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一章 『再会』と良く似た『何か』 十一話目

Wrote:SIA


 あの子は髪の毛にコンプレックスを持っていた。

とても綺麗な金色をしていたけどかなりの曲がりクセがある髪の毛で、いつも私の髪を羨ましがってくれた。

だけど私の髪の毛は、変に赤と黒の混ざった、不揃いな茶色。

私は逆に、その色が嫌いであの子の金髪がとても羨ましかった。

それでも……他の子供たちと違って文字の読み書きも出来て魔法の才能もあって皆の人気者で、そんな優秀なあの子が褒めてくれるのが嬉しくて。

だから、私は髪の毛を伸ばしていた。

伸ばすと癖が強く出る事を嫌ってすぐに髪の毛を切りそろえてしまうあの子の分まで、私は髪の毛を伸ばしていた。

ベルクの化けた姿を見て、思い出した。

あの子の名前は、ミア。

ミア・フォルト。

私の親友だった。


「お茶が入りましたよ」

サヤがティーセットを手に、食堂へと戻ってきた。

落ち着いて話せるように、と私達は何人も座れそうな長いテーブルのある食堂へ移動をしていた。

ミアに誘われて行った教会で見た『絵画』と言うもので見たことがある。

貴族や王族なんかの特権階級の人が、食事をするのに使うような凄い品。

私は緊張していた。

急に、様々なミアの事を思い出して混乱している事もある。

サヤは私とベルクにお茶を淹れると、リルと自分には気持ち程度淹れた。

「えと……お茶って、確かもの凄く高いんじゃなかったっけ……?」

私の記憶では、ちゃんとしたお茶というのは異国から取り寄せるものだから物凄く高価な……それこそ、特権階級の人しか飲めないような品だったはずだ。

「いいえ、そんな事はありませんよ」

「今は、海路の安定と共に陸路も発達してるからな。この程度の粗悪品なら誰でも買える時代さ」

サヤが簡潔に否定すると、ベルクが軽く解説してくれた。

「粗悪品?」

「茶葉粉に異物を混ぜて、質を落として量を稼いだ大衆向けの品って事だ。そもそもこの茶葉粉の質も高級な品ではないしな」

初耳だ。やっぱり首都というのは凄いものらしい。

「俺は料理人じゃないから程度の違いはわからん……安物だってサヤが淹れれば十分美味い」

「ありがとうございます」

サヤは嬉しそうに微笑むと、テーブルに突っ伏して寝ているような状態のリルの正面に座った。

もちろん、今のリルは元通りにドレスを着ている。

駅から歩いている時は感じさせなかったけど、今は身体を起こすのも億劫なようだ。

どうやら、ベルクが『治療』をしていたというのは本当の事らしい。

「さて……まぁ、何から話せばいいものやら」

ベルクは、行儀悪く長いテーブルに肘をつきながらお茶を一口すすった。

私も、一口飲んでみる。

熱い。そして、少し苦い。お茶というのはこんなものばかりなんだろうか?

こんなものが美味しいだなんて、やっぱりベルクもちょっと変わっている。

「それなら、先ず私がリルの魔法にまつわる事について話すのが一番かと」

ある意味、今は一番どうでもいい事をサヤが提案してきた。

リルはぴくりと反応したが、どうでもよさそうに寝直した。

本人も、別に隠す気の無い話らしい。

「……部屋に居たのはベルクだったじゃない。ミアは居なかった」

ゲームは私の負けだから、と暗に伝えてこの話は切り上げてもらう。

今はそれよりも大事な話があるはずだ。

「いえ、シアさんの探している『ミア』は居ませんでしたが……シアさんは、私とのゲームに勝ちました」

「まぁ、やっぱそれが核心だよな……サヤに誘導されてる感があったが」

ベルクは浮かない顔になり、サヤは苦笑いを浮かべた。勝ちという意味がわからない。

「いったいどういう事?」

「つまり……シンシア。お前の探していた『ミア』は、この屋敷に居ない。」

サヤはペテン師だったのか……と思った。

屋敷に居ない人を屋敷から探し出せ、なんて無理がある。ゲームとして成り立っていない。

確かに『仮定する』とは言っていたけど……仮定はあくまで仮定だ。正解の無いゲーム。

そもそも、この会談にミアが参加していない段階でその可能性はぼんやりと考えていた。

それにしても。

と、考える。ミアは私と同い年だったはずだ。

私とミアは、物心ついた頃から一緒に育った。

それが、世界一有名な魔法使い?200年前に魔物をやっつけた?300年前から生きている?

