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襲撃――消えた花嫁

 十日ほど前のこと。


 婚礼行列の護衛隊長は不倫相手の王太后から脅されるように、ある指示を受けた。


「護衛隊長、少しこちらへ……」

「いかがいたしましたか、王太后様」


 人目のつかない王宮の片隅でひととき深いキスをすると、王太后は甘える声で護衛隊長にお願いをした。


「蛮族国に王女を差し出すといっても、あの野蛮な者どもが大人しくしているとは限りません。婚礼行列が国境付近に差し掛かる前に、護衛を半分ほど西の砦へ割いてほしいのです」

「ですが、陛下からは何も言われておりません」

「国境で王女を先方に渡しさえすればいいのですから、少し前に護衛を解いても問題ないでしょう。それに、国境付近では使節団が野営を張っているそうではないですか。そんな場所で野盗など現れないでしょうよ」

「ですが……もしものことがあったら……」

「わたくしの願いを聞けないのですか?」

「それは……はい、仰せのままに王太后様」

「よろしい、そなたはいずれは魔国の将軍になるだろう」

「光栄でございます」





 婚礼行列は半減した護衛のまま最後の谷間に入った。明日の夕暮れまでには、蛮族国の使者が待つ国境に到着しなければならない。そこでは先方の使節団が花嫁を迎えるために野営をしている。


(何も起きないのか? 王太后は大人しく王女を差し出すのか? このままでは国境に到着してしまう……)ニコラウスがそう思ったとき、左右の丘から蹄の音がし、数十頭の騎馬集団が大声で叫びながら姿を現した。


「騎馬賊だ!! 全員王女の馬車を守れ!」

 護衛隊長が叫んだ。

 ――最後の谷で盗賊が現れるとは!


 騎馬集団は全員黒いマント姿だ。顔全体を覆うフードを被っているため髪の色は分からないが、背は高そうだ。東部の丘陵地帯を荒らす盗賊団にしては、馬が立派すぎる。


 息つく暇もなく騎馬集団が丘を駆け下り、婚礼行列が弓による襲撃を受けた。


 隊長は焦った。まさか、ここでこんなことになるとは――。

 ふと王太后の言葉を思い出す。

『国境で王女を先方に渡しさえすればいいのですから、少し前に護衛を解いても問題ないでしょう』

(問題大ありだ、我ながらあんな言葉を鵜吞みにしたとは! いや、もしかしたら……)と思ったときには何もかもが遅かった。


 護衛たちが火や氷の属性を帯びた剣と弓で応戦するが、騎馬賊の行動は素早く、しかも魔法が効かない。相当訓練を受けた兵士に見える。


 ――魔法が効かないとは! 騎馬賊は魔法無効の防具を付けているに違いない。これはただの野盗ではなく魔国の人間――王太后の手の者だろう。

 ニコラウスは確信した。


 護衛たちが手をこまねいている隙に、数人の騎馬賊がメリッサを標的に向かって来た。


 ――王太后はここで姫様を殺すつもりなのだろう。そんな事をしたら蛮族を激怒させるだけなのに。私怨だけで動く愚かな王太后。あなたが国を亡ぼすのですね。いいでしょう、魔国と共に滅びて下さい。わたしはその『愚かさ』を利用させていただきます。

 ニコラウスは決意した。


「姫様、このままそっと逃げましょう。私の馬に乗ってください」

「え、えぇ……」

 馬車から降ろしたメリッサを抱き上げようとしたとき、賊の弓に貫かれた複数の馬が暴れ回り、逃げる暇もなくメリッサは馬の下敷きになってしまった。


「姫様!!」


 ニコラウスは焦った。騎馬賊は護衛や荷馬車に構わず、メリッサひとりを狙って来る。

 ――ここで死なせるわけにはいかない!


