって何度言えばわかるのよ!」

いきなり怒鳴りつけてきた。

「ベルの連れだから俺悪くねーよ?」

「乗せて来たのはクーでしょ!?」

「まぁ落ち着けってティア。シィは別に悪人じゃないぞ」

「悪人だったら既に投げ飛ばしてるわよ!出来るだけ人を寄せないでって約束忘れたのアンタ達!?」

かなり情緒不安定な人らしい。

クーとベルクと交互に食って掛かる。

リルが女性―ティア?―の服の裾をくいくいと引っ張ると、何か文字を描いた。

「……同感。二人とも、荷物はそこに運んどいて」

「あ……あのー……」

半ば私を無視するようにリルの背中に手を回して歩き出した女性に、声を掛けてみる。

「はじめまして、シィです」

女性は振り返ると、元々悪い目つきをさらに悪くして、私を睨みつけてきた。

「目つき悪くて悪かったわね。あたしは嘘吐きが嫌いなの。あんたに名乗る名前は無いわ」

いきなり嫌われてしまった。

二の句がつげないでいる私を無視して、さっさと二人は家の中に入ってしまった。

ベルとクーは荷台に積んだ荷物を運び出して、家の玄関脇に置いている。

「ねぇベルク、あの人魔法使いなんだよね?」

「あぁ魔法使いだ。それもとびきり性質の悪い魔法使い」

とびきり性質の悪い。

「えっと……例えば、どんな事が出来るの?」

「人の考えてる事を読める」

ちょっと考える。

「何でそういう事先に教えないのよ!」

全力でベルクを殴りつける。

思いっきり、情緒不安定そうとか目付きが悪いとか悪口考えちゃったじゃない。

「……わかっててどうにかなるもんじゃないし、ティアは変に警戒する方が嫌がるタイプだからな……」

「……ちなみに、クーは何が出来るの?」

「俺?熱と炎をまぁ、少し」

「何かを動かすような魔法じゃなかったんだ」

てっきり、シルビアはクーが魔法で動かしてるんだと思った。

「いやぁ十分動かす魔法だぜ?シルビアの動力は、基本的には汽車と同じ蒸気機関さ。石炭燃やす代わりに俺の魔法の熱で動かすんだ。わかるか?」

「うん、後半全然わからなかった」

「つまりだいたい水さえあれば走れてスゲーって事だ。わかるか?」

「うん、つまりシルビアは凄いんだね」

「俺もスゲーんだけどな?」

「つまりその駆動部を造った俺も凄い」

「それを扱いこなせる俺がスゲー」

「クー程度に使いこなせる難易度調整に成功した俺が凄い」

「そうだね凄いね。ところで、リルだけ家に入ったみたいだけど良いの?」

くだらない俺凄い合戦が始まったから適当に口を挟むことにする。

「あぁ良いんだ、ティアの依頼は一週間分の食料とリル分補充だから」

またわけのわからない事を言い出した。

「食料はいいとして……リル分って何?」

「リルは呪いの言葉の魔法使いなんだ。定期的にティアの魔法を呪言で封じてる」

「封じたら、使えなくなるの?」

「いや、使える。ただ無意識に流れ込んでくるのはしばらくの間収まるから、その間は街にも降りたり出来るらしい。それ以上の呪言は精神に負担が掛かるから無理なんだ」

呪いの言葉。

……そういえば、ミアの家でリルと初めて会った夜もリルは文字で何かの儀式をしていた。

という事は私にも、何かの呪いを掛けていた……?