絶対におかしい。計算が合わない。

それなら私は何歳になる?314歳?

「……あー……そんで、これは本当に言い難い事なんだがな?」

ベルクは本当に言い難そうに、歯切れ悪く前置きをする。

「……お前の探すミアは、もう世界中の何処を探したって見付かる事は無い」

わけのわからない事を言い出す。

「……どういう事よ?」

聞き取り方によっては、性質の悪すぎる冗談だ。冗談では済まされない、そんな冗談だ。

ベルクは、静かな口調で続けた。

真剣な目が、怖かった。

「つまり……ミアは、死んだんだよ。およそ250年も昔にな」



 思わず立ち上がると、椅子はガタンと音を立てて倒れ、テーブルに手をついた事でカップが倒れ、お茶が飛び散った。

「変な冗談言わないでよ!じゃぁ私は!?ミアと一緒に育った私はどうなの!?ミアを残して私は250年も生きていたとでもいうの!?」

信じられない。こんな酷い事をいう人が居るなんて。

信じられない。折角思い出したミアが、何処にも居ないだなんて。

信じられない。ミアが、『250年も昔に』死んでいたなんて。

「落ち着け」

「落ち着いてなんて居られないわよ!」

ベルクは、眉間にしわを寄せて、真剣な顔で私を睨みつけてくる。

怖い。

「シンシア。今年はエフィトス歴で何年か答えられるか?」

わからない。

怖い。

「そんなの知らないわよ!私は記憶喪失なの!」

「都合の良い時だけ記憶喪失になるんだな……今はジャリス歴263年。エフィトスの暦に直すと1853年の4の月だ」

エフィトスの名は知っている。神様の名前。神様の産まれた日から数えた暦。それがエフィトス歴。

それは、思い出した。でも、ジャリス歴なんてものは知らない。

「じゃぁ自分の経験に聞いてみろ、シンシア。お前はここに来るまでに知らない何かを見ていなかったか?珍しい何かを持ってはいなかったか?」

「そんなの知らないわよ!私は田舎で育ったの!都会の物なんて見たこと無いに決まってるじゃない!」

怖い。

確かに、記憶喪失だった。でも、世の中の一般常識とか、そういう物はある程度覚えていたつもりだった。

……なのに、わからないものなんて、多すぎた。

「例えば、汽車。線路」

私は最初、線路が何なのかわからなかった。最初、汽車の事をドラゴンだと勘違いした。

「例えば、エフィトス硬貨……まぁ、こっちは気付かず使っちまったかもしれんが」

「……旧セロ硬貨?」

「なんだ、ソレは知ってたのか」

私は、知らなかった。パン屋のおじさんに教えて貰っただけだ。

『これは、今では殆ど流通していない大昔の珍しい硬貨』だと。

「建築技術……街並だって、違ったんじゃないか?」

木造の家の少なさに、レンガ造りの家の多さに、違和感を持った。

「食べ物だって、物流技術の進歩のお陰で昔と大分変わっている。食生活そのものも、味付けも」

確かに、私はあの赤い甘くてしょっぱい香辛料の名前を知らなかった。

「細かく挙げれば暇が無い。他に挙げれば服も、常識も、暦も、人に余っては信じる神でさえも」

街を歩く人々の服が簡素な物でない事に驚いた。

お茶なんて、特権階級の人の飲み物のはずだった。

ジャリス歴なんて知らない。

私は、信じる神様なんてエフィトス以外に知らない。

「……心当たりが、あるんだな?」

血の気が、引いていくのがわかった。足ががくがくと震えて、立っていられなくなる。

全身の力が抜けてしまって、私は膝から崩れ落ちた。

「シアさん!」

へたりこんでしまった私に、サヤが駆け寄ってきた。

何故かわからないのに、涙がこぼれてきた。

「ミアは……」

「死んだ」

ベルクは冷たく言い放った。

「お父さんは?お母さんは?」

「死んだ」

「皆……他の皆は!?テーリスは!?オーシュは!?ロセシーは!?」

思い浮かぶ友達の名前を、次々に挙げていく。

「皆死んだ」

「嘘……嘘よ!そんなの嘘だ!」

信じたくない。

「死んだ!もう皆死んじまったんだ!」

「ベルク!そんな言い方……!」

「シアの両親も、ミアの両親も皆教会の中で死んだ!テーリスは鼠の運ぶ病で死んだ!オーシュは事故で死んだ!ロセシーは寿命だ!兎に角死んだ!他にもシフェだってフィロリーだってカーラだって皆死んだ!」

