溶ける氷と、内緒のシチュー
「一口だけ」という名目で、再び朝陽くんの部屋に足を踏み入れた冬月さん。
今夜のメニューは、身も心も温まる『鶏肉と冬野菜のクリームシチュー』です。
隠し味に白味噌を使った、朝陽くんこだわりの一杯。
果たして、氷の令嬢の頑なな心は、この温かさにどこまで溶けてしまうのでしょうか……?
「……おいしい。すごく、あったかいわ」
一口と言いながら、冬月さんは結局、椅子に深く腰掛けてシチューを味わっていた。
学校での「氷の令嬢」の鎧は、この部屋のオレンジ色の明かりと、立ち上る湯気の中に溶けてしまったらしい。
「隠し味に白味噌を入れてるんだ。少し和風のコクが出るから、ご飯にも合うだろ?」
「……ええ。お味噌、わかるわ。……瀬戸くんの料理は、なんだか……ズルいわね。意地を張ってるのが、馬鹿らしくなるもの」
彼女はフゥー、とスプーンの上のシチューを丁寧に冷ましながら、小さく笑った。
その笑顔は、学校で遠巻きに眺めていた時よりもずっと自然で、どこにでもいる普通の女の子のそれだった。
目の前で美味しそうに食べる彼女を見て、僕の胸の奥も、シチューのおかげか少しだけ温かくなる。
「深入りしない」というマイルールが、彼女の幸せそうな顔を見るたびに、じわじわと書き換えられていくような感覚。
「……冬月さん、相当疲れてるだろ。目の下、少しクマになってるよ。勉強もいいけど、ちゃんと寝ないと」
「……バレちゃった? そうね。……少し、こだわりすぎちゃう性格なの。一度始めると、納得いくまで終わらせたくなくて。……気がつくと、外が明るくなってたりするわ」
彼女が視線を落とした先には、僕が作ったシチューがある。
彼女にとっての「勉強(本当はイラスト)」も、僕にとっての「料理」も、きっとどこか似ているのかもしれない。
完成形を目指して、ついつい自分を追い込んでしまうところが。
「……ねえ、瀬戸くん」
「ん?」
「……さっきの、お菓子の感想。……本当に嬉しかった。あのお菓子、私が一番好きなお店のものだったから。」
彼女はそう言うと、残りのシチューを名残惜しそうに飲み干した。
空っぽになったお皿を見つめ、彼女はポツリと、独り言のように呟く。
「……私、学校では……誰とも、こういう話、しないから」
その言葉に含まれた微かな寂しさを、僕は見逃せなかった。
孤高の令嬢というレッテル。それは彼女が望んだものでもあり、同時に彼女を縛る鎖でもあるのだろう。
境界線を引く。深入りはしない。
そう決めていたはずなのに、僕の手は勝手にお玉を握っていた。
「……おかわり、食べるだろ?」
僕の問いかけに、冬月さんは一瞬驚いたように顔を上げ、それから……。
今日一番の、柔らかい表情で頷いた。
「……、……食べる。あと、……少しだけ、多めにしてほしいわ」
「ははっ、了解。お肉多めに入れとくよ」
外の雨音はまだ止まない。
けれど、僕の部屋の中にある小さな食卓だけは、シチューの湯気と同じくらい、穏やかな熱を帯びていた。
お読みいただきありがとうございました!
「一口だけ」が「おかわり」に変わる瞬間。
それは、冬月さんが朝陽くんに、物理的にも心理的にも一歩歩み寄った証拠かもしれませんね。
白味噌のシチュー、この季節には最高のご馳走です。
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