八.運命
「――そうおっしゃいながら、陛下は見送りに来られたんですね」
「……うるさい」
皇帝付きの首席宦官である、砂掌太監の呆れた眼差しを受けながら、冽然は不貞腐れたように吐き捨てた。幼い頃から世話役として傍におり、昔の情けない姿も全て知られている相手に、今更取り繕うことは不可能だ。
二人揃って下級武官を装い、驚く娘の旅立ちを見送ったあと。央廷への戻り道のことである。
若い頃は絶世の美少年であった彼も、今は相応に歳を取った。彼が指摘されるのを嫌がる目尻の皺を、冽然がじっと睨み付けてやると、掌太監はふと思い出したように笑う。
「──十年ほど前も、よく、そのように変装をされていましたね」
沈貞花と二人、碁の勝負を繰り広げていた時期だ。あの頃も余計な詮索を受けまいと、彼女にも、冽然に合わせて宦官の服装をさせていた。
彼女が亡くなった日から、冽然はあれほど熱中していた碁を打つのをやめた。沈妃の思い出を守ろうなどと、甘い感傷からのことではない。単に、彼女ほどの腕の持ち主が他におらず、臣下たちを相手にしても面白くないと感じてしまったからだ。
愛情や恋情など、沈妃に抱いたことはない。そういった感情の矛先は、強いて言うならば趙皇后や、王雅妃に向いていた。
けれど、沈妃のように、皇帝相手にも情け容赦なく、真っ直ぐにぶつかってくる存在には、もう二度と巡り会えないだろう。そんな予感は、ずっと心に在った。
そうした意味では、沈 蕙蘭は確かに、蘇 冽然にとって唯一無二の妻だった。
そんな彼女との間に産まれた娘の澄蘭は、確かに彼らの血と気質を引く子であった。その彼女が生きているという事実だけで、冽然は、ともすればこの身を押し潰そうとする重責に、腐らず向き合える気がしている。
冽然が治めるこの国には、今日も問題が山積している。かつて温家の息子が述べた通り、錚雲からの米はあくまでも一時凌ぎだ。根本から農業の仕組みを立て直し、不正と保身、現状維持に甘んじようとする臣下や民たちを叱咤しながら、少しでも良い未来へ導いていかなければならない。
後継たる直謙の育成とともに、穏翊の動向にも、引き続き注意を払う必要があった。手も足も、頭も緩める暇がない。
国を護るためと称して、冽然は数多の罪を犯してきた。
無実と知りながら、罪を着せた者もいる。反対に、罪を犯した者を、国にとって有益だからと見逃したこともあった。
そうかと思えば、見逃しては民の謗りを免れられぬと判断した者は、容赦なく処罰した。
救いを求めるひと握りの民を、大義のためと見捨てたこともある。
この両手が血塗れであるという事実からは逃れようもなく、いつか、その責任を取るべき日が訪れるだろう。
けれど、天の裁きを受ける、その日までは。
自身が選んだ、茨に覆われた血臭の漂うこの道を、冽然は最後まで一人、胸を張って歩いていくのだ。




