第20話:止まった時計、動き出す秒針、夜明け。
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ついに語られる、瀬戸朝陽の過去編・完結。
唯一の誇りだったお弁当を汚され、心の中の何かが切れてしまったあの日。
「どうして生きているのか」という問いに対し、少年が出してしまった残酷な答えとは。
ぐちゃぐちゃになった卵焼きを片付けている間、僕は驚くほど冷静だった。
周囲の嘲笑も、木村たちの勝ち誇ったような顔も、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。先生には「体調が悪い」とだけ告げ、僕は学校を後にした。
帰り道に見るいつもの景色からは、完全に色が抜け落ちていた。
家に着くと、僕はいつもより丁寧に、叔母さんたちのための晩飯を作った。
(……あぁ、何も感じないけど、美味しいって思ってもらえるものを作らなきゃ)
叔母さん、おじさん。独りぼっちの僕を拾ってくれて、ありがとう。
初めて「何も考えずに」作った料理。それは、今の僕がこの世界に残せる、最後の感謝の形だった。
仏壇の前で、穏やかに笑う両親の写真に手を合わせる。
(……ごめんね。寂しくさせて。もうすぐ、そっちに行くから。向こうでも、美味しいご飯作ってあげるね)
そう祈った後、僕は吸い込まれるように浴室へと向かった。
冷たいタイル。手元にあるのは、筆箱の奥から取り出した銀色の刃。
不思議と、恐怖はなかった。そこにあるのは、ようやく「終わる」ことができるという、深い安堵感だけだった。
「……さようなら。ありがとうございました」
誰にともなく呟いて、僕はその刃を、腕の内側にそっと添えた。
痛みは感じなかった。ただ、世界が急に静かになり、身体の芯から温かな体温が外へと零れ出していく感覚。
(……あぁ、やっと……やっと、楽になれる……)
視界がゆっくりと暗転していく。
深い、深い水の底に沈んでいくような心地よさ。
遠くで、お父さんとお母さんの呼ぶ声が聞こえたような気がした。
けれど。
「――朝陽くん!? 朝陽くんっ!!」
鼓膜を破るような、叔母さんの絶叫。
たまたま仕事の合間に忘れ物を取りに戻った彼女が、早すぎる夕食と、静まり返った家の違和感に気づき、僕を見つけ出してしまったのだ。
次に目を覚ました時、視界に入ってきたのは、眩しいほどに白い天井だった。
漂う消毒液の匂い。そして、僕の手を握りしめて泣き崩れる叔母さんの姿。
「……死ねなかった。……なんで」
僕の最初の言葉は、それだった。
叔母さんは僕を叱り、そしてそれ以上に、何度も、何度も謝り続けた。
「気づいてあげられなくてごめん」「独りにしてごめん」と、声を枯らして。
翌日には、担任の先生も病室に駆けつけてくれた。
先生は僕の前で膝をつき、「先生失格だ、守ってやれなくて申し訳ない」と、子供のように泣いて謝った。
その後、木村たちは出席停止処分になり、学校中が僕を腫れ物に触るように、けれど懸命にサポートしてくれるようになった。
時期が時期だったこともあり、学校側は僕の受験を最優先に考え、騒ぎを最小限に抑えてくれた。
僕は無事に中学を卒業し、今の高校へと進学した。
けれど、地元にいると、どうしてもあの日々を思い出してしまう。
だから僕は、叔母さんたちの支援を受けて、このアパートで一人暮らしを始めたんだ。
心配させないように、毎日メールで近況を報告することだけを約束して。
現在。
語り終えた僕は、震える目で冬月さんを見つめた。
「だから……これ以上、誰かと仲良くなるのが、怖いんだ。深入りして、自分の『壊れている部分』を知られて、またあの日みたいに拒絶されるのが……。君みたいな綺麗な物の中に、僕がいるべきじゃないんだよ」
僕がそう言い終えるのと、同時だった。
「……ばか。瀬戸くんのばか……!」
冬月さんが、大粒の涙を流しながら僕の言葉を遮った。
そして彼女は、僕を包み込むように、力いっぱいハグをしてきた。
「…………っ!?」
「壊れてるなんて、言わないで……。拒絶なんて、絶対しない……! 私が、私がどれだけ助けてもらってると思ってるの!」
彼女の温もり。細い腕の、驚くほど強い力。
自分を否定し続けてきた僕の硬い殻を、彼女の涙と体温が、容赦なく溶かしていく。
彼女の瞳にあるのは、同情ではない。
もっと熱く、切実で、僕という存在そのものを強く欲する……真っ直ぐな想いだった。
「……あったかい……」
僕の口から、無意識に言葉が漏れる。
彼女は、嗚咽を漏らしながら僕を抱きしめ続けていた。
止まっていた僕の時計が、彼女の心臓の音に合わせて、再び一秒、刻み始めたような気がした。
お読みいただきありがとうございました。
ついに明かされた朝陽くんの過去。
一度は命を投げ出そうとした彼にとって、凛ちゃんの「絶対拒絶しない」という言葉とハグは、何よりも救いになったはずです。
そして、凛ちゃんの心の中でも、彼への「放っておけない」という気持ちが、確かな「恋」へと変わり始めていますね。
「朝陽くんが生きていてくれて本当によかった……」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブクマで二人の未来を応援してあげてください。




