第233話:夕暮れの冬服と、遊園地前夜
「やっと明日、課外授業で遊園地だね!」
木曜日の放課後。
二人で手を繋いで帰るいつもの通学路で、凛が嬉しそうに声を弾ませた。
そして、繋いでいた俺の手をパッと離すと、タタタッと数歩だけ前に小走りで躍り出た。
「楽しみだね、朝陽くん!」
くるりと振り返った彼女の背後には、沈みかけの茜色の夕日が広がっていた。
火曜日から衣替えをした、指定の冬服。
上品なネイビーのブレザーに、落ち着いた赤のチェック柄のスカート。
胸元で綺麗に結ばれた赤いリボンと、ブレザーの前合わせから少しだけ覗くクリーム色のニットベストが、凛の柔らかくて優しい雰囲気を完璧なまでに引き立てている。
オレンジ色の夕光に照らされ、ふわりと秋風に髪を揺らすその姿は、ハッとするほど幻想的で、俺は思わず歩みを止めてしまった。
「……朝陽くん?」
「あ、いや……」
きょとんと首を傾げる凛の姿があまりにも綺麗すぎて、俺は一瞬、完全に言葉を失い、見惚れてしまっていた。
制服が変わっただけで、どうしてこうも新鮮に心臓を跳ねさせられるのだろうか。
「……なんでもない。俺も楽しみだよ」
俺は少しだけ熱くなった頬をごまかすように微笑み返し、差し出された彼女の小さな手を、もう一度しっかりと握り直した。
アパートに到着すると、凛は自分の部屋のドアの前で、両手でギュッと拳を握りしめて気合を入れた。
「明日の遊園地を思いっきり楽しむために、今日のご飯までに線画、絶対に終わらせる! 頑張ってくるね!」
「おう、頑張れよ。俺は夕飯の準備しとくから」
気合十分な凛を見送り、俺は二〇一号室へ入った。
彼女が仕事に集中できるよう、俺は邪魔をせずにキッチンへと向かった。
今日の夕食は、胃に優しくてスタミナもつく『厚切り豚バラ肉とたっぷり野菜の蒸し鍋』だ。
白菜をざく切りにし、人参を薄くスライスし、キノコ類と一緒に土鍋に敷き詰める。その上に厚切りの豚バラ肉を綺麗に並べ、少量の酒を振ってから火にかけた。ポン酢とごまだれを用意すれば、あっという間に準備は完了だ。
土鍋から白い湯気が上がり、肉と野菜にしっかりと火が通ったのを確認して、俺は火を止めて蓋をしたまま保温状態にしておく。
「さてと……」
料理が完成しても、俺は凛を呼びには行かなかった。
キリの良いところまで集中させてやりたいし、急かすようなことはしたくなかったからだ。
俺はダイニングの椅子に座り、明日遊園地に持っていくバッグの中身を確認し始めた。
財布に、モバイルバッテリー。
手を洗った時用のハンカチに、ポケットティッシュ。
レジャーシートは特に必要ないだろうし、荷物は身軽な方がいい。
時計の秒針が進む音だけが響く静かな部屋で、俺はひたすら彼女の仕事が終わるのを待った。
『ガチャッ』
「朝陽くーん! 終わったぁー!」
二十時を少し回った頃。
玄関のドアが開き、スッキリとした満面の笑みを浮かべた凛が部屋に入ってきた。
「お疲れ。ちょうど鍋も温まってるぞ」
「わぁ、美味しそう! お腹ペコペコだよ」
二人でダイニングテーブルに向かい合い、熱々の蒸し鍋をつつく。
野菜の甘みと豚肉の旨味がポン酢とよく合い、凛は「美味しいっ」と目を輝かせながら箸を進めた。
「仕事は順調?」
「うんっ! 線画まで全部終わらせたから、週末は心置きなく遊園地を楽しめるよ!」
「そりゃよかった。よく頑張ったな」
食後、俺たちはそれぞれ自分の部屋に戻り、入浴を済ませた。
日曜日みたいな雷もない、穏やかで平和な夜だ。
そして二十一時半。
パジャマ姿の凛が俺の部屋にやってきた。俺たちのすっかり定着した日課である。
「じゃあ、座って」
「うん、お願い……」
凛がベッドの端に座り、俺はその背後に回って、彼女の肩回りや首の付け根を優しく揉みほぐしていく。
数日間、根詰めて液タブに向かっていた体はやはり少し強張っていたが、ゆっくりと圧をかけてほぐしてやると、凛の口から「あー……」という安堵の吐息が漏れた。
「凝ってるな。明日は歩き回るから、軽くストレッチもしとくか」
「うん……あ、そこ気持ちいい……。あー、生き返る……」
十分に体をほぐし、マッサージが終わる頃には、凛の表情はすっかり柔らかく解けていた。
疲れが取れて、晴れやかな気分になった彼女は、くるりと振り返って俺を見上げ、パァッと目を輝かせた。
「ありがとう、朝陽くん! ……それじゃあ、明日の服、選ぼうか!」
「お、ついに」
こうして、明日の遊園地デートに向けた、俺たちの密やかな『ファッションショーと作戦会議』の幕が上がった。
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