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畳の跡と、雨上がりのビー玉——未完の夏、あじさい色の魔法——

作者: yuzuyuzu
掲載日:2026/05/15

ころころとビー玉が転がっていく

あれはどこにいくのだろうか


女子高生は箸が転げても大笑いする

世間ではそんな風に言われているが私はそういうのとはとんとえんがない

人が嫌いというわけではないのだが、本の虫なのだ

朝から晩まで本を読みまくる

これぞ至福の時間


床で寝そべっていたら背中に畳の跡がついてしまった

麗しい女子高生のきれいな背中に縞々の畳の跡がついてしまった


悔しい


本を積み始めてはや数か月

消して本が嫌いになったわけではないのだ

単純に人生を生きるのに一生懸命だったのだ

いわゆる受験というやつだ


今年高校一年生の夏休みを過ごしている

ということは去年は中学三年生

そう、高校受験というわけだ


田舎に住んでいるためいわゆる東大に行きたいとか

医療従事者になりたいとか

そんな無謀なことを言わなければ適当なところに適当に進む予定だった

実際にこの想定が覆されたわけではない


ただちょっとだけ欲を出してしまったのだ

制服がかわいいちょっとだけ偏差値が高いところに行きたいと思ってしまった

口に出したが最後

親がもうその気になってしまい軽い気持ちだったと引き返せないところまで来てしまった

週に一度の塾が毎日に代わり

部活動も引退する前から少しずつ身を引き始め

毎日夜遅くまで勉強漬けの毎日を送っていた


といっても今の自分のレベルよりもほんの少しだけ偏差値が高いというところが幸いしてどうにか合格にこぎつけたのだが

その勉強漬けの毎日の影響で本を読むことができず積んでしまった

積みゲーならぬ積読だ


本への情熱を捨てることはできなかったため

毎月出る新刊や不定期で販売されるものは必ず購入していた

部屋の隅のたまっていくそれらを見つけて何度受験をあきらめたことか

とても悔しい

販売されたものをすぐに読めないなんて何たる拷問

そんなことを考えながら積んでいた本をようやく読むことができるのだ


入学してからも委員会や部活動、新しい生活に慣れること

もちろん自分の実力よりも少し上の高校であったためテスト対策もぬかりなく行わなければすぐ赤点だ

毎日毎日学校から疲れて帰ってきてすぐに布団に入るそんなことを繰り返してはや数か月

待ちに待った夏休みだ


もう毎年言われているが異常気象のためクーラーをガンガンにつけて外に出ることもしない

プールなんて温泉かってぐらい暑くて入れたものではない

家で水風呂に使っていたほうが何倍もましだ


そんなことを考えながら過ごしていた夏休みの午後

毎日の学業に追われ、ついつい積んでしまっていた本を読み切ってしまった

最近は物価高なので一冊一冊の値段が高いのでなかなか新しいものを変えていない

お財布も私の心のようにさみしくなってしまってからかなり日が経つ

さてどうしたものか


そんなことを考えていたらどこからかビー玉が転がってきた


昔は本よりも石に心をひかれていたためお小遣いの大半を費やしていた

その一環でビー玉にも手を出していたのだ

ほかの石たちと同様大切に空き缶に入れていたのだが一つだけ机の上に飾っていたものがある

ガラスをまとったビー玉だ

色とりどりのガラスの破片が埋め込まれたビー玉はほかにはない模様を持っており

当時100円未満という破格のお値段だったため速攻で購入した


ほかのビー玉と違い透明性や透き通るとかそんな言葉とは縁がないぐらいガラスの破片がぎっしりと覆っているその表面を

ざらざらとしたその表面を楽しむように指で転がすのが好きだった

一時はお守りのように毎日持ち歩いていたが

あまりの小ささに一度なくしてしまいそれ以降家に保管することにした


そんなことを考えながらぼーっと眺めていたら視界から消えてしまった

やばい

家で大切に保管するぐらいには愛着があるのだ

なくなってしまうのは

少し悲しい


慌てて立ち上がろうとしたが背中に畳の跡が付くぐらい横になっていたのだ

体が重く少し出遅れてしまった

廊下をころころと転がっていきどこかの部屋に入ってしまったようだ


扉が開いていた部屋を片っ端から探してみる

両親の部屋にも入ったが見つからなかった

リビングにもない

キッチンにあったら母親が料理をするときに大目玉を食らいかねないので丁寧に探した

だがどこにもなかった


数年間一緒に過ごしてきてたまにお守りのように感じていたのだが

まあ数日もすれば出てくるだろう


そんなことを考えていたら雨が降り出した

ザー

大雨だ

最近は雨が降っていなかったからうれしい

噂によると九州ではダムの水が枯れてしまい底にたまった水を使う計画まで出ていたようだ

年々地球温暖化が進行している影響で全国的にも雨が降っておらず

去年のつゆがなかったことも影響していたのだろう

かなり深刻な水不足だったらしい


ピンポーン

そんなことを考えていたらチャイムが鳴った

「はーい」

とりあえず返事をしてのろのろ玄関に行く

こんな雨の日に宅配か

配送業者のお兄さんには頭が上がらない


扉を開けるとカエルが立っていた



違うそんなわけないだろう

夏の暑さに頭をやられたか?


