君の骨が腐るまで
宇宙を例えるとしたら、無限と答えた学者がいた。
宇宙の中で見ると人間などほんの僅かな時に生きる小さな存在だ。人間自体に特別性は無い。しかし、人間は宇宙を観測することが出来る無限の可能性を秘めた生き物なのだ。
霊長類という言葉通り、この種は異常性を極める。霊ーーつまり魂を宿ると信じられて来た。人間は特別なのだと。例外なのか分からないが、唯一、猿もまた霊長類ではあるが。
僕は宇宙を眺めるのが好きだった。地球を観測する巨大な星々に想いを馳せた。そこには、一種のロマンがあった。父さんと見た宇宙は信じ難い程美しく、まだ若かった僕の無限の可能性を見出すのに充分だった。物理学者を本気で目指そうと思ったこともあった。数式で、宇宙を把握出来るのに憧れた。だが、残念ながら、僕は文系で父さんは僕に弁護士の資格を促した。
母さんは父さんと折り合いが悪く、僕の物心付く頃には論争に励んでいた。父さんは頑固だったが、母さんは生活にダラシなく、よく父さんが母さんを詰っていた。完璧主義の父さんには見た目だけの女は見合わなかったのだ。母さんも母さんで父さんのお金目当てで結婚したのが丸見えだった。
僕が5歳の頃、母さんはふと居なくなった。
僕にはそれが離婚だと分からない歳だった。
幼稚園で父さんに連れられ、周りの目が好奇のものになるのが無性に嫌だった。しかし、父さんは男手1つで僕を育てた。僕も応えようと必死に勉強したが、何年経っても弁護士の資格が取れず仕舞いだった。
次第にあの父さんさえ、僕に期待するのをやめた。
僕の生き甲斐と言えば、カップラーメンと2次元の嫁だけだった。僕は27歳になっていた。もう人生やり直しが効かない地点まで来ていた。
時々、テーブルに置かれたお金を持って近所のコンビニに行く。そこでコンプするためカップラーメンを選ぶ。
コンビニの店員と視線が合った。
栗色の長髪を巻いた上品な顔立ちの女子高生っぽい少女だった。その瞬間、僕は無精髭が目立つ容姿をしていることに酷く後悔を覚えた。灰色のパジャマもマイナスポイントだろう。
僕は咄嗟に視線を逸らした。彼女は内心、僕をバカにしているはずだった。
しかし、その期待は良い意味で裏切られた。
「毎日、ありがとうございます」
少女は言った。僕のことを昔から知っているような口ぶりだった。
僕はタジタジするしかなかった。可愛いとか2次元よりエロいとかそんな妄想に駆られて、罪悪感に苛まされたのだ。
「あの…僕のこと知っているのですか?」
愚問が口に出る。そう言えば、コンビニで店員の顔を見るのは初めてだった。彼女は僕の顔をずっと覚えていてくれたのだ。
人に失望していた僕は感動した。1人の人間としてのプライドももう捨てたはずだった。
少女は僕がマジマジと見ている中で、軽く微笑む。
「お兄さん、明日でコンビニカップラーメン制覇ですね」
実際、そうだった。一蘭のカップラーメンを最後に取っておいた。
「いつから僕を知っていたのですか?」
少女は茶目っ気を効かして、人形のように整った顔に八重歯を見せつける。
「3ヶ月前くらいからバイト入ってまして」
よく出来た娘だ。今時の若者の横柄さの一輪も感じられない。
僕は恋だと思った。
「僕は明智悠太。君は?」
少女が長い睫毛をパチパチさせながら、答える。
「浜崎雷華。高校2年生です」
「雷華ちゃんか〜」
僕はオッサン魂を燃やした。だが、直ぐ鎮火した。付き合えるはずがないのだ。
しかし、口が滑った。
「ここバイト募集してる?」
雷華は気さくに、頷いた。
「バイト探してるんですか?明智さん」
「いや、毎日休暇のようなものでそろそろ何とかしないといけないんだよ」
それは事実だった。父さんからのお金は年々減っていっていた。僕は働かなくてはならなかった。
雷華が華奢な笑い声を挙げる。
「一緒にコンビニ店員やりますか?」
僕はこんな美人に誘ってもらって有頂天になっていた。
「雷華ちゃんが良ければ是非。まあ、その前に身だしなみを整えないとな。僕なんかが雇って貰えるのかな?」
雷華は首を軽く傾げた。
「僕なんかなんて思想やめましょうよ。人間は本来、自由なんですから」
見た目にそぐわず思想家なのかもしれない。雷華の目にはショボくてた男が映っていた。ショボくれて、少し希望を見出した男。




