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20/25

第20話:止まった時計、動き出す秒針、夜明け。

いつも応援ありがとうございます。

ついに語られる、瀬戸朝陽の過去編・完結。


唯一の誇りだったお弁当を汚され、心の中の何かが切れてしまったあの日。

「どうして生きているのか」という問いに対し、少年が出してしまった残酷な答えとは。

ぐちゃぐちゃになった卵焼きを片付けている間、僕は驚くほど冷静だった。

周囲の嘲笑も、木村たちの勝ち誇ったような顔も、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。先生には「体調が悪い」とだけ告げ、僕は学校を後にした。


帰り道に見るいつもの景色からは、完全に色が抜け落ちていた。

家に着くと、僕はいつもより丁寧に、叔母さんたちのための晩飯を作った。


(……あぁ、何も感じないけど、美味しいって思ってもらえるものを作らなきゃ)


叔母さん、おじさん。独りぼっちの僕を拾ってくれて、ありがとう。

初めて「何も考えずに」作った料理。それは、今の僕がこの世界に残せる、最後の感謝の形だった。


仏壇の前で、穏やかに笑う両親の写真に手を合わせる。


(……ごめんね。寂しくさせて。もうすぐ、そっちに行くから。向こうでも、美味しいご飯作ってあげるね)


そう祈った後、僕は吸い込まれるように浴室へと向かった。


冷たいタイル。手元にあるのは、筆箱の奥から取り出した銀色の刃。

不思議と、恐怖はなかった。そこにあるのは、ようやく「終わる」ことができるという、深い安堵感だけだった。


「……さようなら。ありがとうございました」


誰にともなく呟いて、僕はその刃を、腕の内側にそっと添えた。

痛みは感じなかった。ただ、世界が急に静かになり、身体の芯から温かな体温が外へと零れ出していく感覚。


(……あぁ、やっと……やっと、楽になれる……)


視界がゆっくりと暗転していく。

深い、深い水の底に沈んでいくような心地よさ。

遠くで、お父さんとお母さんの呼ぶ声が聞こえたような気がした。


けれど。


「――朝陽くん!? 朝陽くんっ!!」


鼓膜を破るような、叔母さんの絶叫。

たまたま仕事の合間に忘れ物を取りに戻った彼女が、早すぎる夕食と、静まり返った家の違和感に気づき、僕を見つけ出してしまったのだ。


次に目を覚ました時、視界に入ってきたのは、眩しいほどに白い天井だった。

漂う消毒液の匂い。そして、僕の手を握りしめて泣き崩れる叔母さんの姿。


「……死ねなかった。……なんで」


僕の最初の言葉は、それだった。

叔母さんは僕を叱り、そしてそれ以上に、何度も、何度も謝り続けた。

「気づいてあげられなくてごめん」「独りにしてごめん」と、声を枯らして。


翌日には、担任の先生も病室に駆けつけてくれた。

先生は僕の前で膝をつき、「先生失格だ、守ってやれなくて申し訳ない」と、子供のように泣いて謝った。


その後、木村たちは出席停止処分になり、学校中が僕を腫れ物に触るように、けれど懸命にサポートしてくれるようになった。

時期が時期だったこともあり、学校側は僕の受験を最優先に考え、騒ぎを最小限に抑えてくれた。

僕は無事に中学を卒業し、今の高校へと進学した。


けれど、地元にいると、どうしてもあの日々を思い出してしまう。

だから僕は、叔母さんたちの支援を受けて、このアパートで一人暮らしを始めたんだ。

心配させないように、毎日メールで近況を報告することだけを約束して。


現在。

語り終えた僕は、震える目で冬月さんを見つめた。


「だから……これ以上、誰かと仲良くなるのが、怖いんだ。深入りして、自分の『壊れている部分』を知られて、またあの日みたいに拒絶されるのが……。君みたいな綺麗な物の中に、僕がいるべきじゃないんだよ」


僕がそう言い終えるのと、同時だった。


「……ばか。瀬戸くんのばか……!」


冬月さんが、大粒の涙を流しながら僕の言葉を遮った。

そして彼女は、僕を包み込むように、力いっぱいハグをしてきた。


「…………っ!?」


「壊れてるなんて、言わないで……。拒絶なんて、絶対しない……! 私が、私がどれだけ助けてもらってると思ってるの!」


彼女の温もり。細い腕の、驚くほど強い力。

自分を否定し続けてきた僕の硬い殻を、彼女の涙と体温が、容赦なく溶かしていく。


彼女の瞳にあるのは、同情ではない。

もっと熱く、切実で、僕という存在そのものを強く欲する……真っ直ぐな想いだった。


「……あったかい……」


僕の口から、無意識に言葉が漏れる。

彼女は、嗚咽を漏らしながら僕を抱きしめ続けていた。

止まっていた僕の時計が、彼女の心臓の音に合わせて、再び一秒、刻み始めたような気がした。

お読みいただきありがとうございました。


ついに明かされた朝陽くんの過去。

一度は命を投げ出そうとした彼にとって、凛ちゃんの「絶対拒絶しない」という言葉とハグは、何よりも救いになったはずです。

そして、凛ちゃんの心の中でも、彼への「放っておけない」という気持ちが、確かな「恋」へと変わり始めていますね。

「朝陽くんが生きていてくれて本当によかった……」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブクマで二人の未来を応援してあげてください。

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― 新着の感想 ―
話自体に何も不満はないんだけど、直近数話の朝陽への呼び方の不統一やらナンパの時の凛の友達への名前呼び(面識あるのがないのかは分からんけど)やらだけ少し違和感あったかな…
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