表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エメラルドグリーンの系譜――永遠のはじまり  作者: 赤城ハルナ/アサマ
【インターミッション】夢を売る男
11/11

メリッサが見た夢

 陽が沈む少し前、旅人――メリッサ・デルフィリア・グリフォス――五十年近く前に滅びた魔国の王女と、護衛を兼ねた二人の従者は宿に着いた。城門が閉まる直前だった。通りにはすでに松明が灯され、人通りも少なかった。

 三人で豪華な食事をし、夜になってひんやりした部屋でくつろいだメリッサは、男から買った『亡き王妃の涙』を亜麻製の巾着袋から取り出した。それはオリーブランプの明りを受けて、ほんのり赤く見えた。


 宝石を枕元に置くと、旅の疲れが出たのかメリッサはまたたく間に寝入った。


 そして――メリッサは夢を見た。





 そこは彼女の故郷である魔国の離宮。庭園で父王やニコラウスといっしょに過ごす夢だった。


(これは――夢ではない。わたしの大事な思い出。永遠に忘れない)


 そこでは数人の衛兵たちが大声をあげながら模擬試合をしていた。剣や槍からは炎、氷、雷などの属性魔法が放たれていた。父はまだ若かった。ときたま父の側にニコラウスがいた。メリッサはほんの小さな子供だった。メリッサの髪の色は青銅色をした父やニコラウスとは違う。そんなメリッサの髪を父は微笑みながら撫でていた。


 故郷の夢を見るのは久しぶりだった――あの、幸福だった日々。


 父はとうにいない。父が亡くなったことを知らされたのは葬儀の日だった。何日も泣き続けたことを覚えている。


(いずれ父や兄の墓所へ行きたい……墓所という場所が残されているのなら)


 しばらく夢を懐かしんでいると、試合を観戦している衛兵の中に混じって魔国民ではない男が玉座に座っているのに気づいた。陽気な表情をして楽しそうに観戦している。

 その隣に、やはり見慣れない女性の姿があった。鮮やかな色彩を帯びた衣をまとい、あらゆる宝石を体中にちりばめ、女王のように立っている。その姿はあの王妃様とは異なり神々しく見えた。彼女も試合の観戦を楽しんでいるようだった。


(誰かしら? 王妃様ではないし――王妃様が離宮へ来たことはなかったもの。それに、お目にかかったことがほとんどないお姉様でもない。魔国民とは容貌が違う。あの女性はゆるやかな黒髪で、肌の色は褐色をしている。きっとあれが宝石売りの言う王妃なんだわ)


 翌朝目覚めると、メリッサは永らく忘れていた故郷に想いを馳せた。父やニコラウスと過ごした大切な思い出。宝石の中に閉じ込めておきたい。きっとこれが、あの男が売る宝石の持つ不思議な力なのだろう。


 にもかかわらず、何者かによって夢に干渉されたという気持ちがつきまとった。




☆ ☆ ☆




 男は石を磨いた。傷つかないように、曇らないように、上等な木綿の布で毎日、毎日、旅人を待ちながら。

 旅人に宝石を売り、彼らの夢に入っては世界中を旅していた。

 旅人の夢……たいていは面白みもない、つまらない夢だった。日々の労働、食欲を満たしてくれる食物、ありえない希望などなど。


 しかし昨日会った異国の旅人と見た夢は違っていた。噂でしか聞いたことのない、滅びた魔法の国と王宮、そしてかつて王だったであろう人物が蘇っていたのだ。その隣にいた少女はおそらく……。


 ……あの女性になら王と王妃の夢を語れるかもしれない。


「あなたは何者なの?」と、夢の中で小さな旅人が尋ねた。


「わたしは……」




☆ ☆ ☆




 再びメリッサは二人の従者と共に廃墟へ向かった。どうしても聞きたいことがあったから。


 相変わらずうつむきながら男は宝石を磨いている。

「こんにちは」

「あなた様は……また、会えましたね」

 まぶしそうにメリッサを見上げ、男は初めて微笑んだ。


「お尋ねしたいことがあります。不躾とお思いでしょうが、気になって仕方ないのです。あなたは……何者なんでしょうか?」

「わたしは……隣村の……」


 その途端男はがっくりと首を垂れ、意識を失った。


「もしもし、大丈夫ですか?」


 男の隣に膝を立て、そっと男の頭に手をかざし、メリッサは癒しの魔力を込めた。すると男はゆっくり頭を上げたが、その顔つきはまるで別人のようだった。どことなく夕べの夢にいた王のような威厳があった。


「わたしは王国の復活を渇望している」と、男は言った。声も口調も違っていた。

 そしてメリッサの意識が薄れ、その場で倒れた。


「「お嬢様!」」





 メリッサの意識の中に大理石の玉座が現れ、黒髪で短髪の見知らぬ男が座っていた。夢に出てきた、玉座に座っていた王だった。

 縁に刺繍が施された上質な長衣とマント、宝石が縫い込まれた帯、金色の冠。体つきは戦士のようで、顔や腕にはいくつもの傷があった。


「わたしは王だ、王は復活したのだ!」


(王……復活……)


