第236話:巨大立体迷路と、少し先の未来
「よーし、まずはここだね!」
入園ゲートを抜けて少し歩いた先。
凛がパンフレットを片手に嬉しそうに指差したのは、木造で複雑に組まれた『巨大立体迷路』だった。
事前に決めた通り、最初のアトラクションだ。
朝一番ということもあり、列には誰も並んでいなかった。
俺たちは入り口のスタッフからスタンプカードを受け取り、スムーズに迷路の中へと足を踏み入れた。
「迷路の中に三つスタンプが隠されてるんだって。全部集めてから頂上のゴールを目指すルールらしいよ」
「なるほど。じゃあ、まずは一つ目を探さないとな」
「私についてきて!」と、凛が意気揚々と先陣を切って進んでいく。
俺は彼女の背中を微笑ましく見守りながら、はぐれないようにその後をゆっくりとついていった。
迷路の中は思ったよりも複雑で、階段を上ったり下りたり、同じような木の壁が延々と続いていた。
少し肌寒い朝の空気も、歩き回っているうちに程よく体が温まってくる。
まさにウォーミングアップには最適だ。
「あ、こっちの道、なんか怪しいかも!」
凛が小走りで角を曲がる。
しかし、その直後にパタッと足音が止まった。
「あ、行き止まりだー!」
凛が勢いよく踵を返し、俺の方へ振り返った、その瞬間。
「おっと」
「わっ……!」
すぐ後ろを歩いていた俺の胸に、振り返った凛がドンッとぶつかってしまった。
俺は反射的に手を伸ばし、バランスを崩しかけた彼女の腰を両腕でしっかりと抱き止めた。
「悪い、近すぎたな。……大丈夫か?」
「う、うん……ごめんね、私の方こそ急に振り返っちゃって」
腕の中にすっぽりと収まった凛が、少しだけ潤んだ瞳で見上げてくる。
至近距離で交わる視線。
彼女から漂う甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、俺の心臓がトクンと大きく跳ねた。
お互いに少しだけ顔を赤くしたまま、数秒間、見つめ合ってしまう。
俺は慌てて彼女の腰から手を離し、軽く咳払いをした。
「……ま、まあ、気を取り直して別の道を探そう」
「そ、そうだねっ。あっちに行ってみよっか!」
凛も照れ隠しのようにパタパタと走り出し、俺は少しだけ熱くなった頬を冷ましながら、彼女の後を追った。
迷路も中盤に差し掛かり、無事に二つのスタンプを見つけることができた。
少しだけ道幅が狭い通路を歩いていると、前方から「わーっ!」とはしゃぎ声を上げながら、小学生くらいの男の子二人が走ってきた。
(遠足か何かだろうか…。)
「危ないから走っちゃダメだぞー」と声をかけようとした俺よりも先に、凛が彼らの前にしゃがみ込み、目線を合わせて優しく微笑みかけた。
「ねえねえ、君たち。この先って、ゴールあったかな?」
凛がそう尋ねると、男の子たちは元気よく首を横に振った。
「ううん! この先はね、なにもなかったよー! 行き止まり!」
「そっか、教えてくれてありがとう。気をつけて遊んでね」
「はーい!」
男の子たちはタタタッと俺たちの横を通り抜け、再び迷路の奥へと走っていった。
「行き止まりだって。別の道に行こっか」
凛は立ち上がり俺に振り返って笑った。
「……凛って、子供好きなんだな。あしらい方が上手かったぞ」
「うん、好きだよ。小さい子って無邪気で可愛いもん」
凛は歩きながら、少しだけ遠くを見るような、優しい目をした。
「でも……まだ自分が『お母さん』になる想像は、全然できないかなぁ」
「……お母さん、か。まあ、俺たちまだ高校生だしな。想像できなくて当然だろ」
俺は平然を装って答えたが、内心は少しだけドギマギしていた。
凛がお母さんになる未来。
その時、隣にいるのは誰だろうか。
……いや、俺以外の男が隣にいるなんて、想像するだけで胸の奥がモヤモヤする。
「朝陽くんは? いいお父さんになりそうだけど」
「俺? ……どうだろうな。料理くらいは作ってやれると思うけど」
「ふふっ、毎日美味しいご飯が食べられるなんて、最高のパパだね」
そんな他愛のない、でも少しだけ『先の未来』を想像させるような会話を交わしながら、俺たちは最後のスタンプを探して迷路を進んだ。
それから十分後。
無事に三つ目のスタンプを見つけ出し、俺たちは迷路の最上階にあるゴールへと辿り着いた。
「やったー! ゴール!」
凛がゴール地点に設置されたクリアの鐘を、カーン!と勢いよく鳴らす。
頂上からは、遊園地全体が見渡せる素晴らしい絶景が広がっていた。
遠くに見える観覧車や、これから乗る予定のジェットコースターのレールが、朝の光を浴びてキラキラと輝いている。
「上から見るとすごいね! 遊園地に来たって実感が湧いてきた!」
「ああ。ウォーミングアップも済んだし、次は……」
「うん! あのジェットコースターだね!」
凛は少しだけ怖がっていたはずのジェットコースターを指差し、気合を入れるようにギュッと拳を握りしめた。
「よし、行こう! 朝陽くん!」
笑顔で振り返った彼女の手をしっかりと握り返し、俺たちは次のアトラクションへと向けて、軽やかな足取りで迷路の階段を降りていった。
第236話、ありがとうございました!
最初のアトラクション、巨大立体迷路でした。
行き止まりでのちょっとした密着ハプニングや、子供たちとのすれ違いをきっかけにした「少し先の未来」の会話。二人の距離がまた少し縮まったような、穏やかで甘い時間でしたね。




