永遠のはじまり
今回で第一部は終わりです。
短い期間でしたが、読んでいただき誠にありがとうございました。
伝説の泉を飲み、常人以上の能力を得た二人は、国境の砦を避けて三千メートル級の尾根を越えた。
ようやくクロウカシス山脈南麓に入り、魔国から脱出することができた。
食料はとうの昔に尽き、食用にできる植物や狩った獣や鳥でその場をしのぐ。炎と雷魔法を操るニコラウスにとって、それは造作もないことだった。
今二人が滞在しているのは、荒涼とした岩山の麓にある村のはずれ。むき出しの岩が点在する草原。見たところヤギの放牧地らしい。西方には白く濁った川が流れている。
そこには崩れた石垣に囲まれ、倒れそうな廃屋と古ぼけた井戸があったので、村人に許可を得てしばらく滞在することになった。
ニコラウスは古都アテナへ留学していたとき『医療従事者』としての身分証を取得していたので、鎖国している国でなければどこへでも行ける。
メリッサは魔国の王族としての証明書を持っていたが、あえて処分した。
この先はエテルナ帝国だ。帝国の公用語を話すことができる二人なら、身分証はなくとも何とかなりそうだ。
ニコラウスは医療行為ができるということで村人たちに信用してもらった。
やがて『あの村には緑目の医者がいる』という噂が広まり、周辺の町や村からも患者が来るようになった。
今では二人ともまともな衣服――と言っても、粗末な――を身に付けている。あの陰惨な婚礼行列から逃げる際、荷馬車から頂いたラピスラズリと、伝説の泉周辺で見つけたエメラルドの原石を通貨代わりに、または人々の病気を診て、日々の食料などを調達している。
魔国の衣服はすべて焼き捨てた。
(いずれ古都アテナへ行って診療所を開き、それなりの暮らしができるようにしたい)と、メリッサと同じエメラルドグリーンの目をしたニコラウスは思う。
ようやく二人に道が開けた。
「ありがとう、ニコラウス。あのままではわたし、きっと死んでいたわ」
「お気になさらずに、姫様。私はあなたの保護者なんですから」
「あのあと……馬に押されたときから……記憶がないの。ずっとニコラウスの背中にいた感じ」
「国境付近で襲撃されてからここまで、姫様と逃げて来ました。姫様は魔国にいたかったですか? それとも蛮族国へ行きたかったですか?」
「わたしは……ニコラウスがいればどこでもいいわ。でも、王妃だけにはなりたくない。王女もこりごり。どこへも行けない生活なんて、もう嫌!」
「これからはそんな事にはならないと思いますよ」
「よかった!」
「もう姫様を悩ます人たちはいないはずです」
「ねえ、ニコラウス。わたしの事はメリッサと名前で呼んで。わたしはもう王女でも何でもないんだから」
「よいのですか、姫様」
「もちろんよ!」
「では、私はこれからメリッサと呼びましょう」
「わたしたちはずっと一緒よ!」
「もちろんです、メリッサ」
亡き父王のことは覚えていないのですか、と言いたいところをグッと我慢して、ニコラウスは微笑んだ。
メリッサは亡き王の臨終には立ち会わせてもらえなかった。あのとき王の寝室にいたのは王妃・長男の現王・長女・ニコラウス・王の側近だけだった。そのあと人払いされた寝室で、ニコラウスは王からメリッサを託されたのだった。
二人は魔族の末裔になる。しかもメリッサはおそらく最後の王族だ。彼女を娶れば魔国を継ぐ国を名乗ることはできるだろうが、そうはならないだろうし、そうはさせないとニコラウスは決意する。
これまでになく穏やかな日々だった。王妃の悪意にさらされず、蛮族とも関わらず。
ここではメリッサにできる範囲で護身術を覚えさせた。馬に乗る技術も。
広い世界に出たら、どんな災いが襲って来るか分からない。幸い好奇心がおう盛なメリッサは何でもすぐに吸収した。
ところが、ニコラウスは往診へ行った村で不穏な噂を耳にした。
『蛮族の王が、消えた花嫁と花嫁誘拐犯の医者を探しているらしい』と。さらに、『捕らえた者には莫大な報酬が出るらしい』ということも。
ニコラウスはメリッサを助けたことにより、魔国の王女――蛮族王の花嫁を奪った重罪犯になったのである。クロウカシス山脈を越え賞金稼ぎがここまでやって来るのも時間の問題だ。
※
――ここでグズグズしているわけにはいかない。今すぐ旅に出よう。自分たちは一切のしがらみを捨て、身分も捨て、自由に生きる権利がある。
『早く外の世界へ出たい。世界中を旅したいの。海を見てみたい。船にも乗ってみたい』
今こそ、閉じ込められていた少女を解放するのだ。
「これから古都アテナへ行こうと思います」
「それはどこですか?」
「私が学問を納めた都市です。ここから乗合馬車で一か月近くはかかるでしょうが、壮大な建物や商店、大学、博物館、様々な施設があって暮らしも楽な所です」
「ニコラウスが暮らしていたのね。行きましょう、楽しみだわ」
