第34話:借りたシャツと、ミルフィーユ鍋
今日は一学期の打ち上げ。凛ちゃんからのリクエストで「ミルフィーユ鍋」を作ることになった朝陽ですが、準備中にお風呂場から大きな音が響きます。慌てて駆けつけると、そこにはシャワーでびしょ濡れになった、少しドジな令嬢の姿が。
キッチンには、出汁の優しい香りが立ち込めていた。
僕は豚バラ肉と白菜を丁寧に重ね、鍋の縁に沿ってぎっしりと敷き詰めていく。
「朝陽くん、私も何か手伝うよ! じっとしてるの、落ち着かないし」
「じゃあ……悪いけど、お風呂掃除を頼んでもいいか? 打ち上げの後にすぐ入れるようにしておきたいんだ」
「任せて!」
凛は腕をまくり、やる気満々でお風呂場へ向かった。
(……そういえば、今夜凛はいつお風呂に入るんだろう。まさか、うちで……いや、さすがに隣同士なんだし、自分の部屋で入るよな)
そんなことを考えながら火加減を調整していた、その時だった。
――ガタンッ! ドンッ!
「キャッ!?」
お風呂場から、何かが倒れる音と短い悲鳴が響いた。
「凛!? 大丈夫か!」
僕はコンロの火を止め、脱衣所へ駆け込んだ。
そこには、床に尻餅をついた凛が、外れたシャワーヘッドから降り注ぐ水をまともに浴びて立ち尽くしていた。
「……あ、えへへ。……転んじゃった」
凛は恥ずかしそうに顔を赤くして笑っている。
「笑い事じゃないだろ、怪我は!?」
手を差し伸べて彼女を立たせると、凛は「大丈夫、お尻がちょっと痛いだけ」と首を振った。
(よかった…)
だが、問題はそこではなかった。
びしょ濡れになった夏の薄いブラウスが、ぴたりと肌に張り付いている。
「……っ!!! 凛、とりあえずこれ!」
僕は慌てて大きなバスタオルを広げ、彼女の肩を包み込んだ。
「え? ……あ、何……?」
「……透けてる。……いろいろ」
「………………っひゃあああああああ!?」
僕が視線を逸らして告げると、凛は自分の胸元を見て絶叫し、タオルの中に縮こまった。
このまま帰すわけにもいかない。僕は彼女に、うちのシャワーを先に浴びて身体を温めるよう指示した。
「……凛、これ。僕のTシャツと短パンだけど、着替えに使って。お風呂上がりの服、今ないだろ?」
「あ……ありがとう、朝陽くん……」
数十分後。脱衣所から出てきた凛を見て、僕は思わず生唾を飲み込んだ。
(身長20センチも差があればそうなるか…)
僕のTシャツは彼女にはあまりにも大きく、首元が少しだけルーズに広がり、短パンも裾が余っている。いわゆる「彼シャツ」状態の凛は、いつもの令嬢のオーラが消え、どこか幼くて無防備に見えた。
「……似合わない、かな?」
「いや、……似合ってるというか、なんというか。……ほら、鍋できたぞ」
気恥ずかしさを誤魔化すように、僕はテーブルに鍋を運んだ。
「いただきます!」
出来立てのミルフィーユ鍋をハフハフと頬張る。
「おいしい……! 朝陽くんの作るご飯、やっぱり世界一だよ」
「大袈裟だって。」
「クーラー効いた部屋で鍋ってなんか贅沢だね!」
「そうだね……食べ終わったら、一回自分の部屋に戻って風呂入ってきなよ。クーラーで冷えるといけないし」
「うん、そうする!」
食後、僕もシャワーを浴び、凛は一度自分の部屋へ戻って入浴を済ませた。
一時間後、再びリビングのドアが開く。
「……朝陽くん」
「おかえり。……って、あれ?」
戻ってきた凛を見て、僕は目を疑った。
彼女は自分の部屋でお風呂に入ってきたはずなのに、なぜかまだ、さっき僕が貸した僕のTシャツを着ていたのだ。
「凛? 着替えなかったのか?」
「……えっと、その。……なんかね」
凛は顔を真っ赤にしながら、指先でシャツの裾をいじいじと動かしている。
「……落ち着くの。朝陽くんの匂いがして……。だから、もうちょっとだけ、これ着てたいなって」
「………………」
「……ダメ、かな?」
潤んだ瞳で上目遣いに見つめられ、僕は言葉を失った。
「落ち着く」なんて言われて、脱げと言えるはずがない。僕は熱くなる顔を隠すように、溜まっていた麦茶を一気に飲み干した。
「……好きにすればいいよ。……風邪、引くなよ」
「……えへへ。ありがとう、朝陽くん」
クーラーの効いた部屋で、僕の服を着た凛が隣に座る。
落ち着くのは彼女だけだ。僕の理性は、今夜二度目のピンチを迎えていた。
第34話をお読みいただき、ありがとうございました。
お風呂場でのアクシデントから始まった「彼シャツ」展開。凛ちゃんの「落ち着くから着てたい」というセリフは、朝陽くんへの信頼が高まっている証拠ですね。
続きが気なると少しでも思っていただけたら、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】で応援をよろしくお願いします!




