夢を売る男
『エメラルドグリーンの系譜――魔国の滅亡』から五十年後の話です。メリッサはある買い物のために、従者を連れてちょっとした旅へ出ます。新たな登場人物が現れて第二部につながります。
日の照りつける荒涼とした街道。
草木は少なく、少し風が吹いただけで砂ぼこりが舞うような場所だった。大きな街道にもかかわらず、この辺は旅人が少ない。というのも、百年ほど前に滅びた国の亡霊が人々を呪うという不吉な言い伝えがあるからだった。
西から三人の旅人が歩いて来た。
中央にいるのは金色の髪という西方民族特有の容貌をした旅人。旅装は東方スタイルのゆったりした長衣の下にズボン、厚底の革サンダル、頭には長めのヴェールをしていた。荷物は少ないので単なる物見遊山なのかもしれない。
両脇を固めるのは、兵士とも見える屈強な従者。
旅人は昼下がりの太陽の下で、次の宿駅までの道を急いでいた。初夏の太陽は容赦なく旅人たちを直撃した。
(秋になってからにすればよかった。でも、あんな訃報を聞いてしまったから……)
悲しみを耐えるように、旅人は両手を握りしめた。
目の前には、つい最近まで人が住んでいたかのような広大な廃虚が広がっている。廃墟というには生々しい、人間が焼けてこびりついた跡があった。ここは列柱と高い壁に囲まれた宮殿のようだった。
「お嬢様、この辺には恐ろしい言い伝えがあります。焼かれた人々が亡霊となって現れるとか。あまり長居をしない方がよろしいのでは」
従者の一人が言った。
「そうなのね。わたしは気にしないけど」
旅人が興味深そうに眺めていると、列柱の日陰にあぐらをかき、しきりに手を動かしている男が見えた。長い黒髪を無造作に束ね、リネンのチュニックとズボンといういでたち。首はもちろん、手首や耳にも見事なアクセサリーを付けていた。
そこには旅人にとって最も貴重な井戸があった。
(この男は井戸を守っているのかしら? 彼が持っているのは何? ちょっと見てみたいけれど。それにしても、男のまわりには何もない。人の住めそうな家もない。廃虚の中で、しかもたった一人で何をしているの?)
あとからあとから疑問が芽生える。
旅人は男に近づき、声をかけた。
「こんにちは。あなたはここでいったい何をしていらっしゃるのですか?」
男の前に広げてある厚手の布の上には、さまざまな色、形をした輝く石が並べられている。男は下を向き、黙々と石を磨いていた。男の手は少年のようになめらかだ。にもかかわらず表情は疲れているようだった。
「異国の方、わたしはここで夢を売っているのです」
まぶしそうに旅人を見上げた男が答えた。
「これらの宝石を枕元に置いて眠りますと、その夜は楽しい夢を見ることができるのです。よろしければ旅の方、おひとついかがでございましょう。この見事なオパールは『亡き王妃の涙』と言います」
男は旅人に、足元に並べてあった石のひとつをさし出した。それは虹色に輝くオパールだった。
(この辺でオパールが採れるという話は聞かないけれど……)
旅人は片手で宝石を受け取った。大きさのわりには軽かった。
「……考えておきましょう。近くで宿をとれたらまた来ます」
旅人は井戸の水は求めず、石も買わずに街道を進んだ。彼女は次の宿駅で通行税を払い、宿に泊まることにした。
「ねえ、従者さんたち。わたしやっぱりあの宝石を買いたいわ。もうしばらく付き合ってくれる?」
「もちろんです、お嬢様。我々はメルクリ様からお嬢様を守るよう言いつけられていますので」
「ありがとう」
(あの宝石はわたしの買い物にぴったりなのでは?)
※
次の日二人の従者を連れた旅人が廃墟へ行くと、男は息絶え絶えに倒れていた。
「どうしたのかしら? そもそもここには家も何もないのだけれど、宿はどうしているのかしら? 家族や伴はいないの?」
旅人は井戸水で濡らした布で男の額を冷やし、水を飲ませた。
「申し訳ありません、井戸の水を勝手に使ってしまいました。あなたは日にあたり過ぎたのでは? いつからここに?」
「あなた様は昨日の……わたしは……もう忘れてしましました」
「宿で休んだ方がよろしいのでは」
旅人は男が握りしめている石を見つめながら言った。
「それはできません。わたしはここで石を磨くことしかできないのですから……」
男はようやく身体を起こし、再び石を磨きはじめた。
「なぜ、そうまでして……あなたは夢を売っているのに幸せそうには見えません。なにか訳でもおありでしょうか」
男は手を止め、旅人を見た。ヴェールからわずかに見える目は見事なエメラルドグリーンだった。
「この石を買っていく人達はみな同じことをおっしゃいます。わたしはそんなに不幸に見えるのでしょうか?」
「こんな何もない廃虚に一人でいるのに、誰が幸せと思うでしょう。胸につかえている理由がおありならば、お話ください。そのことであなたの心が軽くなるのでしたら」
「あなた様の心づかい、とてもうれしく存じます。わたしがどんなに恵みある土地に憧れるか分からないでしょう。しかしわたしはどこへも行くことができないのです。その理由を、大したことではございませんが、お話いたしましょう」
男はゆっくりと旅人に話しはじめた。
「わたしはこの近くの村で生まれました。大昔に廃虚となったこの都の子孫が暮らしている所です。都と周辺地帯はかつて神とあがめられる王と王妃が治めており、世界中の国々からの交易品によって栄えておりました。
しかしあるとき、主人である帝国の怒りを買ったのか、都は数日の内に帝国に略奪され、焼かれ、滅ぼされてしまいました。王と王妃は皇帝軍に捕らえられる前に毒を飲み、自ら命を絶ちました。
わたしは物心ついたときこの話を両親から聞きました。そして、亡き王と王妃のために廃墟となった宮殿で毎日祈りを捧げていたのです。
ある日のことです。祈りを捧げていたわたしの前に亡き王妃の亡霊が現れ、廃墟となったかつての都を守るよう託されました。それ以来わたしはここに住んでいるのでございます。
幸いここには井戸があります。しかも廃墟の地下は荒らされていませんでしたので寝食ができ、何と宮殿の宝が眠っていたのです。それ以来わたしは宿駅の行商人と品物の取引をし、何とかここで生きながらえております。
これらの宝石は地下にあったもので、これを売って暮らしていくようにと王妃が下さりました。何でも、宝石を買った者は幸せな夢を見ることができると。宝石は隠された壺の中に入っており、不思議なことなのですが、売っても売っても無尽蔵に中から出てくるのでございます。しかも、地下への道はわたししか入れないのだそうです」
男は一息ついた。
「廃墟となった宮殿を守り、夢を見る宝石を磨き、旅人に売る。これは王妃からわたしに課された義務であり、わたしの宿命なのでございます」
男はまた頭を下げて石を磨きはじめた。
話を聞き終えた旅人はそれ以上尋ねるのをやめ、虹色に輝く『亡き王妃の涙』を買い、男に別れの挨拶をして去った。
気になって男を振り返ると、男はあいかわらず宝石を磨いている。夕日に背をむけている男の姿が荒涼とした大地の蜃気楼にゆれ、今にも廃墟の中に消え入りそうに見えた。
※【インターミッション】は次回で完結です。旅人――メリッサが見た夢は。