 かつてこのみやこの王だった男は、故意に帝国の皇帝軍を招き入れ、都を滅ぼさせた。

 滅ぼされたのではなく、滅ぼさせたのだ。


 不正のはびこる混沌とした世界にうんざりしていた王は、狭く汚らわしい都市を消滅させ、理想郷を創ろうとした。


「わたしは理想の地を捜している。いっしょに理想郷を築こう」と、王は玉座の隣に立つ王妃に懇願した。

「残念だけど、できないわ」

 いつでも返事は決まっている。

「生き残っている民がいないのに、どうやって都を築くつもりなの?」

「あなたがいる」

「王が民と国を滅ぼしたのよ」

「わたしが……?」

「覚えていないの? あなたが皇帝軍を呼び入れてこの地を滅ぼしたの。滅びた国をどうやって再建するつもり? 王の我儘に付き合うのはもう御免だわ」


「あ……あああああぁぁぁぁ!! 見捨てないでくれ! わたしを見捨てないで……!」


 都が焼き討ちに遭い、皇帝軍が王宮に乗り込んだまさにそのとき、王と王妃は毒を飲んだ。


「あ……あああああぁぁぁぁ!!」


 王妃は倒れ、王の風貌は変化し、宝石売りの男になった。


 そして男も倒れた。


(どういうこと?)





 宝石売りの男には死んだ王の魂が乗り移っていた。乗り移った死者の魂が離れたとたん男は目覚め、メリッサの意識も戻った。


「心配しました、お嬢様……」

 二人の従者がメリッサを助け起こした。

「どういうことなの?」


 目覚めた男がうつろな目をしながら言った。

「……廃墟で祈りを捧げて以来、わたしは何度も悪夢を見ました。王になって国を亡ぼす夢です。わたしは何日も苦しみました。そんなとき、夢を見ることができる宝石をわたしに託したのが王妃でした。そしてわたしは救われたのです。

 あなた様の夢も見ました。楽しそうな夢でした。それともあれは現実だったのでしょうか?」


「……そうよ。あれはわたしの過去。わたしは国を見捨てたの。でも、後悔はしていない。わたしがいなくなっただけで滅びる国なんて、その程度だったのよ。魔法を使えることで驕り高ぶっていた、何もしなかった愚かな国。

 あなたの王は帝国の皇帝軍を招き入れて国を滅ぼした。わたしは国を滅ぼす原因になった。それだけのこと」


 メリッサは思った。


 理想を追い求めた亡き王によって廃墟に縛り付けられ、どこへも行くことができず、狭い世界しか知らない哀れな男。さまよう魂に呪縛され、悪夢しか見ることができない。


 彼は王妃の情けに救われた。

 人々の夢に入り、王として世界中を旅しているのかもしれない。そして失意のうちに自死した王妃も、自分を慕ってくる馬鹿な王と共に夢の中で生き続けているのだろう――と。


 王国を滅ぼしたのち、永遠の眠りについて夢の中で生きる王と王妃。


 王国を見捨てたのち、永遠の命を得て歴史の中をさまよう王女。


 わたしたちは同じようで違う。


 わたしたちは違うようで同じ。




☆ ☆ ☆




 古都アテナを見下ろす小高い丘の屋敷。


「ただいま、ルキウス、ニコラウス!」

「おう、おかえり!」

「おかえりメリッサ。待ちくたびれたよ。お買い物はどうだった?」

「上々よ。見て、これは『亡き王妃の涙』という名のオパールなの」


 メリッサは男から買った大粒のオパールを二人に見せた。


「王妃……」

 ニコラウスは眉をしかめた。彼は今になってもあの女を嫌っている。たぶんそれは永遠に変わらないだろう。


「あの王妃様とは違うわ」

「そうだろうな……」

「これをステファノスの墓前に捧げようと思うの。あの人は珍しい宝石を追い求めていたから」

「ステファノス……好きだったのかい?」

「うん……たぶん。求婚されたの。もしかしたらわたし、元老院議員の妻になっていたかもしれないわ」

「……そうだったのか」


(ステファノス……わたしを覚えていたかしら? わたしはあなたのように珍しい宝石を探す旅に行ってきたのよ。もうすぐ会いに行くから待っていて)


「あのさぁ、俺の前で二人の世界に入らないでくれるかな」

「あ、ごめんなさい、ルキウス。あなただって、ステファノスのことは覚えているでしょう?」

「あんな奴……!」

「フッ……焼いているのか?」

 余裕の貫禄でニコラウスが笑っている。

「ち、違っ……いや、生っちょろいステファノスなんか俺が忘れさせてやるよ。さぁ、晩餐に行きましょうか、お姫様」

 片膝をついてルキウスはメリッサの手にキスをした。

「バ、バカ!」


 三人は女神のレリーフが飾られたダイニングルームへ向かった。

※メリッサのお買い物でした。第二部はルキウスとメリッサの冒険譚です。インターミッションの五十年前、『魔国の滅亡』直後の話になります。ニコラウスは最後にカッコイイところを掻っ攫います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