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アングラネットの海

 囲まれた。

 周囲にいるのは無数のコワモテ集団。


 全員黒いスーツに身を包んで、リーゼントで固めた髪の毛を持っている。

 しかも全員身の丈に匹敵する重機関銃を二丁持ちだ。

 アンドロイドヤクザだ。

 数は、ざっと三〇体。


 ジェイミー・ネクサスは、その状況に辟易していた。

 普通の人間だったら殺されている。今頃小便を垂らすくらいはしているだろう。

 まぁどちらにせよ、状況としては厄介だ。


「大人しく投降しろ。それさえ渡せば、てめぇのタマ助けてやってもいいんだぜ?」


 親分肌と思われる男が、アンドロイドヤクザの群れから出てくる。

 スーツを着てはいるが、アンドロイドヤクザとは違って、生身の部分が多いし、髪の毛は黒のオールバッグだ。

 だが、ジェイミーの眼に仕掛けてある暗視スコープが、電脳化と脊椎強化、及び神経組織の光ファイバー化が施されたサイボーグであることを告げた。


「あんたが、カラス組の親分かい?」

「そういったところだ。しかし、俺達のところからそれを持っていこうとは、いい度胸してんじゃねぇか、あぁ?」


 親分がジェイミーの荷物を見た。

 ジェイミーの手には、カバンが握られている。


 一見ヤクザの邸宅に見えるこの場所の地下はアンドロイドヤクザの一大生産拠点だ。

 よくもまぁこんな建築物の地下に超広大な工場を作ったもんだと、呆れて物も言えなかった。


「ほぅ、命は見逃してくれんのかい?」

「ポリ公に眼ぇつけられたくないんでね。殺しはすぐバレる」

「なるほどな。わーったよ」


 そう言って、ジェイミーはカバンを足元に置いて、両腕を上に上げた。


「分かってんじゃねぇか」


 そう言って、親分はアンドロイドヤクザの一体に顎で指示を出した。

 一体が取りに来た。




 大したことのない、だが大胆な奴だと親分は思った。

 眼の前にいる青年は、ざっと年齢は二〇前後、といったところだろう。

 青い髪の毛をした、ほぼ生身の身体だということを、自分のサイバネ化した眼が教えていた。


 しかも線が細すぎる。まるで木の枝のようにヒョロい。

 カバンを回収した後、アンドロイドヤクザが青年を撃った。


 心臓を一発。

 呆然とした、間抜けな顔をしながら死んでいた。


「ふん。アホだな。約束なんか破るためにあるんだよ」


 そういった直後だった。

 急に、耳から入る音がうるさくなった。


 花火でも上がったのか。


 そう思ったが、なにか違う。


 銃声だ。

 まだアンドロイドヤクザが撃っているのかと思った瞬間、親分はハッとした。


 青年の死体も、アンドロイドヤクザも、自分の目に『存在していない』。


 眼の不調?

