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七.子どもたちへ

 息子たちの考えた罠は、呆気ないほど順調に、(おん)父子(おやこ)澄蘭(ちょうらん)を絡め取っていった。

 その年の冬には、温家父子は皇太子暗殺未遂の罪で投獄され、澄蘭も関与を疑われ、長期に渡って拘束された。


 温父子を「食糧問題解決の英雄」と(あが)めていた民たちは、一転、「国家の裏切り者」と二人を口汚く(ののし)った。

 彼らの活躍を面白く思わなかった数多(あまた)の官僚たちも、「女に踊らされた愚かな男たちだ」と(あざけ)った。


 壮絶な拷問の果てに、無実を叫んだまま、温父子は死んだ。錚雲(しょううん)との交易は、直謙(ちょくけん)穏翊(おんよく)が中心となって引き受けることとなった。


 獄に(とら)われた澄蘭は、自身の潔白を訴え続けているようだが、日に日に正気が怪しくなっていると聞く。彼女がありもしない罪を認めるのも、時間の問題かと思われた。






 直謙(ちょくけん)穏翊(おんよく)も、冽然(れつぜん)に「このまま、牢獄内で澄蘭(ちょうらん)を始末しては」と打診してくる。

 しかし、冽然は、皇太子妃の出産が間近であることを、やがては皇太子の嫡男が誕生したことを理由に、決断を引き伸ばした。穏翊たちには「体面を重んじ、自白を得てから処分を行え」と命じた。

 澄蘭は食事も摂らず、取り調べでも度々声を荒らげているようだ。婚約者の死を知り、穏翊と面会した後は、呆けたように座り込んでいるだけだ。それでも決して、罪を認めさせようとする取調官の言葉に、首を縦に振ることはなかった。

 皇族相手の拷問はご法度(はっと)とされており、息子たちも、取り調べを担当する宦官たちも、苛立ちを募らせていった。



 自身が無意識に、娘を庇おうとするような不自然な言動をしていることには、うっすらと気付いていた。


(――体面のためだ)


 何かに言い訳をするように、冽然は内心で、自分自身に言い聞かせていた。




 ある日、突如様子の変わった澄蘭(ちょうらん)が、冽然(れつぜん)との面会を要望した。彼女の言葉を上奏(じょうそう)した宦官(かんがん)は困惑に首を傾げており、冽然(れつぜん)も密かに目を見開いた。


「聞き入れるべきではありません、父皇(ちちうえ)。罪を犯したとされる者に、例え身内であっても、情を見せるべきではない」


 声高に正論を訴える長男の直謙(ちょくけん)に、冽然は冷ややかに応じた。


「誰も彼もを厳しく処分しては、()らぬ不安と憶測を生む。……話を聞くと、余が決めたのだ。不服か?」


 渋る息子たちを黙らせ、早々と澄蘭の申し入れを受けることに決めた冽然は、三日後には娘と対峙していた。








 生まれてから十七年。儀礼的に言葉を交わしたことはあれど、これほど間近に(まみ)えるのは初めてだった。冽然(れつぜん)の第二皇女は、彼の命に従い、黙って顔を上げた。

 真っ直ぐに背を伸ばし、臆することなくこちらを見据えるその姿に、冽然は(かす)かに息を飲んだ。


(……(しん)貞花(ていか)


 澄蘭は、長期に渡る獄での生活に(やつ)れ果て、床についたままの指は枯れ木のようだった。

 顔立ちも、沈妃に似ているところはあるが、涼やかな印象を与えた彼女に比べ、澄蘭は古風な落ち着きを纏っている。

 だが、その力強い眼差しは、この十年、思い出すことすらしなかった亡き妻を、冽然に思い起こさせた。

 嫁いで来た日の夜に堂々と冽然を見つめ、碁の勝負では容赦なく彼を負かしたかつての妻に、驚くほどよく似ていた。


 動揺を隠して、冽然は、突如面会を申し出てきた娘の真意を問い(ただ)した。

 水を向ければ、彼女は温家の名誉回復と自身の延命を訴え始めた。激高する息子たちを抑え、冽然は顔色を変えず、彼女の話に耳を傾け続ける。朝廷に長年籍を置く配下の者たちですら密かに恐れる、冽然の鉄壁の無表情に動じることもなく、澄蘭は自身の主張を述べ切った。


 彼女の言い分は、「企みを暴露されたくなければ、温家の不名誉を晴らせ」ということだ。復讐心に燃える穏翊が見せた隙に、見事に付け込んできた形だった。


「──ここまでの事態、お前はどう収めると言うのか?」

「……(ぎょう)氏の生き残りが、仕組んだことにするのはいかがでしょうか」


 冷ややかに問う冽然に、澄蘭は淡々と自分の考えを述べる。私怨を晴らすのに父帝からの命令を利用し、気に入らない存在であった澄蘭を消そうとした穏翊への、意趣返しのような案だった。