「さて質問が終わったなら俺も少し用があるから家入るぞ。シィは外に居た方が良い」

「ん、わかった。そうする」

あの人は苦手だ。

とりあえず、リルの事は家に帰ってからでも遅くはない。

「暇だったらクー手伝ってやれ。それじゃ」

ベルクは軽く手を振ると、扉をコンコンとノックしてから中に入って行った。

追い出されるような事を言われてる雰囲気だけど、戻ってくる様子が無いから気にしない事にする。

「……何してるの?」

クーは草むらを四つんばいになってがさがさと掻き分けていた。

「ティアの指輪探してんだ」

「指輪?」

「本人はもう諦めてんだけどな。前ティアの好物買い忘ちまったんだけど」

「うん」

「腹いせに投げられて、その時に指輪がどっかいったらしいさ?」

「……え?」

「あぁ今回はちゃんと買ってきたぜ?加熱処理したチーズ」

「や、そこじゃなくって……」

落ち着いて考えよう。

腹いせに投げる……は、置いておいて。

「指輪ってそんな簡単に抜けて無くなっちゃうものだっけ?」

「ティアが昔の恋人から貰った品なんだけどな?そいつ、ドゥールってんだけど。驚かせたくてティアの指のサイズすら確認せずにあいつの誕生日に用意したのはいいけど、案の定サイズが合わなかったんさ。まぁ、ティアもそれを気に入ったからそのままつけ続けて……」