「ベルク!いい加減にしなさい!」

「嘘だ!」

「本当の事だ!250年も昔に、もう皆、死んじまってんだよ!」

怒鳴り散らす男の人を、怖いと……その時は、思わなかった。

私は、泣いていた。

でも、ベルクは……ベルクも、私以上に涙を流していた。

「シンシアが。シアが。300年も眠っている間に。皆死んだんだよ、ミアの心だけ残して」

眠っている間に?

「心……?」

「教会の秘匿事項だ」

「教会……」

そうだ。ミアは。ミアは教会の人間だった。

「何よそれ……私が眠ってたって、どういう事?」

「……教会の秘匿事項だ」

「ミアの心っていうのは?」

「……今はまだ教えられない」

話にならない。

「……いろんな事教えてくれてありがとう。私はもう行くね」

「……何処に行くつもりだよ?シンシア。お前には行き場所なんて無いだろうが」

「教会。教会に保護してもらって、協会の人間になる」

ベルクは露骨に嫌な表情を作ると、私の行く手を塞いだ。

「お前を教会に引き渡すわけにはいかない。シアを殺させる事は絶対にさせない」

「なんで教会に行ったら私が死ぬのよ」

元々、記憶を取り戻せるような魔法使いを探す事を優先していただけだ。

ここで記憶の大半を取り戻して、それ以上の知りたい事は教えて貰えない以上、もうここに用は無い。

それに、ベルクの言い草もわけがわからない。

「お前にとんでもない化け物がとりついてるからだ。お前ごと殺される」

「……引きとめる言い訳なら、もっと現実味がある事言ってよ」

心底、ベルクに呆れてしまった。

「ミアの事が教会の秘密なら、私が協会の人間になるの。どこがおかしいの?」

すり抜けようとした私の手を、ベルクが握って止めた。

「教会の秘匿事項を、ぽっと出の新人に教えるわけあるか?それを知るのに何年掛けるつもりだ」

「何年でも」

会話が、途切れる。

急に静かになった空間で、机から零れるお茶が地面に滴る音だけが、ぴちゃりと鳴った。

「放して」

私は力任せに強引に腕を振ると、ベルクは手を放した。

「カエルのおじさんが、私には商売の才能があるって言ってた。どんな事したってすぐに成り上がってその『秘匿事項』とやらを教えてもらうの。勝手に私の親友の名を語って、邪魔しないで」

