第3話:氷の令嬢の、溶け出した感謝
第3話は、ヒロインである冬月さんの視点からスタートします。
「氷の令嬢」と呼ばれ、学校では完璧に振る舞う彼女ですが、その本音は……?
そして、ラストには朝陽くんの「平穏な日常」を揺るがす特大の爆弾が待っています。
ぜひ最後までお楽しみください!
【Side:冬月 凛】
自分の部屋に戻り、お盆に乗った生姜焼きを一口食べた瞬間、私は思わず小さく吐息を漏らした。
「……ん。……やっぱり、美味しい」
厚切りの豚肉に、しっかりと絡んだ甘辛いタレ。生姜の爽やかな風味が鼻を抜けて、疲れ切った脳がみるみる覚醒していくのがわかる。
瀬戸くんが言っていた通り、一人で食べるのは少し寂しいけれど、今は食べるたびに力が湧いてくるのがわかった。
(瀬戸朝陽くん。……不思議な人)
学校では目立たない、穏やかな隣のクラスの男子。
でも、彼は私のボロボロな姿を見ても、理由を問い詰めたりはしなかった。ただ「食べろ」と、この温かい料理を差し出してくれた。
(……あ、ここ、もっと可愛く描けるかも)
不思議だ。お腹が満たされると、あんなに詰まっていた筆が嘘のように進む。
結局、夜が明ける前に私は全ての原稿を描き終え、無事に納品ボタンを押すことができた。
窓の外が白み始めている。
締め切りを乗り越えた達成感と、お腹に残る心地よい満足感。
「……全部、あのご飯のおかげだ」
彼には恩がある。
ただ「美味しかった」とお皿を返すだけじゃ、足りない気がする。
今日の学校帰りに、駅前のあのお店で焼き菓子でも買っていこう。
(お礼を渡すついでに……少し、話ができたらいいな)
そんな小さな希望を抱きながら、私は数日ぶりに、深く穏やかな眠りに落ちた。
翌日。
私は昨日までのボロボロな姿を捨て、再び「氷の令嬢」としての仮面を被って学校にいた。
廊下を歩けば、相変わらず波が引くように道が開く。
でも、2年1組――隣のクラスの入り口が近づくにつれ、私の心臓は少しだけ速く脈打った。
(あ、いた……)
教室の入り口付近で、友達と話している瀬戸くんを見つけた。
彼はいつも通り、どこにでもいる男子高校生として、平穏な空気に溶け込んでいる。
本来なら、ここで話しかけるのはルール違反かもしれない。
でも、今の私には、彼に伝えたい一言があった。
私は彼の前で足を止め、真っ直ぐにその目を見つめた。
「――瀬戸くん。おはよう」
【Side:瀬戸 朝陽】
「おい朝陽、次の体育、移動早いんだってよ」
「マジか、急がないとな」
1組の教室の入り口で、友人とそんな他愛もない会話をしていた時だった。
ふわりと、冬の朝のような冷たくも澄んだ香りが鼻をくすぐった。
目の前に、吸い込まれるような白肌と、感情を読み取らせない美しい瞳。
隣のクラスの「氷の令嬢」、冬月凛さんが立っていた。
あまりの存在感に、周囲の空気が一瞬で凍りつくのがわかった。
僕も、思わず息を呑む。……いや、待ってくれ。ここは学校だ。昨日の夜、あんなに「境界線」を引いたじゃないか。
「――瀬戸くん。おはよう」
鈴の音のような、涼やかな声。
それが僕に向けられたものだと理解するのに、数秒かかった。
「……え? あ、……お、おはよう、冬月さん」
なんとか絞り出した僕の返声に、周囲の連中が「えっ?」「今、冬月さんが喋った?」「しかも瀬戸に?」と、音のないパニックに陥るのが肌で伝わってきた。
冬月さんは僕の返事を聞くと、ほんの少しだけ、本人にしかわからないくらい微かに口角を上げて、そのまま自分の教室へと歩き去っていった。
嵐が去った後のような静寂。
そして、次の瞬間。
「お、おい朝陽……っ!! 今の、今の何だよ!?」
「瀬戸くん、いつから冬月さんと知り合いになったの!?」
「挨拶!? あの氷の令嬢から挨拶されたのか!?」
同級生たちが、獲物を見つけたハイエナのような勢いで僕に詰め寄ってくる。
(……やばい)
平穏だった僕の高校生活が、生姜焼きのお礼一言で、派手に音を立てて崩壊し始めた瞬間だった。
お読みいただきありがとうございました!
冬月さん、無事に仕事が終わって本当に良かったです。
でも、朝陽くんにお礼を言いたい一心で放った「学校での挨拶」が、まさかあんなパニックを引き起こすとは……(笑)。
朝陽くんの「モブとして生きたい」という願いが、音を立てて崩れていく音が聞こえてきそうです。
ここから二人の「秘密の共有」が、学校でも家でも加速していきます!
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