「体が……動かないの……苦しい……」

「じきに薬を処方いたしますので、しばらく我慢してください」


 メリッサを馬の下から引きずり出して抱き上げたニコラウスは、風上にある大岩に急いで身を隠した。次いでボロボロになった花嫁のヴェールでメリッサを、マントで自分の顔を覆うと、特大の巾着を取り出し大岩を登った。


 騎馬賊にも護衛にも魔法は効かないだろう。それなら。

 ニコラウスは岩上に立ち、乱闘する者たちへ大量の銀白の粉をまき散らした。

 淀みなくまじないの言葉が響き、ニコラウスが繰り出す火炎に触れた粉が、雷とともに連鎖爆発を引き起こす。

 野盗も護衛も馬も悲鳴を上げ、次々と倒れた。皮膚が焼け、血を吐く者もいた。


 それは、ある種の石を砕いて混ぜた、ニコラウス独自製法の粉だった。ここに火と雷の魔力を込めると連鎖反応を起こし、莫大な被害を引き起こす。魔法防御は効かない。


 婚礼行列はまたたく間に地獄へと変わった。


(信じ……られない……)

 岩陰から様子を見ていたメリッサには、ニコラウスが審判を下す神のように見えた。


 ――花嫁が来ないことを蛮族に知られたら、そこで終わりだ。これから魔国は窮地に陥るだろう。計画通り、このまま亡命しよう。


 ニコラウスの『計画』とは、メリッサを連れて魔国から亡命し、古都アテナへ行くことだった。


 全員が倒れたことを確認したのち荷馬車を漁ったニコラウスは、『ここを離れますよ、姫様』と言ってリュックを前にし、メリッサを背に担ぎ、谷間を南へ向けて歩き出した。


「ニコラ……体が……息が……」

「谷を出たら一休みしましょう。ここはまだ危険ですので」

「……」


 メリッサを背負ったニコラウスは街道を逸れ、丘陵地帯を南へ南へと急いだ。もう夕闇が迫っている。蛮族国は明日にでも迎えをよこすだろう。壊滅した婚礼行列に王女がいないと知ったら。


「ここで休みましょう」

 背の高い草地にメリッサを横たえ、ボロボロになったヴェールと外套を脱がせ、体の状態を診たニコラウスは言葉を失った。


 ――頬に大きなすり傷、しかも胸骨と背骨が折れているじゃないか! 馬に押し潰されたのだ、最悪圧死していたかもしれない!

 このままでは死んでしまう。しかし逃亡者になった今、街や村へ行く事はできない。


 どうすれば……。


 それに、花嫁が来ないと知った蛮族国は間もなく魔国に宣戦布告するだろう。もうすぐ両国の戦争が本格化する。その前に国を脱出しなければならない。





 一方、国境地帯で花嫁を待っていた蛮族国の使節団は、いつまでたっても魔国の王女が来ないので激怒した。

 王女を迎えに行った使者たちは、魔国の婚礼行列が襲われた現場に瀕死の状態で倒れていた者から、王宮の医者が王女を攫って逃げたという情報を得た。


 ただちに二人の捜索が開始された。


 王女を無事に送らず盗賊に襲われ、しかも誘拐さえも許した魔国に対し、『我々は魔国から甘く見られている!』と感じた蛮族国の王は、王宮へ使者も送らず魔国を蹂躙する号令を出した。


 圧倒的な兵力と攻撃力、死をも恐れぬ狂戦士の突撃に、魔法攻撃も防御もたやすく崩れた。

 蛮族は悟った――魔国の魔法など脅しにすぎないと。

 そして彼らは魔国民を根絶やしにし、王宮を焼き払って滅ぼした。


 わずか数か月の出来事だった。


 焼き尽くされ、宝をすべて奪われた魔国は、この時をもって歴史から姿を消した。花嫁が来ないという些細な事がきっかけだった。

※ここから二人の逃避行がはじまります。

※魔国はいずれ滅びる国でした。[魔法<技術・科学・戦力]という前提で書いています。

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