第33話:忘れていた誕生日と、特別な鍋の約束
前話では、凛ちゃんのまさかの「踏みマッサージ」によって、朝陽くんが新しい世界(?)の片鱗を見てしまいました。しかし、その効果は絶大。今朝の朝陽くんは、かつてないほど絶好調な目覚めを迎えます。
さて、今日は夏休み前、最後の登校日です。
「……軽い」
朝、目が覚めて真っ先に感じたのは、身体の異様な軽さだった。
いつもなら調理場の立ち仕事で重く沈んでいるはずの肩や腰が、まるで羽でも生えたかのようにスッと動く。
昨夜の凛の「踏みマッサージ」、正直に言って効果がありすぎて怖い。
「おはよう、朝陽くん。……なんだか、今日は顔色がすごくいいね」
キッチンに立つ僕を見て、凛が不思議そうに首を傾げた。
「ああ、昨日のマッサージのおかげだよ。本当にありがとうな」
「ふふ、なら良かった。……あ、それでね、朝陽くん。今日、お願いがあるんだけど」
トーストを口に運んでいた凛が、いたずらっぽく、けれど真剣な瞳で僕を見つめてきた。
「今日は一学期の最後でしょ? だから、夜に二人で『打ち上げ』しない? 私、午後いっぱい使って今の仕事を全部片付けちゃうから」
「打ち上げか。いいな。……何か食べたいものはあるか?」
「ミルフィーユ鍋! お肉と白菜がぎっしり詰まったやつが食べたいな」
「わかった。じゃあ今夜はミルフィーユ鍋とお菓子とジュースでパーティだな」
「やった! 楽しみにしてるね!」
凛は少女のように声を弾ませ、上機嫌で学校へ向かっていった。僕は彼女と少し時間を空けて、後を追うように家を出た。
学校に到着し、廊下を歩いていると、向こうから大輝と寺田(紗季)さんが駆け寄ってきた。
「朝陽! 誕生日おめでとう!」
大輝が僕の肩を叩き、寺田さんも満面の笑みで「おめでとう、朝陽くん!」と声をかけてくれる。
僕は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。
「……え? あ、今日、二十日か。……忘れてたよ」
「自分でも忘れてんのかよ、相変わらずだな」
大輝が呆れたように笑う。
「でさ、急な思いつきで悪いんだけど、今夜誕生日祝いに朝陽の家行ってもいいか? 無理なら断ってくれていいんだけど」
気持ちは、本当に嬉しかった。大輝も寺田さんも、僕にとって大切な友人だ。
けれど、僕の口からは、考えるよりも先に返事が出ていた。
「ごめん。気持ちはめちゃくちゃ嬉しいんだけど……今日は先約があるんだ」
二人は顔を見合わせると、同時にニヤリと……いや、ニヤニヤと僕を覗き込んできた。
「先約ぅ? 朝陽、ついに彼女でもできたか?」
「違うよ。……でも、大切な友達ができたんだ」
僕がそう答えると、大輝は茶化すのをやめ、少しだけ真面目な顔をして僕の肩をギュッと掴んだ。
「……そっか。良かったな、朝陽。最近のお前、なんだか顔が生き生きしてたからさ。その友達のおかげなんだな」
「お前のことを理解してくれる人が増えて、俺たちは本当に嬉しいよ」
大輝の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……ありがとう。もちろん、大輝や寺田さんにも感謝してる。今度、その友達も紹介できたら……今度な」
「おう、楽しみにしてるぜ!」
放課後、スーパーで豚バラ肉と大きな白菜を買い込み、僕はアパートに戻った。
自分の部屋で、フライング気味に夏休みの宿題を広げる。
「誕生日、か……」
(凛は僕の誕生日を知らないはずだよな。)
正直、自分の誕生日にはあまり思い入れがなかった。けれど、今日これほどまでに約束を優先した自分に、少しだけ驚いている。
僕はいつの間にか、凛と過ごす時間を何よりも守りたいと思うようになっていた。
(……そういえば、凛の誕生日はいつなんだろう?)
マッサージの時も、食事の時も、まだ聞いたことがなかった。
(……もしこれから来るなら、絶対にお祝いしたい。)
夕方になる。
ふと、玄関が開く音がした。
「ただいまー! 終わらせてきたよ、仕事!」
凛の明るい声がリビングに響く。
一学期の打ち上げが、今、静かに始まろうとしていた。
第33話をお読みいただき、ありがとうございました。
「自分の誕生日を忘れていた」という朝陽くんの無頓着さが、逆に凛ちゃんとの「先約」の重みを際立たせる回になりましたね。大輝たちの「理解者が増えて嬉しい」という言葉、朝陽くんが孤独な料理人から「誰かと生きる喜び」を知り始めている様子が伝わっていれば幸いです。
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