第4話:『平穏』を愛する男の事情
第3話で「氷の令嬢」から挨拶をされてしまった朝陽くん。
学校中が騒然とする中、彼の平穏はどうなってしまうのか……。
今回は朝陽くんの親友カップルが登場します。
そして、彼がなぜこれほどまでに「深入り」を避けるのか、その理由も少しだけ語られます。
雨の日の、少しだけしっとりしたお話です。
昼休み。自分の机で死んだふりをしていた僕の肩を、誰かが叩いた。
腐れ縁の友人、黒沢 大輝だ。サッカー部のチャラ男だが、中学からの付き合いで僕の「料理好き」を知る数少ない理解者でもある。
「……見ての通り、瀕死だよ」
「だよな。あの冬月さんから挨拶されるなんて、お前、前世でどんな徳を積んだんだよ」
大輝の後ろには、彼の彼女である寺田 紗季さんもいた。
「瀬戸くん、本当のところどうなの? 2組(隣のクラス)でも、女子たちが『あの二人、実は……』って大騒ぎだよ?」
紗季さんは明るくて情報通だ。彼女が味方なら心強いが、敵に回すと逃げ場がなくなる。
「本当になんでもないんだ。……ちょっと、家が近所で、バッタリ会った時に少し助けたことがあって。それだけ」
「へぇ……? 『近所』ねぇ……」
大輝がニヤリと笑い、僕の首に腕を回して耳元で囁いた。
「……お前が必死に隠したがってるってことは、それなりの事情があるんだろ? 無理には聞かねーよ」
大輝は僕の「過去」を知っている。
中学時代、お節介を焼きすぎて人間関係のトラブルに巻き込まれ、良かれと思ってやったことが最悪の結果を招いた、あの事件。
それ以来、僕が深入りせず、平穏を死守していることを。
「まあ、話せるようになったら教えてくれよ。味方だからな、俺らは」
大輝のからっとした言葉と、紗季さんの「応援してるよ!」という笑顔。
その温かさが、刺さるような周囲の視線から僕を少しだけ守ってくれた。
放課後。雨が降り出したアスファルトを早歩きで駆け抜け、アパートの自室に逃げ込んだ。
「……ふぅ」
ようやく一人の時間だ。
外は梅雨入りのジメジメした空気。でも、キッチンに立って包丁を握れば、そこは僕が全てをコントロールできる場所に変わる。
人間関係は、どれだけ心を込めてもボタン一つで掛け違える。
でも、料理は違う。
レシピ通りに火を入れ、調味料を計れば、期待通りの味を返してくれる。
僕にとって料理は、一番安全で、一番確かな「平穏」との向き合い方だった。
今日の献立は、『鶏肉のレモンバターソテー』。
厚切りのもも肉を、皮目からじっくりと。
湿気を吹き飛ばすようなレモンの爽やかな香りが、バターのコクと混ざり合って部屋を満たしていく。
「よし、出来た」
いつものようにお盆に盛り付け、隣の部屋の分を用意した時、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、そこには駅前の有名な洋菓子店の袋を抱えた冬月さんがいた。
「……こんばんは。瀬戸くん。これ、昨日の、お礼」
少しだけ濡れた肩。
学校で僕に挨拶した時の勇気と、その後の騒動を知ってか知らずか、彼女は申し訳なさそうに袋を差し出してきた。
「……あ、ありがとう。わざわざ買いに行ってくれたんだ」
「……うん。瀬戸くんのご飯のおかげで、昨日、しご……勉強、頑張れたから」
本当なら、この袋を受け取ることさえ「深入り」になるのかもしれない。
でも、彼女の少し震える指先を見て、突き放す言葉は出てこなかった。
「ありがとう。……はい、これ、今日の分。鶏のレモンバターソテー」
「……いい匂い。レモン……」
彼女の瞳が、ふっと和らぐ。
本当なら「部屋暖かくしたから、入って食べてく?」と言いたくなるのを、僕は喉の奥で飲み込んだ。
「……じゃあ、また明日。おやすみ、冬月さん」
「……ええ。おやすみなさい、瀬戸くん」
彼女は少しだけ名残惜しそうに、でも僕が引いた見えない境界線を越えることなく、自分の部屋へと戻っていった。
一人で食べるレモンソテーは、文句なしに美味しかった。
でも、彼女からもらった紙袋の中の焼き菓子を一つ口にした時、なぜか胸の奥が少しだけザワついた。
(……味方だからな、か)
大輝の言葉を思い出す。
平穏を守るための「孤独」と、彼女から届く「感謝」。
そのどちらが今の僕に必要なのか、答えはまだ、雨の音にかき消されて見えなかった。
お読みいただきありがとうございました!
親友の大輝くんと、彼女の紗季ちゃんが登場しました。
持つべきものは、事情を察してくれる友達ですね。
そして、朝陽くんがなぜこれほどまでに「深入り」を避けるのか……。
過去のトラウマが、彼を慎重にさせています。
でも、冬月さんからのお礼のお菓子は、彼の心の防壁を少しずつ削っているようです。
次回、果たしてこの「テイクアウト方式」はいつまで続くのか?