 存在しない行氏の生き残りが、温家へ復讐を果たそうとし、彼らは命を落とした。

 だが、真実を見抜いた皇帝は彼らを素早く罰し、かつての婚約者の汚名を(そそ)ぐために、彼女は錚雲(しょううん)への大使の役目を帯びて嫁ぐ。




 それはまだまだ荒い筋立てで、脇の甘いところも目立つが、一笑(いっしょう)()すには躊躇(ためら)われる策ではあった。


 冽然(れつぜん)としては、皇帝の権威に傷が付かず、民を穏やかな形で統治出来れば、それで良い。(いたずら)に流す血を増やさずに済むのなら、それに越したことはないのだ。

 先日息子たちに告げた、「誰も彼もを厳しく処分しては、要らぬ不安と憶測を生む」という言葉は、決して娘を死なせないためだけの方便ではなかった。



 彼女の(したた)かさと計算高さには、誰よりも馴染みがある。自分の気質を確かに受け継ぐ娘に、冽然は思わず声を上げて笑った。





 目を丸くする子どもたちをよそに、冽然は、遠い昔に聞いた言葉を思い出していた。

 その言葉を冽然にくれた青年の顔も声も、もう思い出すことは出来ないが、その言葉は今も確かに、彼の中に根付いている。



 表向きは殊勝(しゅしょう)な面持ちでやり過ごし、どうしても我慢出来ない時だけは、相手の情を利用して我を通す。普段、その恩恵に相応しい姿を見せているのなら、心で何を思おうと自由だ。





 完璧な皇帝であろうと、冽然(れつぜん)はずっと、心すらも封じようとしてきた。亡き父に命じられるまでもなく、甘えも、(おご)りも、何かを願うことすらも、自身に禁じてきた。


 だが、彼は息子たちに、娘を殺させたくないのだと、ようやく気付く。

 世の父子(おやこ)のように親しく触れ合ったり、(てら)いも計算もなく感情をぶつけ合ってきたわけではない。どの子どもを愛し、取り立てるかは、「政治」というものからは切り離せない。

 それでも、自身の血を引く子どもたちを、冽然なりに密かに気にかけて来たのだ。きょうだい同士憎み合う、そんな姿は、叶うものなら見たくはなかった。


(今ならば、かつては躊躇(ちゅうちょ)した『切り札』を切っても──感情を(さら)け出しても、許されるだろうか)


 固唾(かたず)をのんでこちらを見上げている娘に、冽然は「良いだろう」と、笑いながら告げた。


 娘は、信じられないという風に目を見開いている。息子二人も息を飲んで、父の言葉に聞き入っていた。


(簡単に感情を露わにするとは、三人ともまだまだ詰めが甘い……)


 内心、苦笑を浮かべながら、冽然は敢えて冷たい声音で娘に釘を刺した。身を引き締める澄蘭に、冽然は懐から取り出した書物を放り投げる。それは、取り調べの初日に宦官(かんがん)が取り上げた、(おん)家の息子が所持していた錚雲(しょううん)語の訳語集だった。


 その背表紙の目立たぬ箇所には、蘭の花が描かれていた。本来、この訳語集にそのような意匠は施されていないので、これは持ち主である、(おん) 遠珂(えんか)の手によるものだろう。

 策略によって結ばせた婚約ではあったが、彼は、娘に確かな情を向けていたようだ。

 肩を震わせながら訳語集を見つめる娘を無言で見遣り、冽然はその場を後にした。






 出立(しゅったつ)の日までは、澄蘭(ちょうらん)の身の安全を図るため、冷宮(れいぐう)での蟄居(ちっきょ)を命じた。名目は騒動を起こしたことへの罰としての謹慎で、出立時の見送りも一切禁じるというものだ。


 誰も彼もが未だ、半信半疑の眼差しで澄蘭を遠巻きに眺める中、長女の琴華(きんか)側妻(そばめ)(さい)媛儀(えんぎ)が、彼女に会おうと画策していることには気付いていた。影廠(えいしょう)からも同様の報告があったが、冽然(れつぜん)は二人を(とが)めずにおいた。


「好きにさせてやれ」


 (むし)ろ、最後の夜に機会を作ってやるため、見張りの者たちに、あえて収賄(しゅうわい)に応じろと命じたほどだ。琴華には無駄な支出であったが、父を出し抜こうとした代償である。


(……甘んじて、受け入れてもらおう)


 冽然は、一人笑う。



 そしてついに訪れたその朝、澄蘭は誰にも見送られることなく、錚雲への旅路を踏み出した。




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