 いや、眼はこの間変えたばかりの最高級品。壊れるはずがない。


「何が起こった?」

「あんたさぁ、もうちょい電脳には金掛けたほうがいいよ」


 機械にしたはずの脊椎が、震えた気がした。

 青年の声だ。

 さっき撃ったはずの、青年の声。


 瞬間、先程まで存在していなかったアンドロイドヤクザが見えた。

 思わず、目を見開いた。

 それが、こちらのアンドロイドヤクザを片っ端から撃ち抜いていた。しかもバッグは、青年の足元に置きっぱなしになっている。

 しかもその横には、無傷の青年が、不敵に笑いながらこちらを見ていた。




 大した性能じゃなかったな。

 ジェイミーは正直言うと、少しガッカリしていた。


 親分と話し込んでいる隙に、ウィルスを仕込んだ。

 親分に対しては眼のハックを行い、自分が殺されたという映像を見せ、近づいてきたアンドロイドヤクザは中のCPUそのものをハックしてこちらの味方にした。

 集団が同士討ちをしているサマをジェイミーはそこから一歩も動くことなく見ていただけだ。


 電脳の防壁が雑魚すぎた。

 親分の電脳はアラビム社の最新鋭、一般人が一生汗水垂らして働いても買えない。確かに高級品だ。

だが、カスタマイズは何も施されていない。

 アラビム社の防壁のクセもよく知っていた。

 話しているうちにあっさり弱点を見つけて、視野にウィルスを送った。


「ちぃ、クソガキ! アンドロイドヤクザ共、あのガキを殺せ!」

「おーっと、そうはいかないねぇ」


 ジェイミーは眼を高速で動かして、アンドロイドヤクザを全員ロックした。

 そのまま、ジェイミーの電脳は現実のようでいて現実でない、ある世界に行く。


 ネットの海。

 そこにはありとあらゆる情報が光のように駆け抜ける。


 ただ、泥濘のような海だと思った。

 もっと普段のネットの海は輝いているが、このどす黒いヤクザどものネットの海はまるで汚水の中だ。

 アングラネットの海の中は、得てしてこういう色合いをしている。


「汚ぇ空間だ」


 反吐が出そうな思いで、ジェイミーは呟く。

 その中には当然、今ロックしたアンドロイドヤクザの情報が大量に目の前に流れている。

 ジェイミーの身体が、いや、電脳が作り出した意識体が、その海の中で分身して、それぞれのアンドロイドヤクザの情報が書かれたファイルの前に行く。


 クラック。ターゲットは自分ではない。

 眼の前の量産型アンドロイドヤクザだ。


 そうやってハックしたら、海から脱出して、現実の世界に戻る。

 その間、コンマ一秒にも満たない。


 アンドロイドヤクザの動きが止まった瞬間、全員横を向く。

 直後、一斉にアンドロイドヤクザ同士で撃ち合いを始め、大音量とともに全員の頭が消し飛んでいた。


 残っているのは、親分ただ一人。

 親分の額には、汗が出ている。


「な…?! 俺のアンドロイドヤクザが、こうもあっさりと?!」

「あんた、ホントに儲かってんの? 儲かってんならもう少しまともな防壁にしておけよ。俺に一瞬でハックされるようなら、終わりだぜ?」

「てめぇ、ぶっ殺してやる!」


 そう言うと、今度は親分がこちらにハックを仕掛けてきた。

 なるほど。電脳戦を仕掛けよう、ということらしい。


 ネットの海に潜る。

 そこは、自分だけの海だ。


 ネオンのように輝くその海の中に、黒い汚水のような槍がやってくる。

 親分からの攻撃だろう。


「甘いよ」


 言うと同時に、ジェイミーはその汚水を、手で払いのけ、同時に、その汚水から親分の情報が書かれたファイルが出てきたので、拾い上げた。


 これで殺せる。


 そう思った。

 すぐに、その情報に対してファイルを書き換えて、返信。


 内容はただ一つ。

 神経を、暴走させろ。それだけ。

 コンマ一秒。それで十分。


 現実に戻ると、向かってきていた親分が、ピクリとも動かなくなった。

 瞬間、親分が絶叫を上げる。


 それもそうだ。神経を変えた光ファイバーが暴走しているのだから。

 大量の情報が脳に流れ込んできている。

 それも、無制限に。


 本来なら防壁が働いて情報の流出は最低限になるが、それも無視するように返信していた。

 直後、ズドン、という音がしてから、親分の穴という穴から煙が出て、そのまま親分は地面に突っ伏した。

 電脳のSoCがオーバーヒートを起こし、焼かれた。


 案の定、生体反応なし。

 電脳の死亡を確認。

 仕事は終わりだ。


 通信が入る。

 脳に直接、声が語りかけてくる。


『組の殲滅、終わったか?』


 男の、淡々とした声だった。

 今回の依頼主で、同時に、今のジェイミーの飼い主だ。

 名前は、本名かどうかは知らないが、ガルム、と名乗っている。


「あっさりとな。所詮は、この程度か」

『お前からすればそうだろうな。報酬はいつもの場所に入れてある』

「サンキュ。しかし、相手方最後まで気づかなかったな」


 そう言って、ジェイミーはバッグを開けた。

 中には、何も入っていない。


 そもそも、本を正せば今回の依頼自体が、アンドロイドヤクザの工場に侵入した後、わざと見つかって逃走するようにしてから、あの親分を引きずり出し、そのまま殺す、というものだ。

 要するに製造工場場所の特定は既に済んでおり、重要そうな荷物を盗んだと見せかけ続けたのだ。

 そして、親分が出てきたところで、電脳戦を始めてそのまま始末する。それがガルムの筋書きだ。


『しかし、敵の脳を焼いた時間だが、確認した限りで以前に比べると、〇コンマ一五桁三秒、遅くなったな。フリーになって、腕が鈍ったか』

「かもしれねぇな。だが、今更軍に戻る気はねぇよ。俺は自由な海のほうが好きでな」

『そうか。なら、いずれ次の仕事があるだろう。それまでは休め、個体番号二〇一九』


 それだけ言って、ガルムからの通信は切れた。

 ため息を吐いてから、バッグを遠くへ放り投げる。

 和風庭園にあった、池に落ちた後、そこら中に転がった死体を尻目に、堂々とジェイミーは門から出ていった。


 少し歩くと、ネオン街が広がり、そして、雨が降った。


 雨は嫌いだ。


 自分が生身の体を捨て、生身に偽装した全身義体になった日を思い出すからだ。

 だが、傘をさす気分にもならない。

 そのまま、ジェイミーの姿は、ネオン街に消えていった。


 それが今のジェイミー、元軍所属のコード番号『二〇一九』号の日常だった。


(了)

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