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一章 『再会』と良く似た『何か』 十二話目

Wrote:BELLK


 なんというか、今日は、疲れた。

「ふぅ……」

安物の皮椅子を軋ませ、机に突っ伏して息をつく。

あの後はシンシアに適当な部屋をあてがって彼女の身の丈に合いそうな服を何着か見繕い、その後簡素な食事をとった。

終始、シンシアは笑顔を絶やさなかった。

……いや、厳密に言えば笑ったりしたとたんに怒ったり喜んだりと喜怒哀楽の落差が激しく、ただ笑っていてくれるより無理をしているのが見え見えで痛々しかった。

よりによってあんな子供に『ウォーカー』がとりついているなんて、悪い冗談だ。

とりあえず教会にシンシアの身柄を押さえられる事態は防いだ事で、当面の危機だけは乗り切ったとも言える。

しかし、いつまでも教会からシンシアを隠し通せるわけが無い。

いずれはシンシアの事が教会に知れ渡る。もしくは『ウォーカー』がシンシアを内側から食い破る。

特に奴はウォーカーの中でも神話の神々に連なる格の悪魔だ。

シンシアが教会に捕まれば、悪ければその日のうちに『神殺し』の武器で刺されるか原型を留めない程焼き尽くされるか、それとも久しく見ない『ウォーカー』にとりつかれた者として、ホルマリン漬けか?

……運が良くても教皇のペットか軍部の人間兵器扱いだ。ロクな事にならない。

「……畜生っ!」

何が司教だ。俺の持つ権力で動かせる人間なんてたかが知れている。

それだって、『俺の』力で得た物ではない。あくまで『ミア・フォルトの記憶と力を持つ者』に与えられたお飾りの配下達。

大司教や教皇、軍部や国の上層部の一声であっさりと裏切るような、信用出来ない駒に囲まれている。

無力だ。

俺は、こんなにも無力だったのか。

何も出来ない。『国』という大きな力の前に、『ウォーカー』の脅威の前に、何も出来ないのか。

「……ミア・フォルトはずっとこんな無力感と闘ってきたんだな……」

彼女は一体何を思っていたんだろう。

記憶と、心は違う。

それに、記憶だって不確かなものだ。

世界樹の葉を見た時に、感じた違和感。

何年も俺が管理していたミアの封印式なのに、何故俺はその仕組みをすっぽりと忘れていた?

世界樹が自然発生させる魔力を封印式の運用効率を上げる為に使っていた。

大司教ヴァイヴェンの伝説とまで云われる魔法を、ミアが半永久機関としてシンシアの封印という形に創りあげた。

……シンシアの封印に、ミアは立会ったはずだ。

なら、何故、俺はそんな重要な場面を覚えていない?

ミアの記憶に蓋をしたのは三代目のはずだ。彼女の意図は何だ?

「くそ……」

いっその事、国を捨ててセルリア公国の力の及ばない何処かへ逃げるか……?

