第210話:彼氏の特権と、二人で使うプレゼント
午前十時半。
出発の準備を終えた俺が玄関のドアを開けて廊下に出ると、ほぼ同じタイミングで隣の二〇二号室のドアが開いた。
「おはよう、朝陽くん。お待たせ」
そこから姿を現した凛を見て、俺は思わず息を呑んだ。
オーバーサイズのタートルニットは、サイドに入ったスリットとリボンのデザインがすごくお洒落だ。
そこからすらりと伸びる脚はショートパンツと白いタイツに包まれていて、文句なしに女の子らしくて可愛い。
メイクも普段より少しだけしているようだが、薄めで自然な仕上がりが、彼女の本来の肌の白さや顔立ちの良さを際立たせている。
「とびっきり可愛くしていく」という昨日の宣言通り、いや、それ以上の破壊力だった。
「どう、かな……? おかしくない?」
俺が黙って見つめていると、凛が少し不安そうに上目遣いで聞いてくる。
以前の俺なら、顔を真っ赤にしてどもりながら誤魔化していただろう。
だが、今の俺は彼女の『彼氏』なのだ。
俺は凛の目を真っ直ぐに見つめ返し、はっきりと口を開いた。
「すごく似合ってるよ。本当に可愛い」
変な誤魔化しのない真っ直ぐな言葉を伝えると、凛はパァッと顔を輝かせ、林檎のように頬を赤く染めた。
「……えへへ、ありがとう。朝陽くんも、すっごくかっこいいよ」
嬉しそうにはにかむ凛に、俺は自然な流れで右手を差し出す。
凛もまた、当たり前のようにその手を取り、俺の指と自分の指を隙間なく絡ませた。
「よし、行こうか」
「うんっ!」
俺たちはしっかりと手を繋いだまま、アパートの階段を降りて歩き出した。
駅へと向かう道のり。
秋の涼しい風が吹き抜ける中、俺たちは繋いだ手を小さく揺らしながら歩いていた。
思えば、つい先日まで俺たちは、誰かに見られても『氷の令嬢』だとバレないように、伊達メガネや帽子で変装してこの道を歩いていたのだ。
少しでも距離を空けて、知り合いに会わないかとビクビクしながら。
でも今日は違う。
変装なんて一切していないし、堂々と恋人つなぎをして、肩が触れ合うほどの距離で歩いている。
それがたまらなく嬉しくて、俺は繋いでいる手に少しだけ力を込めた。
凛もまた、嬉しそうに握り返してくれる。
電車に乗り込み、三駅揺られて目的地の大型ショッピングモールへと到着した。
休日のモール内は家族連れやカップルで賑わっている。
すれ違う人たちが、時折ハッとしたように凛の美貌に目を奪われ、振り返るのが分かった。
以前なら「俺なんかが隣にいてごめんなさい」と萎縮していたところだが、今日ばかりは「俺の彼女、最高に可愛いだろ」と、少し誇らしいような優越感すら感じてしまう。
俺たちは過剰にベタベタといちゃつくわけでもなく、ただお互いの存在を隣に感じながら、落ち着いた足取りでモール内を見て回った。
服屋や雑貨屋をいくつか巡った後、俺たちは広めのインテリア・生活雑貨のお店に入った。
「凛、何か欲しいものは見つかったか?」
「うん。……あ、これ、すごく触り心地いいかも」
凛が足を止めたのは、冬物のファブリックコーナーだった。
彼女が手に取ったのは、もこもこで非常に肌触りの良い『大判のブランケット』だ。広げてみると、大人二人が余裕で包まれるほどのサイズがある。
「朝陽くん。私、誕生日プレゼントはこれがいいな」
「ブランケットでいいのか? せっかくの誕生日なんだし、もっとアクセサリーとか……」
「これがいいの」
凛はブランケットを胸の前に抱きしめ、嬉しそうに微笑んだ。
「これからの季節、朝陽くんの部屋で一緒に過ごす時に、これなら二人で一緒にくるまれるでしょ? ……これからは、二人で一緒に使えるものがいいな」
高価なものよりも、俺と一緒に過ごすこれからの時間を大切にしてくれるその健気な想いに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……そっか。分かった、じゃあこれにしよう」
「やったぁ!」
嬉しそうに笑う凛を見つめながら、俺はふと近くの防寒具コーナーに目をやった。
ブランケット一つだけでは、彼氏からの初めての誕生日プレゼントとして少し物足りない気がしたのだ。
「なぁ、凛。一緒に、これも買わないか」
俺が提案したのは、シンプルで温かそうな『お揃いの手袋』だった。
「部屋の中ではそのブランケットを使って。……外を歩く時は、これを着けて手繋ごう」
「朝陽くん……っ」
凛は大きな瞳を潤ませて、「うんっ、絶対大事にするね」と力強く頷いた。
こうして、俺たちはお互いを想い合う、二つの温かいプレゼントを購入したのだった。
モール内のイタリアンレストランで美味しいパスタランチを楽しんだ後、俺たちは電車で地元の駅へと戻ってきた。
そのまま駅前のスーパーへと立ち寄る。
「さて、晩御飯の材料だけど……凛は何か食べたいものあるか?」
「うーん、そうだな……。最近少し肌寒くなってきたし、朝陽くんが作る『おでん』が食べたいな」
「おでんか。季節的にもちょうどいいし、温まっていいな。よし、じゃあ今日は二人でおでんにしよう」
「うんっ! 朝陽くんとのおでん、楽しみだなぁ」
一つのショッピングカートを二人で押し、食品売り場を回る。
「大根は絶対だよね。あと、私こんにゃくも好き」
「卵はいっぱい入れようぜ。あと、牛すじも」
「あ、ちくわぶも入れよっか」
あーでもない、こーでもないと言い合いながら具材をカゴに入れていく。
スーパーでの買い物を終えると、最後は駅前にあるお洒落なケーキ屋さんに向かった。
カランコロン、とドアベルを鳴らして店内に入ると、甘い香りがふわりと漂う。
ガラスのショーケースには、色とりどりの美しいケーキがズラリと並んでいた。
「わぁ……! どれも美味しそうで、迷っちゃうな」
「ゆっくり選んでいいよ。今日は凛が主役なんだから」
「うーん……あっ、朝陽くん! このイチゴのケーキ、すっごく可愛くない?」
凛が目を輝かせて指差したのは、真っ白な生クリームに大粒のイチゴがたっぷり乗った、王道のショートケーキだった。
「本当だ。チョコプレートに名前も書いてもらえるみたいだぞ」
「ふふっ、じゃあこれにしようかな。……朝陽くんにお願いしてもいい?」
「分かった。……すみません、このイチゴのホールケーキを一つ。プレートに『誕生日おめでとう』って書いてもらえますか」
俺が店員さんに注文すると、隣で凛が照れくさそうに、けれどとても嬉しそうに微笑んだ。
「よし、これで全部だな」
「うんっ。早くお家に帰ろう、朝陽くん」
夕暮れに染まる秋の道を、俺たちは幸せな足取りで歩いていく。
「さあ、帰ったら美味しいおでん作ろうか」
「うん、私にもいっぱいお手伝いさせてね!」
微笑み合いながら、俺たちはアパートの階段を上り、二〇一号室のドアを開けた。
第210話、ありがとうございました!




