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六.逃れられない影

 錚雲(しょううん)への外交使に抜擢した(おん)家の官僚父子(おやこ)が、長年国境を閉ざしていたかの国と交易約定を成立させた。


 礼の苦しい食糧事情を知っているであろう錚雲は、しかし、対等な条件を示す約定書に署名をした。豊作続きの隣国から米が入ってくるという知らせに、国中が沸き立った。


 それまで、冽然の治世を褒め称えていた民たちは、掌を返したように温家を持ち上げ始めた。


 冽然は、言いようのない不快感を抱く。


 彼自身、民に何を言われようと気にもしない。


 だが、国中に広がる熱気は、今までに類を見ないほどのものだ。それほどに、民たちは自身の生活に不安を抱いているという証左(しょうさ)だった。

 それを敏感に察した一部の反体制派が、不穏な動きを見せ始めた。

 体制の転覆を狙う彼らは、錚雲との交易開始が決まって以降、温家の功績を盛んに触れ回った。当初は純粋に温父子への賛辞を口にしていただけの民が、繰り返し流される噂によって、やがて冽然の統治への不満を露わにし始める。中には、前王朝・(ぎょう)や、先帝である父の統治を懐かしみ、その時代に立ち返るべきだと主張する者もいた。




 国を救うために講じた策で、国が揺らぐなど、まさに本末転倒だった。




 この事態を、何とか収めなければならない。冽然はじっと考え込んだ。


 民を無理矢理、抑え付けることは出来ない。ただでさえ、頻発する天災と、それに伴う生活不安で、民は神経質になっている。無理に言論を統制したりすれば、反乱を起こすものが出かねない。反体制派も強かで、簡単に尻尾は掴めそうにない。


 手っ取り早いのは、彼らに担ぎ上げられかけている神輿(みこし)を、彼らが自主的に下ろすように仕向けることだった。


 ただ、温家はかつては隣国の準王族の地位にあり、礼に根付いたその経緯から、始祖(しそ)に一定の立場を与えられた一族だ。その起源に嫌悪を抱く者は多いとは言え、不都合だからと、簡単に処分出来る相手ではない。何より、事態の収拾に失敗すれば、取り返しのつかないことになる。



(それならば、いっそ――)



 冽然(れつぜん)は、成人した二人の息子に、この事態の対処を任せることにした。名目上は、皇太子に据えた嫡男と、その補佐に見込んだ次男の力量を測るためとして。

 だが、本心では、失敗に終わっても自身が不利益を被らないようにという計算が働いたことも事実だ。(ぎょう)氏の事件以降、冽然に複雑な思いを抱いているであろう第二皇子の本質を、見極める意図もあった。


(随分と、小狡い策を練るようになってしまった……)

 

 自身を嘲笑うように、冽然はひとりごちる。


 だが、それでも。


(――国を護ると、定めた)


 ここで失敗し、国民を苦難に晒し、志半ばで冠を脱ぐことだけは避けたかった。









 二人の息子は、その後、一つの案を上奏してきた。

 (おん)父子(おやこ)が皇太子に害を成そうとした罪を企んだという罠にかけ、処罰するという案だった。

 皇位にない者への危害であれば、本人たちのみの処分で済むため、騒ぎは最小限に抑えられる。温父子は外交使節団の中心ではあったが、国を代表する立場ではない。錚雲(しょううん)との交易に物言いがつかないよう、かの国の関与は明白に否定していけば良い。

 そして、その(えさ)として、皇女との婚約を結ばせる。

 その生贄(いけにえ)に彼らが選んだのは、後宮に居場所がなく、実母も既に亡くしている、切り捨てることが容易な澄蘭(ちょうらん)だった。



 鼓動が異様な速さを刻む中、冽然(れつぜん)はいつも通りの無表情で息子たちを見下ろしていた。次男の穏翊(おんよく)も、同じような顔で父を見上げている。


 あの時――熙衡(きこう)が涙ながらに婚約者の助命を嘆願してきた時。冽然は理がないからと、彼の想い人を救わなかった。


 ならば今、娘だからと、澄蘭の扱いを再考するよう命じることは出来なかった。


 他の娘であれば良いというつもりもない。

 普通の親子のように、簡単に感情を表明することなど許されない立場だが、冽然とて自分の血を引く子どもらに、人並みの情は持っているつもりだ。母妃の(おう)氏に似て、心根の柔らかな穏翊は、他者の感情にも敏感な性質である。冽然がひた隠しにしている思いを、心の奥底で感じ取っているのだろう。だからこその、冽然を試すようなその瞳だった。


 彼らの献上した策に、問題は見受けられない。少なくとも、冽然でも同じような方法を採るだろうと思われる内容だった。

 冽然は一瞬の瞑目の後、息子たちに命令を下した。


「……良いだろう。速やかに取り掛かれ」


 穏翊の瞳が(くら)い輝きを放ったのを、冽然は無言で受け止めた。







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