それも、良いかもしれない。

ミアがずっとセルリアに拘っていたのは、シンシアの事があったからだ。

ウォーカーさえどうにかすれば、セルリア公国の外に出る事も……

「俺は馬鹿か!?そのウォーカーがどうにも出来ないからこんな事になったんじゃねぇか!」

そもそもウォーカーさえどうにか出来てしまえば、シンシアの為に国を捨てる必要だってない。

空想する。

「……そうして皆は、平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

もしもウォーカーがシンシアにとりつく事が無ければ。

きっと、シアもミアも幸せに暮らせた筈だったんだ。

ミアは人生を大きく狂わされ、シアは今、生きるか死ぬかの瀬戸際を本人も知らずに歩いている。

シンシアは宗教だの、政治だの、国だの黒い事を知らないただの子供だ。

俺が、守らないといけない。

先代と約束した。

それは、ただの口約束だった。

でも、今は違う。

「考えろベルク。考えろ八代目。つーかなんか教えてくれよミア・フォルト!」

……何も思い浮かばない。

「情けねぇなぁ、おい……」

サヤとリルにこんな姿を見せるわけにはいかない。

シンシアには以ての外だ。

「……酒でも飲むかな……」

素面でいるより少しはマシかもしれない。

棚から適当なものを選んでいると、コンコンと扉を叩く音がした。

「……入ってまーす」

「どういうシチュエーションよ!?」

ばたんと扉を開いて、シンシアが入ってきた。

「……そういうお前はそのシチュエーションで扉を開くわけだな……?」

「そ、そんなわけないじゃない!ベルクが馬鹿な事言うのが悪いの!」

シンシアも、ミアの記憶から随分と変わったもんだ。

シンシアはもじもじと扉を開いたまま中に入ってこない。

「どうしたよ?」

「……部屋の中、入っても良い?」

「構わんが」

リルのように無言で頷いて部屋に入ると、扉を閉める。

部屋の中に入っても、シンシアはまたもじもじと手悪戯をしているだけで、軽く扉に体重を掛けるようにして立ったままだった。

「……夜這いでもしに来たのか?」

「よ、よば……違うわよ!」

シンシアは入り口近くの本棚から分厚い辞書を取り出して、投げてきた。

「ま、待てその辞書は一冊金貨いちま」

「騙されるかぁ!」

普通に投げつけられ、今回は夜で視界が悪かったせいもあり、普通にぶつかる。

「痛って……」

「変な事言うベルクが悪いの!」

こいつ投げ癖ついてやがる。

「ったく……それでも銅貨2~3枚の価値はあんだから乱暴に使わんでくれ」

辞書を持ってシンシアの傍まで寄って、元の位置に戻す。

近づいてみて、初めて分かった。

目が、赤い。

解散してから今まで、ずっと泣いていたのか……

まぁ、あんなへビィな事を聞かされちゃ当然か。

「ベルク……」

「ん?どうした?酒でも飲んでみるか?」

「……うん」

冗談めかして言ったつもりが、普通に頷かれてしまった。

まぁ……一日くらい、良いだろう。



「ベルク、聖職者なのにお酒なんて飲んで良いの?」

「これは葡萄酒だからな。つかお前こそ飲んじゃ不味いだろ、年齢的に」

大人しく椅子に座っているシンシアの前に、グラス半分くらいまで葡萄酒を注いでやる。

俺にも同じ量だけ注ぐ。

「何に捧げるかな……」

「ミア」

「ん?」

「ミアが良い」

シンシアの中では、両親より誰より、ミアが一番重要なのか。

「まぁ、それじゃぁ……ミア・フォルトに捧げて……乾杯」

「乾杯」

キン、とグラスを当てるとシンシアは酒を飲むのは初めてなのか、手に持ったグラスをじっと見つめる。

えい、という感じで一気に全部飲み込むと、咳き込んだ。

「けふっけふ……なにこれ、苦くて辛い」

「そういうもんだ、子供には」

笑みがこぼれてくる。

そうだ。俺はこいつを守るんだ。例え、何があっても。

「……ねぇ、ベルク」

「んー?」

「やっぱり、皆……本当に、死んじゃったのかな……」

「時間の流れには逆らえないさ」

シンシアの目じりに涙が浮かびだす。

「これが、悪い夢で……目を覚ましたら、またいつもの生活が始まるんじゃないかな、って……」

「こっちが、現実なんだ。現実が悪夢より悲惨な事なんてよくある事さ」

「うぅ……」

シンシアは本格的に泣き出しそうになっているのを、必死に堪えている。

「あぁほらお前酒なんて飲んだから酔ってんだよ。風にでもあたるか」

シンシアの手を取ってテラスの方まで連れてきてやる。

季節は春なのに、夜は肌寒い。

シンシアは手すりに寄りかかるようにして、月を眺め始めた。

「皆……死んじゃったのかなぁ……」

あぁこいつ酔ってやがる。

……いや、もしかしたら、素面でもずっと同じ思考をループし続けていたのかもしれない。

何度も、何度も信じられなくて、その事を考えてずっと泣いていたのかもしれない。

「そういや……酒といえば、昔テーリスが酒を飲んだって自慢してきた事があったなぁ……」

「あ……それ覚えてる」

「そんでいつもテーリスに張り合ってたオーシェが家から葡萄酒を持ってきて……」

「オーシェがロセシーとカーラと3人で飲んでた!」

「ミアとシアは結局飲まなかったんだよな」

「テーリスも飲まなかった!」