「一国の王女とまではいきませんが、それなりの生活はできるでしょう」
「その話し方、よそよそしいわ。もう少し何とかならないの?」
「……何とか?」
「お父様もお兄様も、わたしとは普通に話していたわ」
「覚えているんですね、亡き王のことを」
「もちろん。いつも甘いお菓子と花を持って来てくれたの。それから可愛らしい服も。その頃ニコラウスはあまりわたしを訪ねて来なかったわね」
「そうですね。専属医にはなりましたが、定期的な往診をする程度でした」
「もう~、そんな丁寧な言葉遣い止めて?」
「……気を付けます」
その夜二人は旅の準備をした。
夏はとうに過ぎ、秋も深まろうとしている。今出発すれば、冬になる前にはアテナへ到着できるだろう。
リュックを背負ってマントを羽織り、頭巾で顔を隠した二人は、手を繋ぎながら月明かりの中を出発した。
「ニコラウスと一緒なら、どんなことがあっても平気」
「うん、そうだ。私たち二人なら何があっても乗り越えられそうだ」
「旅って楽しい。今までのことを考えると夢みたい!」
※
川に沿った街道を行くと、後方から複数の蹄の音がした。
〈いたぞ、男と少女の二人組だ、別人でもいいから捕らえるぞ!〉
――言葉は分からないが、きっと賞金稼ぎだ! もう真夜中なのに、ご苦労なことだ。
「逃げましょう」
「どうして?」
「盗賊かもしれない」
二人は川とは反対側の森へ入ろうとした。
しかし騎馬集団は思ったよりも速く二人に迫った。
(仕方ない、魔法を使うしかない)
賞金稼ぎの弓とニコラウスの雷魔法が同時に放たれた。
ビシビシッ!
賞金稼ぎは馬と共に倒れた。
メリッサをかばったニコラウスは体に刺さった数本の矢を乱暴に抜き、ドクドクと足や胸から血を噴き出しながら立ち続けた。
やがて馬も賞金稼ぎも動かないことを確認すると、ニコラウスはメリッサの手を取って歩き始めた。
「血が出ているわ、早く手当しないと!」
「大丈夫、あの者たちが見えなくなったらで構わない」
雷に打たれ、地面に叩きつけられた賞金稼ぎたちは、血を流しながらも悠然と遠ざかる男に恐怖した。
〈な、なんで!?〉
――あんな奴らに構っている暇はない。
ニコラウスは血で赤黒くなった衣服のまま歩き続けた。
「大変、頬に傷が!」
メリッサがニコラウスの頬を撫でたとたん、スッと傷口が塞がった。
ニコラウスはそのとき確かに魔力を感じた。
「メリッサ、これは?」
「分からないけど、泉の水を飲んだから、わたしたちは体が強くなったのよね?」
(まさか……泉の水を飲んだから? それともメリッサは……落ち着いたら彼女の魔力を調べなければ)
「早く着替えなくちゃ……」
「そうだね、マントだけでも脱ごう。このままでは不審人物に思われる」
「もう十分不審人物よ、わたしたち。血は止まったの?」
マントを脱いで調べると、矢が刺さった所はすでに傷が塞がっていた。
「……何という事だ、あの泉の水は恐ろしい力を持っている!」
「信じられない、わたしたちは不死身になったのかしら、フフフッ!」
最近メリッサはよく笑う。屈託のない笑顔は、王宮に初めて来たときのアウロラのようだ。若かった自分は何もできず彼女を救えなかった。
ニコラウスは、実らなかった初恋の女性の忘れ形見を愛おしそうに見つめた。
――私はこの少女を永遠に守ろう。
※
南北に伸びる真っ直ぐな一般街道にさしかかった二人は宿屋を捜した。『王の道』に合流する主要街道だから、隊商宿くらいはありそうだ。
持参しているのは医療用具に医薬品、危険物の入った数個の巾着、多数のラピスラズリ、伝説の泉から頂いたエメラルドの原石、村から調達した簡素な衣服と食料などなど……。
これだけあれば、楽に旅ができるだろう。
木々は色づきはじめている。夕日が西のかなたに沈もうとしている。あの先には巨大な湖があり、そのまた先には古都アテナ。ニコラウスが十年間留学していた都市。
急ぐ必要はない。二人には途方もない時間があるのだから。
「さあ、行こう」
二人は永遠の明日に向かって歩き出した。
※分かりにくい話をここまで辛抱強く読んで頂き、ありがとうございました。
※『第二部 橄欖石島』(冒険物語)は長編になるので、まとめるのに時間がかかりそうです。もう一人のヒーロー(元エテルナ帝国軍人:ただしクズ)が登場します。メリッサはニコラウスに似て一途で無鉄砲な女の子になってしまい、自分から厄介事に首を突っ込んだ結果、逆ハー状態になります。来年はじめくらいには開始したいと思っています。
※一部・二部・三部で『エメラルドグリーンの系譜――永遠のはじまり』というヒストリカル・ロード・ファンタジー長編小説になります。主人公たちの目的地はアテナです。
※読者の皆様、これからもよろしくお願いします。
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