第30話:小悪魔令嬢と、僕の理性
前話では、凛ちゃんが「氷の令嬢」と呼ばれている意外すぎる理由が判明しました。
クールな仮面の裏にあったのは、なんと「極度の人見知り」。
自分にしか見せない彼女の素顔を知ってしまった朝陽は、嬉しい反面、どう接していいかドギマギが止まりません。
さて、今夜も凛ちゃんの部屋での「夜の日課」が始まります。
真相を知ったことで、凛ちゃんの「甘え」と「いたずら心」に拍車がかかり、朝陽の理性は早くも限界寸前!
「……あんな風に普通に笑えるのは、朝陽くんの前だけだよ」
静まり返った深夜の寝室。凛がぽつりと漏らした言葉が、熱を持って僕の耳の奥に突き刺さる。
僕は自分の顔が、沸騰したヤカンみたいに熱くなっていくのが分かった。
「……っ、凛! そういう、勘違いするようなこと言わないでくれ! 危ない…。」
僕は顔を背け、空いた方の手で自分の頬を押さえる。
あんな風に真っ直ぐな瞳で見つめられて、そんな特別なことを言われたら、心臓が持たない。
僕にとって、今の言葉はあまりにも破壊力が強すぎた。
「ふふ、朝陽くんって意外と余裕ないんだね」
「当たり前だろ! ……ほら、マッサージの続きだ。他に、どこか凝ってるところはないか?」
話題を無理やり変えるように、僕は彼女の手を離して尋ねた。
すると凛は、少しだけ考える素振りを見せたあと、ニヤリと……そう、まさに「ニヤリ」という表現がぴったりの、小悪魔のような顔で僕を見上げた。
「じゃあ……背中と肩、お願いしようかな?」
「せ、背中!?」
僕は思わず声を裏返した。
背中をマッサージするということは、彼女をうつ伏せに寝かせるか、あるいはもっと密着した状態で……。
脳内に浮かんだ不埒な想像を必死に振り払う。
「……背中はダメだろ! 色々、こう……マナー的な意味で! 今日は肩だけで勘弁して! お願いだから!」
「あはは! 大袈裟だよ、朝陽くん」
凛は声を立てて笑い、僕の必死さに満足したのか、「いいよ、肩だけで」と承諾してくれた。
僕は心底、胸を撫で下ろした。
僕は彼女の背後に回り、椅子に腰掛ける凛の肩に手を置いた。
お団子にまとめられた髪から覗く、真っ白なうなじ。
お風呂上がりの石鹸の香りと、彼女自身の体温が混ざり合った匂いが鼻をかすめる。
「……じゃあ、揉むよ。痛かったら言って」
「うん、お願い」
僕は学校で大輝から教わった「肩もみのコツ」を思い出しながら、ゆっくりと力を込める。
パーカーの襟元から覗く鎖骨や、ふとした拍子に服が浮いて見えそうになる胸元を、必死に見ないようにと意識を指先に集中させた。
けれど、指先に伝わってきた感覚に、僕は言葉を失った。
(……なんだ、これ。石みたいに硬い……)
彼女の肩は、驚くほどガチガチに凝り固まっていた。
プロのイラストレーターとして、毎日何時間も机に向かい、極限まで集中して筆を走らせる日々。
学校では「氷の令嬢」として気を張り、家では一人でこの重圧と戦っている。
「……凛、仕事、本当に頑張ってるんだな」
「え……?」
「これだけ凝るまで、ずっと描いてたんだろ。……尊敬するよ。本当に」
不純な動機は、いつの間にか消えていた。
ただ、この硬くなった肩を少しでも楽にしてあげたい。そんな純粋な想いで、僕は丁寧に、根気強く筋肉を解していった。
「……よし。今日はこれくらいかな。大分、柔らかくなったと思う」
数十分後。僕は大きく息を吐き、手を離した。
凛は肩を回しながら、「うわぁ……軽い。すごいよ、朝陽くん」と、本当に嬉しそうに目を輝かせている。
「じゃあ、遅いし僕はもう帰るよ」
「待って、朝陽くん」
椅子から立ち上がった凛が、僕の正面に回り込んだ。
そして、僕の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「朝陽くんは、どこも凝ってないの?」
「え? まあ、僕は大丈夫だよ。料理くらいだし」
「ダメだよ。朝陽くんはいつも美味しいご飯を作ってくれるし、私のわがままにも付き合ってマッサージまでしてくれたんだもん。……だから、明日は私お返しするね!」
凛は僕の胸に指先をちょんと当て、満面の笑みを浮かべた。
「明日、私も朝陽くんをマッサージしてあげるね」
「……は?」
「楽しみにしてて。おやすみなさい、朝陽くん!」
嵐のような予告を残して、僕は部屋から追い出された。
自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
(……あいつ、自分の破壊力を自覚してないのか……?)
明日、今度は僕が「癒やされる側」になる。
凛の細い指先が僕の身体に触れる瞬間を想像して、僕は理性を保つためにお経の練習を始めた。
第30話をお読みいただき、ありがとうございました!
凛ちゃんのいたずらっ子な一面が引き出され、朝陽は終始タジタジ。
けれど、マッサージを通して彼女の「プロとしての努力」に改めて触れ、尊敬を深めるという、二人の絆がより強まった回になりました。
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