私がベルクに背を向けると、目の前にリルが居た。

眠そうな瞳で、宙に大量の文字を描く。

「リル!余計な事すんな!」

リルは見下すような目で私とベルクを見ると、さらに文字描きを続けた。

「リル!」

「落ち着いて下さい、ベルク。シアはリルの書く文字を読めません」

「……そのうちに文字を読めるようになったら、また来るね。リル」

リルは満足げに頷くと、文字を描くのをやめて食堂の椅子の元に座りなおした。

「……シアさん。ひとつだけ、私もお伝えして良いですか?」

「……どうぞ」

サヤは、何処か信用してはいけない面を持っている。

それでも、一応聞くだけ聞いておく事にする……この子とは、もう二度と会うことが無いかもしれないから。

「シアさんがミアから貰ったものを思い出せば……貴女の『探し物』は、何だってきっとすぐに見付けられます」

「一番見付けたい人は、もう居ないのに?」

「……人の心は、変わるものですから」

やっぱり、この子はわからない。

「サヤ!」

「これくらい良いではないですか、ベルク」

怒鳴るように名を呼ばれても意に返さず、サヤは微笑んだ。

「ありがとう。それじゃぁ、また会うことがあったら」

私はそれだけ伝えて、3人に背を向けて歩き出した。

食堂を抜け、廊下を歩き、玄関の広間を通って扉を開く。

外は、もう帳が降り始めていた。

教会の場所なんて誰かに聞けばすぐにわかるだろう。

路銀があまり多くあるわけではないから、これからは教会に住み込みのシスター見習いをする事になるんだろう。

そういえば、いつかリルに買ってもらった汽車の切符代金を払いに来なくてはいけない。

リルに会いに来る口実を思い出した。

これで、少し気が楽になった。

これから、どうしようか。

シスターになったら、きっと毎日が忙しくて、質素な暮らしになるんだろう。

それなら、教会に行く前に一度くらいちゃんとしたレストランで美味しいものを食べるのも良いかもしれない。

一歩、一歩と庭を歩いて屋敷から遠ざかって、塀の元に差し掛かったその時。

「シンシア!」

私を呼ぶ、ベルクの声に振り返った。

「何よ」

私は半身だけ屋敷の方に戻して、答えて返した。

「お前、これからどうするつもりなんだ?」

正直に答えてやろう。

「これからレストランで美味しいもの何か食べるの。早く行きたいから邪魔しないで」

「こんな時に飯の心配か。その次は?」

「……教会への道を聞く」

「まぁ、道を知らないと行けないよな。その次は?」

「教会に向かうわ」

「まぁそりゃ、道を教わったらその通りに進むよな。その次は?」

「何よもう、教会についたら私は住み込みでシスターの仕事のお手伝いをさせてもらうの!もう決めたのよ!」

「で、その次は?」

その次は……次は、どうしよう。

「その時になってから考える!」

「そんな程度の見通しじゃ、教会の秘密を知るなんて夢のまた夢だな!」

笑われた。

「何をどうしようと私の勝手でしょ!私はもう行くの!さよなら!」

最後に馬鹿にされたままで終わったのが、シャクだった。

でももうベルクと会うことも、きっと無い。

「俺さー、司教やってんだよねー」

屋敷の外に歩き出した私に合わせるように、ベルクもこっちに向かって歩き出す。

「ついてこないでよ」

「しかも、教会から離れて居を構えられる許可すら貰ってる司教の中でも特別に偉い人。この若さでスゲーだろ」

「何よ嫌味?それとも自慢?」

どんどん屋敷との距離は離れるのに、私とベルクとの距離は変わらない。

「両方だ」

ベルクは、にやりと笑った。

嫌な奴。

「なあ」

「何よ」

私は、もうベルクに振り向く事無く答えた。

「俺の元で、司教手伝いやってみないか?」

「ばっかじゃないの?司教は男の仕事でしょ?」

「だから、司教手伝いだって。永遠の見習い。ようは下働きだ」

「やらない。人の親友の名前勝手に語るような人の元で働きたくない」

私は歩く速度を上げた。

「俺の屋敷さー、でっかかったろ」

もう無視だ、無視。

「この間空き巣に入られちまってな?家中荒らされちまってまぁ、いやぁ人手が足りなくて屋敷の整頓が追いつかなくて追いつかなくて」

無視。

「うちに住み込みで働いてくれる可愛い女の子でも居ないもんかなー……」

無視。

「そのついでに、文字とか教会の作法とか儀式とか魔法の勉強でもしたりして」

無視。

「そんで最初から教会でも高位の位から始められれば、一気に教会の秘密にも近づけるのになー」

……足を止める。

「三食昼寝付だ。日給も出るぞ?」

振り返る。

「いくら?」

詰め寄る。

「ん?」

「いくら出してくれるのよ」

「歩合制だ。まだ決めてない」

「今決めて」

もしこの話に乗るとしたら、ある意味一番しっかりと先に決めておくべき事だ。