目をこすって開けてみるとかわいらしいカエルのカッパを着た小学生が立っていた

「お姉ちゃんい~れてっ」

よく見ると幼馴染のリンの妹、あみだった

「あみちゃん久しぶり。お姉ちゃんは?」

「学校で補習!!」

どうやらまた赤点をとったらしい


リンとは小学生の時からの幼馴染だ

はじめは近所に越してきた子がどんなものかと見物がてら声をかけに行ったところ

どうやら気に入られたらしい

それから四六時中一緒にいるものだからもはや親友といっても差し支えない

高校も私が受験するところに一緒に行きたいと言い出して

私よりも学力が足りない中必死に塾に通い詰めてギリギリ合格したのだ


一緒の高校でとてもうれしいけれどほぼ毎回のように補習になっているのを見ると少し申し訳ない気持ちになる

一応毎回テスト前には家で勉強会を開いているのだがそれでも足りないことはある


「そうなんだ、おうちに帰ったりお友達の家にはいかないの?」

「家は誰もいないし、みんな忙しいって帰っちゃったの。お姉ちゃん、本貸して」

もはや自分の妹言っても過言ではない幼子に言われてしまってはしかたないだろう

あみは姉と違って頭がよく

私と同じで本が好きだ

私がたくさん本を持っているため隙を狙っては読みに来る


「新しい本はないから適当に選んで読んでいいよ」

そう言い残してお茶の準備をする

相手が小学生とはいえお茶ぐらいは出す

夏だし脱水になられても困るし


冷蔵庫を開けてお母さんが準備してくれた麦茶を取り出す

適当なグラスを手に取り氷をたっぷり入れて麦茶を注ぐ

コポコポコポ

ついでに自分の分も入れる

こっちは氷なしだ

冷房がガンガンに聞いているため少し寒いのだ


「おまたせ、適当に置いておくから飲んで」

はーい

生返事が返ってきた

それだけ本に集中しているのだろう

私の部屋にある本ということは私の好きな本だ

自分の好きな本に熱中してくれているのは素直にうれしい

私の趣味がいいということだからな


雨の音をBGMに二人して本を読む

特に会話することもない

高校生と小学生なのだ話題がぎりぎり合わない


「そういえばお姉ちゃんって魔法って本当にあると思う?」

うむ

相手は小学生だサンタも信じている年頃だからここは慎重に答える

「もちろん、化学じゃ証明できないことなんていくらでもあるからね」

「私ね魔法が使えるの、雨の日限定だけど」

一風変わった魔法の自己紹介にあっけにとられた

「雨の日限定なら梅雨は無双だね」

「そうなの、といってもちょっとしたことしかできなくてなくしものを探すとかおみくじで大吉を引けるとか宝くじで千円当たるとかそんな感じ」

最後のはちょっとうらやましい

ちりつもと考えると利益が出るのは素晴らしいことだ

「じゃあちょうどさっき無くしたばかりのビー玉を探してほしいかもしれない。あれ結構大切なんだ」

ちょっとだけ願掛けの意味も込めて伝えてみる

「一日一回だけだからまた今度ね、今日はもう使っちゃった」

悔しい誰かの何かに先をとられてしまった

競っているわけではないけれど

「そうなんだ」

返事をしてまた本に集中する

すでに積んでいた本は読み終わっていたが既に読んだことがある本をもう一度読む

