五.永遠の別離
穏やかな時間はしかし、長くは続かなかった。
ある日を境に、沈貞花は冽然の召し出しに応じられなくなった。体調が優れず、起き上がれないというのだ。
最初は異様な倦怠感と、目眩だったそうだ。だが、みるみるうちに、高熱と食欲不振、嘔吐など、症状は悪化していった。そして、一旬が過ぎた頃には多量の血を吐き、彼女は一時昏睡した。
沈妃の侍女は、意識を失った主の代わりに、医官を要請するべく、皇后に直々に嘆願したそうだ。
その趙氏から内密に相談を受けた冽然は、すぐさま内廷医の派遣を指示した。
熟練の内廷医は、長時間に及ぶ診察のあと、険しい顔で冽然に報告を上げた。
「流行病の類ではありますまい。陛下や殿下、后妃様方への感染の恐れはないと。
──恐らくは、内腑の重い病です。まだお若く、体力も気力も充実していた分、ほとんど自覚もない内に、病状が進行してしまったのかと思われます。今はもう、どう手を施せば良いのか分かりません。
……恐らくもう、長くはもたぬでしょう」
衝動的に声を荒げそうになり、冽然は咄嗟に両拳を握り込んだ。老齢の医官は、じっと地に頭を伏せたままだ。
あんなにふてぶてしく、碁盤を前に生き生きと目を輝かせていた彼女が、死ぬ。
冽然の心は、医官の報告を受け止めきれない。
けれど、冷静な頭と口は、半ば無意識に言葉を紡いでいた。
「……本人は、何と?」
「陛下へのご報告が先かと、何もお伝えしておりません。ただ、賢明なご婦人です。ご自身の様子から、死期は察していらっしゃるようでした。『長くもたないのなら、治療は不要だ』とのことで……。
高価な薬に頼って寿命を僅かに延ばすより、ご息女の昭瑶皇女に少しでも栄養のある食べ物を、側仕えたちに感謝の印を――と」
(馬鹿者が……! 自身が生きて娘の傍に居なければ、生きて彼らを労わねば、意味がないだろう……!)
冽然は、叫び出しそうになるのを懸命に堪えた。
彼女は、どこまでも聡明で冷静だった。
医官にかかることそのものは無償だが、治療や薬にはそれ相応の費用を自ら負担せねばならないのが、この国の後宮の規則だ。そして、彼女の身位では、高価な薬を贖い続けることは難しい。
儒の教えに則った国家運営を是とする冽然が、規則を破り、彼女だけを特別扱いすることは不可能だ。
彼女の冷遇を敢えて演出してきた冽然には、彼女の治療費を負担してやることも、彼女が懸念する娘の将来を気にかけてやることも、許されない。
冽然も、沈貞花も、互いの立場をよく理解していた。
冽然は必死で平静を装い、医官に告げた。
「掌太監と皇后には、沈貞花の望むようにさせよと伝えろ。無駄な騒ぎを起こさぬように、後宮の手綱をしっかり引きしめよと」
医官は深く頭を下げ立ち上がる。辞去の挨拶を述べ、部屋を出ていく医官を意識から締め出し、冽然は虚空を睨み続けた。
一月後、沈 蕙蘭は、二十四年の短い生涯を終えた。
冽然は、一度も彼女を見舞うことはしなかった。彼女の訃報を運んで来た宦官にも、紋切り型の返答をしたのみだった。側妻亡き後、残された娘の顔を見に行くこともだ。
そのことを知った妃嬪や女官たちの中には、沈貞花や皇女昭瑶の陰口を叩く者も居たが、皇后に対処を任せ、冽然は何もしなかった。
昭瑶の養育は、沈貞花と親交の深かった崔崔貞容が申し出たそうだ。その崔氏の懐妊が直後に判明し、体調を崩して寝込む彼女を訪ねた際にも、冽然は娘に会おうとはしなかった。
遠目に見掛けた娘は、書物を手に、ぼんやりと部屋の隅に座り込んでいた。その顔には、かつて沈妃が愛おしんだような笑顔は欠片もなく、分厚い氷のような無表情に覆われていた。
冽然は、沈貞花という側妻が居たことも忘れたように、政務に邁進した。
実際、礼国を長年蝕む食糧問題は、年々深刻化していた。苦肉の策として、かつて前王朝・暁の寒村部の食卓を助けたという、錚雲との交易再開に力を注いだが、進捗は芳しくない。土地の改良も、思った程には進まない。
不満が吹き出さないよう、また、民に肩入れし過ぎて貴族たちの不況を買わないよう、冽然は中庸を保つことに腐心した。
媚びて機嫌を取るのでもなく、恐怖で締め付けるのでもない。
時には強かな策略を仕掛けながら、理と礼でもって国を治めようと、昼夜も問わず駆け回った。
冽然自身の足元が、危うくなりかけた時期もあった。
沈妃の死から、しばらくしてのことだ。
皇后である趙氏の実家が、親族の不功績で傾きかけた。朝堂での権威の低下は、後宮にも如実に影響を及ぼす。
冽然が皇后に敬意を払い続けたため、皇帝の嫡男の母である彼女自身の立場が揺らぐことはなかった。だが、妃たちの悪意は、かつて皇后が一目置いていた沈貞花の娘である昭瑶に、一斉に向かった。かつて沈妃を軽んじる発言をした彼女たちに、皇后が激怒したことを、蝶よ花よと育てられた彼女たちは、ずっと恨みに思っていたようだ。
実家に力のない崔氏──この頃には第三皇子の母として媛儀に昇格していた──では、その悪意の渦は止められず、皇后も沈黙を保つことしか出来なかった。もちろん、冽然は、手も口も出さなかった。
更に、即位から六年が経つ頃。長年、冽然が自身の教育係として信頼し、典部の長に抜擢した行氏が、重大な反逆罪に手を染めていたことが発覚した。
逃れようのない証拠を突き付けられた行氏は、罪を認めた。冽然肝煎りの策であった、錚雲への使節団派遣を偽装し、その予算を根こそぎ横領したこと、更には他国へ国家機密を漏らしたことを認めた。
さすがにこれは、冽然でも庇い切れない。
行一族は誅滅とし、男たちは全員処刑、女子どもにも容赦ない罰を与え、皇都から永久に追放した。
このことで、第二皇子である熙衡の心に、取り返しのつかない傷を負わせことは、冽然も理解していた。
だが、第二皇子の婚約者候補でしかない行家の令嬢に、温情など掛けられるはずもない。血を吐くような息子の叫びを、冽然は聞かなかったことにした。
皮肉にも、こうした事態を冷静に平等に裁く冽然を、多くの官僚や民が支持した。先帝の策により一時不安定になった世情は、各々不安と不満を内包しながらも、一旦は落ち着きを取り戻したかのように見えた。
しかし、冽然の治世には再び、影が差した。
人々が行氏の罪を忘れ始めた頃。
端明十二年の春の初めのことだった。




