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第13話:秘密の契約と、ざわめく教室

第12話で始まった、お隣さん同士の不思議な関係。

今回は、うどんを食べ終えたあとの「ルール作り」から始まります。


世話焼きな少年と、不器用な少女。

二人が歩み寄って決めた契約は、思いのほか朝陽くんにとって「美味しい」ものでした。

そして翌日。秘密を抱えたまま登校した朝陽くんを待っていたのは、友人たちの鋭いツッコミと、彼女にまつわる不穏な(?)噂で……。

うどんを食べ終えた冬月さんは、「ふぅ」と小さく息を吐いた。

さっきまでの張り詰めた空気は、あんかけの熱に溶かされてしまったらしい。


「……美味しかったわ。ごちそうさま」

「お粗末様。……で、さっきの『契約』の話だけど」


僕が切り出すと、彼女は少し背筋を伸ばし、デスクからノートを一冊持ってきた。


「ええ。曖昧なままにすると、いつか綻びが出るわ。……まずは食事について。私は三食、あなたの料理を食べたい。もちろん、材料費はちゃんと折半で」

「三食って……昼もか?」

「ええ。昨日の今日で、自分でお弁当を調達する能力が私にはないって、嫌というほど思い知らされたもの。……でも、だめよね?」


正直、迷惑どころか、僕の心臓は少しだけ早鐘を打っていた。

これまで自分一人、あるいは大した反応もくれない親のために作ってきた料理。

それを、こんなにも美味しそうに食べてくれる相手が、毎日三食も待っている。


「いや、むしろ歓迎だよ。一人分より二人分作る方が楽なんだ。……その代わり、献立は僕に任せてほしい。スーパーのチラシと相談して決めるから。あ、でもリクエストがあれば言ってくれよ。できる限り応えるから」

「……助かるわ。それから、その……」


彼女は少し言い淀みながら、部屋の隅にある洗濯物の山や、ホコリの溜まった本棚に視線を向けた。


「家事のことなんだけど……。私、締切前になると、どうしても身の回りのことが疎かになるの。……もし、私が限界そうだったら、助けてもらえるかしら?」


普通なら「図々しい」と思うところかもしれない。

でも、僕の視線はすでに、棚の隙間のホコリや、乱雑に畳まれたシャツに釘付けになっていた。


「いいよ。……っていうか、さっきから気になってたんだ。掃除も洗濯も、僕にとってはパズルみたいなものなんだよ。汚いところが綺麗になるのって、最高にスッキリするし」

「……あなた、本当に変わってるわね。でも、そう言ってもらえると救われるわ」

「ただ…、下着類の管理だけはちゃんとしてほしい!」

「それはもちろん気をつけるわ…たぶん…」


その後、僕たちは「午前零時を過ぎたら就寝の警告を送る」ことや、「学校では一切の関係を断つ」といったルールを、一つずつ確認していった。

それは事務的な契約というより、どこか「新しい遊びのルール」を決めているような、不思議な高揚感があった。


翌朝、僕はいつもより十五分早く起きた。

自分と、彼女のための弁当を作るためだ。

彩りを考え、栄養バランスを整え、冷めても美味しいおかずを詰める。

その作業が、今の僕にとってはどんなゲームよりも刺激的だった。


「おはよ、朝陽。……おま、なんか今日、顔色良くね?」


教室に入るなり、大輝が僕の顔を覗き込んできた。

「……は? 普通だろ」

「いやいや、マジだって。いつもは死んだ魚みたいな目をしてるのに。今日はなんか、高級な洗顔料でも使ったみたいなツヤがある」


隣で教科書を広げていた紗季さんも、クスクス笑いながら会話に入ってくる。

「確かに。瀬戸くん、なんだか雰囲気が明るくなったね。何かいいことあった? 懸賞でも当たったとか」


「……ただの寝不足が解消されただけだよ」


僕は適当に受け流して席に着く。

生活に多少でも変化があれば、誰でも顔つきは変わる。

それ以上にはならない。


二時間目の休み時間。教室の空気は、いつになく浮き足立っていた。

廊下の方から、隣の2組――冬月さんのクラスの男子たちが騒いでいるのが聞こえてくる。


「なぁ、今日の冬月さん、見たか?」

「ああ。なんか……いつもより『氷』が薄くないか? 先生に当てられた時も、なんか一瞬だけ顔が緩んだっていうか」

「昨日休んでたし、絶対何かあっただろ。……もしかして、彼氏とか?」


「彼氏」という単語に、教室の温度が数度上がったような気がした。


「いや、あの冬月さんだぞ? 男なんて全員ジャガイモか何かだと思ってそうなあの人が」

「でも、あの変化は普通じゃない。他校のイケメンとか……」


勝手な憶測が飛び交う中、僕は一人、朝渡したお弁当を思い出していた。


誰も、知らないんだ。

学校で高嶺の花と崇められている彼女が、僕の送った「早く寝ろ」というチャットに「……あと五分だけ」と子供のように駄々をこねることも。


(……彼氏、か)


そんな大層なものじゃない。

僕はただの、彼女の生活を支える裏方だ。

けれど、誰も知らない彼女の「素」を独占しているという事実は、想像以上に僕の心を温めていた。


「……何ニヤついてんだよ、朝陽。キモいぞ」

「……っ、してないよ」


大輝に突っ込まれ、僕は慌てて顔を引き締める。

秘密を抱えたまま過ごす学校生活は、昨日までのそれとは全く違う、刺激的な色を帯び始めていた。

お読みいただきありがとうございました!


ついに始まった「三食・家事付き」の特別な生活。

朝陽くんにとっては、自分の家事スキルを遺憾なく発揮できる「理想の職場(?)」が手に入った瞬間でしたね。


学校で流れる「彼氏疑惑」の噂。

それを聞きながら、自分だけが彼女の真実を知っているという優越感に浸る朝陽くん。

二人の秘密の関係は、思わぬ方向に熱を帯び始めています。

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