伝説の泉
ニコラウスは平らな草地に胡坐をかき、意識を集中した。
(魔力の源をたどれば、何かが分かるかもしれない)
魔力を追跡することができるのは、先祖返りに近い力を持つニコラウスだからこその能力だった。そのため彼は、魔力の発生源を察知することができる。祖父もそういった能力を持っていたが、王族に利用されることを嫌うメルクリ家は秘匿している。
脳裏に薄緑色の影が浮かんだ。影はするすると糸のように伸び、西方へ意識を引っ張っていく。どこまでも続く粗削りな山々、険しい山脈。
ある地点で影はとぐろを巻き、そのまま下方へ伸びた。その先にひときわ目を引く岩が見えた。
そこは塔のような奇岩が不規則に並ぶ谷間だった。どこにも道らしきものはない。縞模様の奇岩に守られるように、ごくわずかだが緑色に輝きながら湧く水の痕跡があった。
ここから魔力を感じる。
――例の泉かもしれない。
メリッサの周りに強めの雷魔法で防御を張り、ニコラウスはひとりで崖のような尾根に登った。一番高い場所からならば、奇岩の谷が見えるかもしれない。
五千メートルを超える山々が連なるクロウカシス山脈は、頂上に万年雪が残り、所々氷河がある。ほかは荒れた岩肌とまばらな草地だけで見晴らしはよかった。視力のよいニコラウスは再び魔力の源をたどった。
意識は尾根を越え谷を越え、するすると前方に伸びる。
――あそこだ!
尾根を三つ越えた先に、いくつもの奇岩の頂上が見えたのだ。
「姫様、もう少し頑張ってください。きっとお助けしますから」
「……二コ……」
「……声を出さなくても大丈夫ですよ」
道はなく岩だらけの尾根を、歩き易い場所を見つけては先に進む。荒い砂で足がもつれ、滑り落ちそうになる。メリッサを背負っているため急ぎながらも慎重に上り、下り……一気に奇岩の谷へ進んだ。体中がきしんで悲鳴を上げた。
(急がなければメリッサが……)
飲まず食わずで目的地にたどり着いたときにはとうに日は暮れ、体力も残っていなかった。メリッサを背負ったまま、ニコラウスは白く乾いた土の上に倒れて意識を失った。
※
『グワーッッ!!』という、ひときわ大きな鳥の鳴き声でニコラウスは目覚めた。
(そういえば、自分はメリッサを助けようと伝説の泉を探して――ここは?)
真横にメリッサが倒れている。全く動かない。皮膚は白く、息はほとんどない。
「まさか……遅かった!? 姫様!!」
半狂乱になって平常心を失い、ニコラウスは我が子を失ったかのように絶望的な叫び声を上げた。
「姫様、姫様!!」
(ようやくここまでたどり着いたのに……ようやく……アウロラ、我が王、私はあなたたちの娘を守れませんでした……申し訳ありません……)
少女を蛮族国の王妃にすればよかったのか――そうすればこんなことにはならなかっただろうし、案外蛮族の王はメリッサを大切にしたかもしれない――そんな後悔が押し寄せた。
しかしまだ希望はある。すべてが終わったわけではない。
ニコラウスは一呼吸置いて落ち着きを取り戻した。
――もしも最悪の事態になったら、私もあなたたちのあとを追います。
ここまで来たのだから伝説の泉まで行くしかないと思い、列柱のように奇岩がそびえ立つ空を見上げた。大きな声で鳴きながら、三メートルはあろうかという巨大な鳥が、ある一点の上空をぐるぐると旋回している。
それは伝説の怪鳥、魔国の象徴グリフォンだった。黄金色と伝えられる鳥は、ややくすんだ麦藁色をしていた。羽を広げれば全長三メートルは越え、人間をひとつかみで放り投げることができる。
グリフォンは、魔族の末裔であり強大な魔力を持つニコラウスに対しては何もせず、ただ大声を上げながら上空を旋回するだけだった。
まるでここに来いと訴えているかのように。
不思議に思ってそこへ行くと、こぽりと緑色の水が湧いていた。よく見ないと分からないほどわずかに。周りには薄緑がかった石がある。エメラルドの原石だ。その地帯はむき出しのエメラルド鉱床になっていた。
鋭い鈎爪で人間をワシ掴みにするグリフォンは、この地に眠るエメラルドと泉の守護鳥だ。そのためここへは誰もたどり着くことができなかった。
地図には載っていないエメラルドの地。
伝説の泉が復活したのではと思い、ニコラウスは急いで水筒の蓋に緑色の水を入れ、動けなくなったメリッサの口へ無理矢理流し込んだ。そして願いを込め、ありったけの魔力を込めて彼女を抱き締めた。
すると――。
わずかにメリッサの瞼が震え、紫色に変色しかけた唇がほんのりピンク色になった。薄く開けた目から見える瞳の色は、まさしくエメラルドグリーンだった。
「あぁ、メリッサ、メリッサ!」
華奢な体を抱きながら、ニコラウスは初めてアウロラの娘を名前で呼んだ。
※魔国周辺地図を載せました。この話の最終目的地はアテナです。『永遠のはじまり』は全体を通してロードストーリーになっています(長編です、長くてスミマセン)。
※次回で第一部の最終回です。
※この二人の関係は、あいまいなままにしようと思います。




