盗賊の独り言
中年の盗賊ジークムントは暗く湿った迷宮の突き当りで、宝箱を見つけた。
にんまりと笑ってランタンを床に置くと、何本もの耳かき状の器具を取り出して開錠を試みる。
「迷宮ってのは寂しがり屋だからな、人が中に入らないと魔物を溢れさせて被害を出す。でも、それなりに中に人が入って……マヌケが適度に食われてる間はな、大人しいんだ。そして、そうして奥へ奥へと俺たちを呼び込むために、こうしてお宝を用意してくれる。あめと鞭っていうんだろうけどな、実際上手いよ、迷宮さんは。戦争が終わって腕っぷし一本で食ってた連中はすっかり虜になった。欲深な野郎どもを満足させてくれるには、ちいっとだけ足りないってのが上手い。あと少し、あと少しと引き際を失っちまうんだ。ごほっごほっ」
蓋を開けて舞い上がった埃を手で追い払いながら、宝箱の中の金貨をニマニマと数えて背負い袋の中に入れていく。
「師匠、そうは言っても引き際なんて考えてたら大儲けは出来ないじゃないですか」
となりから、ジークムントと同じ格好をした若者がひょっこりと顔を出す。
「ああ、そりゃあな。いつまでも低層階をうろついてちゃあ良い酒は飲めねぇ。だが深層まで行って名誉だなんだを追い始めるとな、大人数のパーティを組まなきゃならん」
「師匠は友達も仲間もいないから……」
「ばかやろい、そうじゃねぇよ。まぁ仲間はみんな死んじまったってのあるが。パーティを組むと分け前が減るんだ。だから中層階を逃げ回りながら、こうして長年ソロてやってきてるんじゃねぇか。お宝を独り占めすれば中層で充分儲けられるんだよ」
「それが引き際ってやつ?」
生意気な事を言う若造に、宝箱の中のがらくたを投げつける。
「生き延びるコツってやつだ。戦力をそろえて高価な武器や薬を用意して。そりゃあ深層探検は金になるさ。でも使う金も桁違いだ。それに危険も。どれだけ用意してもある日帰って来なくなる」
「師匠は、そうはならないって?」
「そうさ」
空になった宝箱に座りこむと、壁に身体を預けて革袋に詰めた葡萄酒を震える手で口に運ぶ。
「深層なんてのは本物の化け物だらけだ。中層までなら、しっかり警戒して不意打ちを受けない。大事なのは先に敵を発見する事さ。敵が一人なら襲い掛かって仕留める。大勢の足音がしたら逃げる。鉄の鎧を着てガシャンガシャン音を立てる戦士が居たらな、こういう事は出来ない。それに魔法使いってのも良くない、あれは詠唱がいるからな、こっちが不意を打てない。身軽なのが一番なのさ」
「ふ~ん、なるほどぉ」
若者は、ジークムントがガラクタと呼んで放り出した剣をしげしげと眺める。
「こんな剣は高く売れると思うんだけど、これもガラクタ?」
「おう。デカい剣なんて重いだけだ。業物なら高く売れるが、良し悪しなんてのは店で鑑定してもらうまでわからねぇ。大半は二束三文のガラクタだ。なら、そんな嵩張るだけのもの、持って帰る意味はない」
「師匠が腰に下げてるのよりは良さそうに見えるけど?」
「いや、小さい剣のがいいんだ。外すかもしれない大振りの剣より、確実に当てる小剣のが強い。小さなトビムシが何匹かいたらわかる。デカい剣なんか振り回してたらあっちこっち噛まれちまう……なんだ、疲れが出たのかな、ずいぶん身体が……重い」
浅い呼吸で壁にもたれかかるジークムントは、もう身体を起こしてもいられないようだ。
「しっかり警戒して、強い敵とは戦わないで、小物狩りに徹する。安全マージンをしっかりとった立派な作戦だと思うよ、私はね」
若者は、ズリズリと床に崩れ落ちるジークムントに近づくと、腕を鎌状の刃物に変化させた。
「でも、宝箱開けて麻痺ガス吸ったろ、あんた。仲間がいれば助けて貰えたんじゃないかい? ソロでこんなところにいる時点で、危険の回避ができてないんだよ」
「いや……あ、薬袋に気付け薬が……」
「あんた、ソロだろ? 弟子なんか取った事ないんじゃないか? 麻痺毒を浴びる少し前から判断力落ちてたの気付いてる? 気付いてないよな。魅了って言うんだけど」
姿を自在に変える魔物は、三日月のように口を歪めて笑うとマヌケを美味しく頂いた。仲間たちと共に。