「殆どカーラが一ビン丸ごと飲んで……」

「オーシェが家から葡萄酒とって来たの怒られてた!」

なんだ。結構覚えてるじゃんか、こいつ。

「鬼ごっことかもしたよな」

「フィロリーがいつも負けてた!」

「あいつは太ってたからな……つーかシンシアも負けてばっかだったろうが」

「私は女の子だもんー」

「オーシェが鬼になったら……」

「いつもテーリスばっかり追いかけてた!」

「フィロリーが鬼になったら……」

「いつもミアがつかまってあげてた!」

この子の記憶は、こんなにも幸せだったはすだったのに。

「ぁーそういやかくれんぼとかもしたな」

「シフェがいっつも一番に見つかった!」

「隠れるのが下手だからな」

「私は上手だった!」

「そうだな、何回かシンシアが隠れたまんま皆家に帰っちゃった事あったしな」

「でもミアが見付けてくれたよ?」

「ああ、ミアはシンシアを探すために頑張ったんだ」

「そっかーミア頑張ったんだぁ……」

そうだ……そういえば、ミアは、大人達も見つけられなかったシンシアを探す為に頑張って……

「……シンシア、さっきお前どうやって俺の部屋を見付けた?」

まだ、シンシアには俺の部屋の位置は教えていなかったはずだ。

「なんとなくだよー」

シンシアは、にへらと笑った。こいつは酒に弱いようだ。

「なんとなく、か……」

「うん、なんとなーく……リルとか、サヤは、年下の子だから……」

……そういや、まだシンシアには二人の正体を明かしていなかったか。

今はどうでもいいが。

「もう、皆には、会えないの?」

会えない。

その一言が、言えない。

「また皆と一緒に遊びたいよぅ……」

そんなのもう無理なんだ。

シンシアの一番幸せだった時間は、もう、終わってしまったんだ。

大人達の事情のせいで、もう、帰る事は出来なくなってしまったんだ。

「一人はヤだよぉ……」

シンシアの瞳から、大粒の涙がこぼれ出した。

「皆死んじゃ嫌だよぅ……」

もう死んだんだよ、皆は。

それはなんて冷酷な言葉だ?

子供に辛い現実を突き付けるのは簡単な事だ。

でも、ミアの記憶は、俺にもある。

よく笑って、怒って、負けん気の強い娘だったミアが、今は泣いている。

「シンシア。お前は一人じゃない」

俺はシンシアを抱き寄せてやる。

「もう、ミアやテーリス達と会うことは出来ない。でも、新しく友達を作る事は出来る」

「やだ、ミアが良いの!私はミアが良い!」

「ここにはサヤが居る、リルも居る。それじゃダメか?」

「みあぁ……」

強情な奴だ。

……いや、もし他の奴がシンシアと同じ状況に立たされたら。

「そりゃ、ミアが一番だろうさ……他で代わりなんて出来ないだろうさ……」

ミアが狂人と呼ばれる程にシンシアへ執着していたように。

「……こっち来いシンシア!飲みなおすぞ!」

半ば強引に部屋に連れ戻すと、椅子に座らせた。

「みあー……みあぁ……」

「そっちはここに居る八代目でガマンしろ。大人は酒飲んで嫌な事忘れんだ」

シンシアのグラスになみなみと葡萄酒を注いでやる。

またシンシアは一息に半分近く飲んだ。

飲み方だけはうわばみな奴だ。

「苦くて熱い……」

「そういうもんだ」

減った分だけ注ぎなおしてやる。

「増えた……」

「あぁそりゃ増えるさ、注いだからな。ビンにまだ残ってるしな」

「魔法みたい」

「……あぁそうかい」

どうやら本格的に思考回路が回らなくなっているらしい。

なだめて寝かしつけるのも面倒だから、そのまま潰れてしまってくれるとありがたい。

「……そういや、シンシアはテーリスの事が好きだったな」

「うん……テーリス、今何してるのかなー……」

俺は軽くため息をついた。

まぁ、酔って記憶が混乱しているんだろう。

今くらいは、乗ってやろう。

その間にも、シンシアは葡萄酒を一気で飲み干し、ビンから新しく注ぐ度に不思議そうに笑った。

「何してんだろうな……案外、シンシアみたいに酒でも飲んでるのかもな」

「えー……それはないよぉ、テーリスお酒飲めないもん」

「そうだっけか?」

「オーシェの持ってきた葡萄酒、一口で吐き出してたもん」

「そういえば、シンシアとミアはそれで怖くなって飲むのやめたんだよな」

「うん……」

シンシアの眼がだんだんと、うつらうつらとしてくる。

「まほー……」

「ん?」

「皆を見つける魔法があれば、すぐに、会いに行けるのにねー……」

シンシアは、その呟きを最後に、目を閉じた。

魔法。

『皆を見つける魔法』。

……なんで気付かなかったんだ。

あったじゃないか。教会がシンシアに手を出せなくなる、とびっきり最高の作戦が!

「すげーな、お前!」

被った帽子ごと、シンシアの頭をなでてやる。

そうだ。ミアは、シンシアとの別れ際に一つ、とっておきを渡していたじゃないか!

俺はシンシアを彼女にあてがった部屋のベッドまで運んでやると、シンシアに魔法を覚えさせるプランを考え始めた。

上手く行けば、教会の力を全面的に味方につけられる最高のカードになる。

後は、如何にして教会を利用してウォーカーをシンシアから追い出すか。そこだけだ。


月が、満月の形を崩し始めた夜の事だった。

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