「続けて?」

「……俺を投げ飛ばした時に無くして今に至る。およそ一月前の話さ」

……何か、複雑な気分になった。

断片だけ聞くとティアさんの自業自得のような、でも心情的にはクーが悪いような。

「つまり、クーはその指輪を探してるんだね?」

「おう。さっきティアは指輪つけてなかったから、まだ見付けてないみたいだしな。侘び代わりに俺が見つけてやんだ」

友達の為に泥に塗れるクーの事が、ちょっとかっこよく見えた。

「これ以上配達料割り引かれたままじゃ商売上がったりだもんな」

前言撤回。

「……恋人さんとの思い出の品が見つからないのは可哀想だから、私も手伝うね」

「おう、ありがとなシィ子」

さて、と服を腕まくりして草むらに向かった。

「この辺にあるの?」

「多分。投げられたのはこの辺一帯のどっかだし」

クーは家の前を右手で指差して、そのままくるりと半回転するように私達の着た道の方に向けた。

「……この辺一帯?」

「多分な」

冗談じゃない。大切な物なのにティアさんが一ヶ月も掛けて見付けられないのも当然だ。捜索範囲が広すぎる。

いや、もしかしたらクーが大雑把過ぎるのかもしれない。

というか、絶対にクーが大雑把過ぎる。

これじゃ殆どヒントが無いようなものだ。

ベルクの用事が終わるまでに見付かりそうにはないけど、そこは諦めて草を掻き分けて探し始める。

「指輪、指輪……」

何気なく私の腰元まで生い茂った草を倒して進んで辺りをざっと見渡すと、きらりと光を反射する物が目についた。

「……あっさり見付かっちゃうし」

指輪だった。

少し薄汚れてしまっているけど、拾ってみるとちゃんと指輪だ。でも少し、気になることがある。

「クー!これで良いのかな?」

確認に、明後日の方向に居るクーに尋ねてみることにする。

「おー!シィ子、もう見つけたのかっ!?」

何をどう考えたらそんな遠くに、という程遠い所からガサガサと音立てながらこっちによってきた。

「確かに指輪っぽいんだけど……大きすぎない?」

そう。指輪は、明らかに女性に送るような品物と思えないほどに大きかった。

私の指に合わせてみると、1.5倍なんてものじゃない。ともすれば指が2本入りかねない。

「あぁコレだよコレ。デュールは馬鹿だかんな、大きければはめられなくて困る事は無いとか言って、殆ど自分と同じサイズで造りやがってやんの」

「……ちなみに、ドゥールさんっていうのも魔法使いなの?」

「おう魔法使いさ。ついでに公国の兵士で1つの部隊を任されてる部隊長さ」

部隊長。いまいち偉さがぴんとこない。

「……ベルクの周りって……もちろんクーも含めてなんだけど、魔法使いばっかりじゃない?」

「そういう境遇だったかんな」

クーは私から指輪を受け取ると、シンシアの荷台から布生地を取り出して綺麗に磨き上げてくれた。

「よし綺麗になった。ティアに持ってってやんな」

「クーが持っていかなくて良いの?」

「見つけたのはシィ子だろ?」

「でも、クーが持って行かないと、その……配達料?は大丈夫なの?」

ぴしっという効果音が聞えてくるようなほど、クーの表情が無表情で固まった。

ぎぎぎと言う感じに頭を抱え込むと、うーんうーんと唸り始めた。

……わかりやすい人だ。

「……なんかシィ子は第一印象でティアに嫌われちまったみたいだし、それで仲直りさしてもらっちまえ」

クーは少年のように、にやりと笑った。

「ありがとう、クー」

何か、ティアさんが日用品をクーに届けて貰う理由が、わかった気がした。

きっと、彼の心根はとても綺麗なんだろう。それこそ、考えを読み取れてしまっても嫌悪する事の無いくらい。

「クーは来ないの?」

「シルビアの調整でもしてるさ。こいつは結構デリケートだからな」

「わかった」

鼻歌を歌いながらシルビアを磨きだしたクーを背に、ティアさんの家の扉をノックする。

「入ってこないで!」

家の中から、ティアの怒鳴る声が聞こえた。

相当嫌われてしまっているらしい。

「えっと……指輪、見付かったんだけどー」

言い終わるか終わらないかのうちに、がん!と大きな音を立てて木製の扉と私のおでこがぶつかった。

「痛っ!」

「……指輪?あんたが見付けたの?クーじゃなくて?」

「はい、これ……」

私はティアさんに指輪を差し出すと、彼女はひったくるように私から奪った。

「……絶対無理だと思ったのに……」

「まぁ俺の勝ち」

椅子に座って腕を組んだベルクが、誇らしげにニヤニヤと笑っている。

リルがその隣で、頬杖をつきながら机の上にあった2枚の銅貨を懐にしまった。

「……何やってたの二人とも……」

「聞きたいか?」

「別に良い。だいたいわかる」

ティアはため息を一つ吐くと微笑を浮かべ、指輪を左手の薬指に付けた。

ぱっと見た感じだけでわかるくらい、ぶかぶかだった。

「……ありがとう、シンシア」

名前を呼ばれた。

『シィ』ではなく、本当の名前の方。

ティアさんは部屋の中に私を招きいれて扉を閉めると、扉にもたれかかるようにして私に向き直った。

「私は、レスティア。さっきはごめんなさい」

「私は、えっと……シア。シンシア。でも時々シィ」

彼女は『嘘吐きが嫌い』と言っていた。

なんとなくだけれど、その気持ちはわかるような気がした。

人の考えが読めるという彼女は、本心と自分への言動が乖離した人間への嫌悪が、人一倍強いんだろう。

「さっきは、名前嘘ついてごめんなさい」

「あたしこそ、指輪見付けてもらったとたんに掌返して悪い事したわ」

ティアさんは左手の指輪を撫でながら普通に答えてくれた。

指輪の効果凄い。

「……私もティアさんって呼んで良い?」

「じゃぁあたしもシィって呼ばせてもらうわ」

ティアさんは全体的に物腰が穏やかになった。

もしかしたらリルに魔法を封じて貰ったお陰で、人を突っぱねる必要が無くなったのかもしれない。

「そんじゃ俺の用事も終わったし、帰るとするか……」

「気をつけなさいよ」

「誰に言ってやがる」

「あんたじゃ無いわよ、ベル。リルとシィに言ったの」

「ありがとう」

リルも、同じく宙に文字を描いた。

「そういえば、シィ」

ベルクに伴われ帰ろうとしたら呼び止められた。

「あんたは便利な子みたいだし、時々うちに来ても良いから。その時はもてなすわ」

去り際に疑問を残されてしまった。

便利っていどういう事だろう?

「ティア余計な事言うなって。ほらもう行くぞ」

半ばベルクに追い立てられるように、ティアの家の外に出る。

「それじゃまた来月お願いね、リル」

リルはこくんと頷くと、さっさとシルビアの座席に乗り込んだ。

ベルクもリルの隣に座って、私もクーの隣に乗り込む。

「それじゃまたね、ティアさん!」

「バイバイ」

ティアさんは軽く微笑みながら軽く手を振ると、さっさと玄関脇の荷物を家の中に運んでいってしまった。

結構ドライな人だ。

「うっし……そんじゃ行くぞ、シルビア!」

シルビアはがしゃんがしゃんと機械音を立て、さっき通ってきた道を逆に走り出した。


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