7、大魔法使いとは
「おはようございます、大魔法使い様」
「おはよう、ヴァラン」
テリーに文句を言われながらもたたき起こされたため、しっかりと起きていることはできた。しかし、とにかく眠い。
朝食を食べ終わってオクルスが眠気と戦っていると、ヴァランがじっと見つめていることに気がついた。
「どうしたの?」
「あの……。僕は何をしたらいいですか?」
「……うーん」
何も考えていなかった。テリーの呆れた視線がぐさぐさと刺さっているのに気がつきながら、オクルスは手にしていた本を置いた。
「君は何がしたい?」
「え?」
青の瞳が波打つように動揺が広がるのを見て、オクルスはヴァランから視線を外さなかった。
「君が望むことを、しようか」
「僕の……?」
オクルスはヴァランに何かを求めてはいない。彼に才能があることは分かっているが。人間が目の前にいるというだけで、少し心が和らいでいるのだ。勝手に利用している身としては、何かを望む気はない。
「何がしたい? できる限り叶えられるように頑張るけれど」
「……」
無言になったヴァランを見ながら考える。子どもは何をしたいものだろうか。ちょこちょこと動いているテリーが視界に入り、首根っこを掴んでヴァランに差し出した。
「お人形遊び? テリー以外にも人形があるよ」
「僕のこと、何歳だと思っています?」
「え……?」
何歳くらいだろうか。しばらくヴァランを見てみたが、年齢が分からない。
「んー、5歳くらい?」
「8歳です」
「それはごめん」
自分より幼いということしか分からなかった。ヴァランを不快にしていないかと心配になるが、彼はけろっとしている。興味津々、といった表情を隠さず、ヴァランが尋ねてきた。
「大魔法使い様は、おいくつなんですか?」
「んー、多分20?」
「20歳で大魔法使いに、なれるんですか?」
「大魔法使いになったのは16だよ」
それを聞いたヴァランが顔を輝かせるが、オクルスは苦笑した。
「すごいですね!」
「私はすごくないよ。本物の天才は他にいるから」
「本物の天才、ですか?」
オクルスの脳裏に、勝ち気で尊大な男がよぎる。
『お前が新しい大魔法使い? たいしたことなさそうだな』
そうオクルスに言い放った人。
「レーデンボーク・スペランザ。エストレージャの弟。この国の第三王子。10歳のときにはすでに大魔法使いになっていた、天才」
彼がいる限り、オクルスが国一の魔法使いになることはない。
◆
大魔法使い。そのように認定されるには条件がある。
1つ。水、火、土、風、光、闇。この全ての属性の魔法を使えるようになること。
2つ。固有魔法を使いこなせること。
3つ。魔力量が一定の基準以上であること。
ヴァランに説明をすると、彼は首を傾げた。
「大魔法使い様は、どれに時間かかったんですか?」
「1つ目だね。6つの属性の中、光魔法がなかなか使えなくて」
逆に言えば他の項目は満たせていたが。相性が悪かったのか、一向にできるようにならなかった。
「ヴァランは、大魔法使いに興味あるの?」
「興味はあります」
「そう」
大魔法使いになる、というのは国の中で上位の人間だと認められるための条件であり、一種のステータスだ。
もっとも簡単になれるわけではない。しかし、裏を返せば条件さえ整えば平民からでも地位を得られるわけだ。大魔法使いになりたいと望む者は多い。
そうはいうものの。現状、大魔法使いはこの国に3人。それが難易度の全てを物語っている。
「じゃあ、魔法を知っていくことから目標にしよう」
その結論に至るのは分かりきったことではあった。オクルスは魔法くらいしかできるものがないのだから。
一般常識は学んではいるものの、エストレージャから常識がないと言われるほどの人間だ。警戒心を持たず、「物従の大魔法使い」である自分のところに来るエストレージャにだけは言われたくないが。
「この前、感情の制御や魔力の制御をすれば、魔力暴走は起らなくなると言っていましたよね?」
「言ったね」
ヴァランを連れてくるときに言ったことだ。オクルスがヴァランを預かると宣言したのは、それができるようになる期間だけ。
ガラス玉のように透明感のあるくりっとした目が、オクルスをしっかりと見つめている。
「魔力制御って今すぐできるようになるんですか?」
「ならないよ」
ばっさりと答えたオクルスを見て、ヴァランは何度か瞬きを繰り返した。それを見て説明を続ける。
「魔力暴走は、『魔力が多い子ども』に起こると言ったよね。なぜ子どもに限定したか。子どもは魔力を抑えこむための器が足りない。つまり肉体の成長が不十分だから魔力は暴走する」
魔力暴走が起こる条件。それは、魔力が多いこと。そして子どもであること。大体はこの2つだ。
だから、成長をするまで待つか。感情の制御がある程度できなくてはならない。それでも。
「感情の制御なんて、教えられることじゃないから」
心の内面を教えることができる人間はいると思うが。少なくともオクルスには不可能だ。
感情を消し去るように幼い頃から暴力などで躾けられてきたのなら、話は違う。しかし、オクルスはこの子どもを暴力で押さえつけるつもりはない。
だからこそ、時間をかけて成長を見守ると決めた。何年かかったとしても。身体が成長するまで。