何度読んでも楽しいものは楽しいのだから



キーンコーンカーンコーン

五時のチャイムが鳴る

「そろそろ帰らないといけないんじゃない?」

雨も上がったようだ

来るときに来ていたカッパはかなり乾いた残りは家で干してもらうといい

「わかった本貸してくれてありがとうお姉ちゃん」

そう言ってお茶を一気飲みして玄関に急ぐ


「そういえば本のお礼していなかった気がするけどそれはお姉ちゃんに任せることにする」

「そのずぶとさ嫌いじゃないよ」

そう言って帰ってしまった


コップを片付けようと部屋に戻ると机の上のあのビー玉があった

私がどれだけ探しても見つけられなかったのにどうやって見つけたのだろう

ずっと一緒に部屋にいたからまさか部屋の中にあったとか?

嫌でも廊下に転がっていくのを満たし


まあいいか

小さな魔法使いが見つけてくれたってことで

今度感謝しなくちゃ

いや、本のお礼だったりして


机の上で静かに、けれど確かな存在感を放ちながら鎮座するビー玉。

西日に照らされたガラスの破片が、畳の上に複雑な色の影を落としている。


「……部屋になんて、なかったはずなんだけどな」


私は指先でそのざらざらとした表面をなぞる。

あの小さな魔法使いは、一体いつ、どこでこれを見つけたのか。

本に熱中していたあの子の指先が、一瞬だけ物語から離れて、世界の理を書き換えたのではないか――。そんな、本の中にしか出てこないような妄想が頭をよぎる。


ふと、あみが座っていた場所の近くに、一冊の本が伏せて置かれているのに気づいた。

私が「適当に読んでいいよ」と言った、蔵書の中でも特にお気に入りの短編集だ。


その本の隙間に、何かが挟まっている。

栞代わりだろうか。手に取ってみると、それはあみの手書きのメモだった。


「おねえちゃんへ。

まほうのおれいは、この本のつづきをかいてもらうこと!

だって、このお話、ここで終わるなんてズルいよ」


彼女が指していたのは、私が一番愛している、けれど「未完」で終わってしまった作家の絶筆作品だった。

作者が亡くなり、もう二度と続きが語られることのない、あまりにも残酷で美しい物語。


「……注文が多い魔法使いだこと」


私は苦笑いして、背中の畳の跡をさすった。

まだ少しヒリヒリするけれど、その痛みすら、なんだか心地よい。


窓の外では、雨上がりの湿った土の匂いが立ち上っている。

水不足を救う恵みの雨と、私の大切な宝物を返してくれた小さな魔法。

その対価として「物語の続き」を求められるなんて。


私は空っぽになったお財布と、満たされた心、そして目の前の原稿用紙――ではなく、使い古した学習ノートを広げた。

受験勉強のために数式や英単語で埋め尽くされていたその余白に、私はペンを走らせる。


「むかしむかし、あるところに、迷子のビー玉と、本が大好きな魔法使いがいました……」


物語を紡ぐのは、読みふけるのと同じくらい、至福の時間かもしれない。

夏の午後の静けさの中、私の新しい「宿題」が始まった。

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