第7話:氷の令嬢の、溶けた素顔
第6話でシチューをおかわりした冬月さん。
温かい食事を終え、ふっと肩の力が抜けた彼女の姿に、朝陽くんは「あること」に気づいてしまいます。
それは、学校では決して見ることのできない、彼女の本当の姿。
「……ふぅ。……ごちそうさまでした」
二杯目のシチューを綺麗に平らげ、冬月さんが小さく息を吐いた。
満足げに、でも少しだけ眠たそうに目を細める彼女を見て、僕はようやく自分の分のシチューを口に運ぶ。
……これまで、僕は彼女のことを「見ない」ようにしていた。
関われば平穏が壊れる。深入りすれば過去の二の舞になる。
そう自分に言い聞かせて、彼女をただの「空腹の隣人」という記号として処理しようとしていたんだ。
けれど、この至近距離で、温かい照明の下で向き合ってしまったら、もう誤魔化しようがなかった。
(……、……今さらだけど。やっぱり、とんでもなく綺麗だ)
あらためて、僕は彼女を「一人の女の子」として視界に捉えた。
学校で「氷の令嬢」と謳われる彼女の肌は、白磁のように透き通っている。
でも今は、熱いシチューを食べたせいか、耳たぶや頬の先がほんのりと桃色に火照っていた。冷たい印象の彼女が見せる、初めての「温度」。
少し乱れた前髪の間から覗く瞳は、夜の湖のように深くて静かだ。
その長いまつ毛が瞬くたびに、僕の心臓が少しだけ変な跳ね方をする。
さらりと肩に流れる黒髪は、手入れが行き届いているけれど、今はほんの少しだけボサついていた。きっと、昨日の「勉強」が相当過酷だったんだろう。
完璧な令嬢の、完璧じゃない部分。
そして、何より僕の目を奪ったのは。
シチューの熱で少しだけ潤んだ、桜色の唇が、満足そうにふにゃりと緩んでいること。
「……瀬戸くん? 私の顔に、シチューついてる?」
不意に、彼女と視線がぶつかった。
首を少し傾げるその動作に、学校での凛とした威圧感はどこにもない。
ただ、僕が作ったご飯でお腹を満たして、少しだけ無防備になっている同級生の女の子が、そこにいた。
「……いや。なんでもない。ちょっと、ボーっとしてただけだ」
僕は慌てて視線をシチューの皿に戻した。
耳まで熱い。さっきまで「シチューのせいだ」と思っていた熱が、別の理由によるものだと自覚してしまったから。
「……冬月さん、顔赤いよ。やっぱり熱でもあるんじゃ……」
「……ううん。違うわ。……なんだか、すごく安心しちゃって。……部屋に戻るのが、少し……億劫になるくらい」
彼女はそう言うと、自分でも驚いたように口元を押さえた。
本音が、美味しさと温かさで零れ落ちてしまったらしい。
「……、……今の、忘れて。……じゃあ、今日はお暇するわ。お皿は、また明日」
彼女は逃げるように立ち上がると、カバンを抱えてドアへと向かった。
その背中を追いかけながら、僕は自分の胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
(……やばいな。これ以上は、本当に「便利なお隣さん」じゃいられないかもしれない)
彼女を送り出し、静かになった部屋で、僕は一人立ち尽くす。
窓を叩く雨音だけが、今の僕の早鐘のような鼓動をかき消してくれていた。
お読みいただきありがとうございました!
朝陽くん、ついに「見て」しまいましたね。
冬月さんの本当の美しさと、ふとした瞬間に見せる可愛らしさを。
これまでは「食べさせる側」として余裕を持っていた彼ですが、これからは彼女の存在そのものに翻弄されることになりそうです。
冬月さんの「温度」を感じた朝陽くん。
次回、そんな彼を学校で待ち受けるさらなる試練とは……?