「……セロ硬貨二枚」

「硬貨二枚なんて子供のお小遣じゃない」

「嫌ならいいんだぜ?一からつらい修業して何十年も時間をかけて出世して、秘密のカケラでも知れる頃にはおばあちゃんだ」

ベルクはニヤニヤと上から目線で―実際、彼の方が頭ひとつ分以上背が高い―見下ろしてきた。

なんか腹立つ。

「俺の元で修業すりゃ、ただの一年と待たずに十年分は成長できるな、お前の場合」

「嘘くさ…」

「もし希少価値のある魔法の一つも覚えりゃ教会でも『それなりの地位』は、その時点で確保だろうな」

考える。

「五枚!硬貨五枚なら良いわ」

「ざっけんな二枚だ二枚!こっちが金もらえる好条件だってのに」

「じゃあ妥協して四枚」

「おっ前金貨出してでも俺に弟子入りしたい司教見習いがこの首都だけで何百人居ると思ってやがる……」

この取り決めが、将来的にかなり重要になってくる。賃金はほんの少しでも粘って上げておくべきだ。

「じゃぁ仕方ないから四枚」

「強情な奴だな二枚ったら二枚だ」

「六枚」

「増やすな!」

往来でにらみ合い、火花を散らす。

「お前絶対自分の立場わかってねぇだろ……」

自分の立場なら、よくわかっている。

ベルクは、多分なんだかんだ言ってもきっといくら出したって私を手元に置きたがるはずだ。

教会に属しながら、教会を疑問視する存在。あの時のミアと同じだ。

心底私を教会に行かせたくないらしい。

今回の取り決めは、私が人質を握っている有利な取引……その人質が私自身っていうのもなんだけど。

「七枚」

「増やすな」

「八枚!」

「ええいくそ三枚だ三枚!それ以上はやらん」

勝った。

「じゃあ仕方ないからそれでいいや」

「ただし歩合制だかんな。仕事無い日は二枚だ」

「えー」

……それは仕方ない。でも、ここは文句を垂らしておく事にする。

「衣食住全部提供する住み込みなんだ、我慢しろ」

「しょうがないな~」

取り決めが決まった。色んな言質を貰った。

特に最後にさらっとベルクが言った事は重要だ。

新しい服が欲しいとベルクに頼めば、『取り決め』上ベルクがお金を提供してくれる事になる。

そうすれば、実際の私の稼ぐ額は大した問題ではないという考え方も出来る。

案外、カエルのおじさんが言ってた『私に商才がある』というのは正しいのかもしれない。

「それなら、教会に行かないで貴方の屋敷に居てあげる」

「ああ、そうしとけ。屋敷にはサヤもリルも居る。十把一絡げを教育する教会より余程良い勉強になる」

私達は、並んで歩き出した。

向かう先は、教会ではない。ベルクの屋敷。

長く続く塀の先。屋敷への入り口の所まで戻ってくると、リルとサヤが二人して待っていた。

「おかえりなさい」

「……」

サヤは笑顔で言い、リルは宙に描いた。今回は珍しくサヤの通訳が飛んでこなかった。

「えっと……ベルクに言われて、この家のお世話になる事になった、シアです。改めてよろしく……」

もう二度と会わないくらいのつもりで屋敷を出たのに、とても気恥ずかしかった。

「口説いてきた。俺の勝ち」

ベルクは悪戯気に笑った。リルはぷいと向こうを向いた。

「あんた達何してたのよ……」

サヤが苦笑しながら、「まぁまぁ」と、なだめながら私に歩き寄ってきた。

「人の心は、変わるものだったでしょう?」

悪意の無い微笑みに、ああ……と思った。

『ゲーム』の時からも少し思っていた事だけど、今確信した。

この子は、ペテン師だ。それも天然の、多分一番手に負えないタイプの。

サヤは含みを持たせた発言こそするが、きっと本当の事しか言わない。一度でもペテン師かと疑うと、引っかかる。そういう子だ。

ある意味一番信用できる。ある意味一番信用しちゃいけない。

「別に、教会に行く前にちょっとここで勉強する事にしただけだもん。教会にはそのうち行くわ」

「……人の心は、変わるものですから」

にこりと、彼女は邪気を感じさせない笑顔で微笑んだ。

どうやら、この屋敷にはまともな人が誰も居ないようだ。

リルは懐から銅貨を一枚取り出すと、ベルクがそれを取り上げた。

「本当に何してたのよ貴方達!」

「お前を連れ戻せるかどうかで銅貨一枚賭けてた」

ベルクはしれっと言い、リルも簡潔に頷いた。

「せめてそういうの本人の知らないトコでやりなさいよ!やっぱ私行く!教会行く!」

「まあまあ……」

サヤは私をなだめ両の掌を傾かせて合わせ、微笑みを浮かべながらあとずさった。

「魔法使いの館へ、ようこそ!」

二人が言って、一人が描いた。

何か、言葉に出来ない懐かしさを感じた。

「……よろしく!」


その日から、私の『魔法使いの館』での生活が始まった。

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