第19話:朝陽の過去、夜明けは近い
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「俺は、壊れてるんだ」
震える声でそう告げた朝陽に、凛は真っ直ぐな瞳で「あなたの全部を知りたい」と返しました。
ついに明かされる、瀬戸朝陽の壮絶な過去。
それは、13歳の夏に止まってしまった、あまりにも残酷な時計の針を再び動かす儀式でした。
静まり返った僕の部屋。隣に座る冬月さんの小さな手を握りしめながら、僕はポツリと話し出した。
彼女は何も言わず、ただ僕の震える指先を、壊れ物を扱うような優しさで包み込んでくれている。
小学6年生までの記憶は、どこを切り取っても光に満ちていた。
けれど、その光は13歳の夏、あまりにも無慈悲に、一瞬で塗りつぶされた。
中学1年の夏休み。家族旅行の帰り道だった。
信号待ちをしていた僕たちの車に、飲酒運転の大型トラックが突っ込んできた。
耳を裂くような急ブレーキの音。ガラスが砕け散る硬質な響き。
次に僕が目を覚ました時、世界からは「色」と「温度」が消えていた。
病院のベッドで僕を待っていたのは、白装束に身を包んだ両親の姿だけだった。
『……なんで、僕だけが生きてるんだ』
それが、その後の僕を支配する、最初の呪いになった。
身寄りのなくなった僕を引き取ってくれたのは、遠方に住む叔母夫婦だった。
二人は本当に良い人たちで、僕を実の息子のように迎え入れてくれた。けれど、共働きの二人はとにかく忙しかった。
三人で食卓を囲めるのは、週にたった二回。
それ以外の日は、テーブルに置かれた千円札と「好きなものを買って食べてね」というメモが、僕の夕食だった。
「二人に、恩返しがしたかったんだ。独りぼっちの僕を拾ってくれた二人の、少しでも助けになりたくて」
僕は見よう見まねで包丁を握った。
叔母たちが帰ってくる時間に合わせて、温かいご飯を作っておく。
「美味しいね、朝陽くん」「助かるよ」
その言葉だけが、僕がこの世界にいてもいいという、唯一の意義のように思えたんだ。
中学2年の夏休み明け。僕の日常に、小さな「トゲ」が刺さり始めた。
きっかけは、本当に些細なことだった。
家庭科の授業でお菓子を作った際、たまたま上手く焼けたクッキーを、クラスの女子に褒められた。彼女は、クラスのリーダー格だった男子――木村が、密かに想いを寄せていた相手だった。
さらに、僕が彼らの遊びの誘いを断り続けていたことも、彼らの神経を逆なでしたらしい。
「家の手伝いがあるから……ごめん」
僕にとっては叔母たちへの恩返しが最優先だった。けれど、彼らにとってはそれが「親がいないくせに、良い子ぶってスカしてる」と映ったようだ。
『親が死んだのに、なんでアイツ、普通に笑ってんだよ。不気味じゃね?』
陰口は次第に直接的な暴言へと変わっていった。
木村たちのグループによる、陰湿な「遊び」が始まったんだ。
中学3年になると、いじめはさらに過激さを増した。
教科書が破かれる、靴が隠される……そんなのは序の口だった。
「おい、死に損ない。お前、なんでまだ生きてんの?」
「両親と一緒に、お前も死ねばよかったのになぁ」
毎日、呼吸をするように浴びせられる呪詛。
何度も、何度も言われ続けているうちに、僕の心は麻痺していった。
……そうだ。木村たちの言う通りだ。
なんで僕は、あの日死ななかったんだろう。
僕が生き残った代わりに、お父さんとお母さんは死んだんじゃないだろうか。
『……なんで生きてるんだっけ、僕』
自殺の方法を調べ始めたのは、その頃だった。
叔母たちには、口が裂けても言えなかった。
週に二回、せっかく僕のために時間を作って、笑顔でご飯を食べてくれる二人に、僕のドロドロに腐った悩みなんて話せるはずがなかった。
僕は、叔母たちの前では「完璧な良い子」を演じ続け、学校では「透明人間」になろうと必死に息を殺した。
そして、中学3年の秋。僕の心にトドメを刺す事件が起きた。
その日は、午前中が体育の授業だった。
慣れない持久走で疲れ果て、空腹を抱えて教室に戻った僕は、自分の席を見て、凍りついた。
机の上で、僕の「お弁当箱」が無残にひっくり返されていた。
「…………ぁ」
床には、僕が今朝、叔母たちの分と一緒に一生懸命作った卵焼きが、ひき肉炒めが、踏み潰されて散らばっている。
その中心に、汚れた紙切れが置かれていた。
『不味いんだよ。お前の料理も、お前の存在も。なんで生きてるの?』
その瞬間だった。
自分の中で、パチン、と、何かが切れる音がした。
料理は、僕にとって唯一の誇りだった。
僕が誰かに必要とされるための、最後の命綱だったんだ。
それを、ゴミのように踏み荒らされた時。
僕をこの世界に繋ぎ止めていた、細い糸が、完全に断ち切られた。
僕はその場に崩れ落ち、ただ、踏み潰された卵焼きの残骸を、ぼんやりと見つめていた。
涙さえ、出てこなかった。
お読みいただきありがとうございました。
朝陽くんが抱える、あまりにも凄惨な過去の前編。
両親の事故、恩返しのために覚えた料理、そしてそれを嘲笑ういじめの影。
「お弁当」という彼のアイデンティティを破壊された瞬間、朝陽くんの心は完全に死んでしまいました。
「朝陽くんの過去が辛すぎて、読んでいて胸が痛い……」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブクマで彼を応援してあげてください。




