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6、動くぬいぐるみ

 エストレージャが城へと帰った後。オクルスは疑問を放置できずに、ヴァランへ問いを投げかけた。


「ヴァラン、私には人見知りをしなかったよね? なんであの王子様には?」


 オクルスに向かっては、結構はっきりと話していた気がする。それなのに、エストレージャには怯えるように会話をしていた理由がどうしても分からない。


 ぱちりと青の瞳を瞬かせたヴァランが視線を落とす。そのまま、おずおずと口を開いた。


「……エストレージャ殿下に、怒られるのかと思って」

「なんで?」

「魔力を暴走させて、孤児院を荒らしたり、壊したりしてしまったから」

「あー……。なるほど」


 そこまで思考が及んでいなかった。確かに。何かを壊す、というのは罪悪感と申し訳なさを感じるものだ。そのはずだった。


 しかし、オクルス・インフィニティはすでに感覚が麻痺している。前世の自分だったら、信じられないことだろう。何かを壊して平然としているなんて。


 すでにオクルスとして20年ほど生きてきた自分は、すでに感覚が常人ではない。


「ヴァラン。私はね、子どもの頃、山を1つ壊したことあるから、大丈夫」

「……? え。山、ですか?」

「あー、そう。山」


 ポカンとしているヴァランに、笑いかける。


 オクルスが魔力暴走により破壊したものは数え切れないが。その中でも強烈だったのは山だ。一つを壊し、平地にした。


 山の中の小屋。真っ暗な中、ひたすら耐えていた時間。


 ずきり、と頭が痛んで、オクルスは頭に手を当てた。


 あの時の恐怖は。思い出したくもない。


「大魔法使い様?」

「……何でもないよ。それにしても、大魔法使い様って呼ぶの? そんなに堅苦しくなくていいんだけど」


 オクルスのことをあまり知らない人は「大魔法使い様」と身分で呼ぶが。一緒に暮らすのだから、ヴァランには名前で呼んでもらいたい。そう思うが、彼はぶんぶんと首を振った。


「お名前でお呼びするなど、失礼なことはできません」

「……そう?」


 王子であるエストレージャのことは「エストレージャ殿下」と呼んでいたのに。少し不満に思うが、名前で呼べと強要することではない。


 そんなことを考えていると、ヴァランがぽつりと呟いた。


「それに、大魔法使い様は、助けてくださったので、緊張をしないです」


 オクルスには人見知りをしなかった理由の続きか。ヴァランの言葉に、オクルスは首を傾げた。助けた、だなんて。あまりにも大仰だ。

 

「助けた? 暴走を抑えこんだだけだよ」

「それが、有り難かったんです」


 ヴァランの青の瞳に、オクルスを疑う様子は微塵もない。オクルスは目を伏せた。


 たまたま、自分だっただけだ。そう言いそうになったけれど、オクルスは言葉をのみ込んだ。オクルスに助けられた。ヴァランがそう思っているなら、否定はしない。


「それで、大魔法使い様。テリーってどなたですか? 誰かと住んでいらっしゃるんですか?」

「んー?」


 そういえば、エストレージャがいるときにそのような話をしたような。しかし、今更ながら怖くなる。テリーのことを怖がらないか。


 それでも、名を出してしまったものは仕方がない。


 オクルスは、テリーの首根っこを掴んで、ヴァランに差し出した。


「これがテリー」

「……? ぬいぐるみですか?」


 じいっとヴァランが見つめていると、テリーの首がこてんと動き、オクルスを見上げた。


「ご主人様。変な持ち方しないで」

「ぬいぐるみが、喋った!?」


 青の瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いたヴァランの目を、まるで水が溢れる前のようだと思いながら見つめる。


 きらきらとした目、わくわくしたような顔をヴァランに向けられ、オクルスはたじろいだ。


「大魔法使い様の魔法ですか? 物従、でしたっけ?」

「あ、そう」


 オクルスは頷いた。ヴァランの瞳に嫌悪感がこめられていないことに、静かに息を吐く。

 

「扉も喋るんですか?」


 その質問に、オクルスは目を見開いた。そうきたか。


 確かに、さきほど扉を触らずに開けて見せた。だから、同じように扉とも会話をできると思ったのだろう。


「扉は喋らないよ。テリーだけ」

「なんでですか?」

「扉と会話したくないからね」


 ぱちりと青の瞳を動かしたヴァランが楽しそうに笑う。そんな彼に、何気ない風を装いながら尋ねる。


「テリーのこと、どう思う?」

「かわいいです」

「……そっか」


 オクルスは軽く目を閉じる。


『動く人形とか気持ち悪いんだよ』


 そう言われたかつての自分が、救われたような気がした。


 ◆


 ヴァランに開いている部屋を渡し、オクルスは自室へと戻った。トコトコとついてきたテリーが下からオクルスを見上げる。


「ご主人様」

「なに、テリー」

「子ども、預かってくるのはいいですが。規則正しい生活、できるんですか?」

「あ……」


 オクルスは失念していた。


 いつも、昼夜逆転した生活を送っている。夜の闇が嫌いなオクルスは、夜に眠れないことが多い。すると寝る時間は昼へと変わる。


 魔法の研究に夢中になって寝るのを忘れるだけのこともあるが。とにかく「普通」の規則正しい生活なんてしていない。


 しかし、考えたところで仕方がない。ヴァランのためには規則正しい生活を送るのが最善。やるしかないのだ。


「なんとかなるよ。きっと」

「なんとか……?」


 ぬいぐるみに感情はないはずなのに、感情がこもっているようだ。オクルスはテリーを睨み付けた。


「何その疑わしそうな声」

「気のせいですよ。ぬいぐるみに感情なんてあるわけないですから」

「……」


 自分で言うな、と思うが。そんなことをわざわざ咎めていても仕方がない。オクルスは息を吐いた。


「テリー。朝、起こしてね」

「人を時間管理に使わないでください」


 こうなったらテリーを目覚まし時計として使おう。文句言っている気がするが、言っているだけだ。オクルスの言葉に従わないことはない。


 ――そういう風に、できているから。


 僅かな虚しさを振り払うように、オクルスは天井を見上げた。


「食べ物、あったかな」

「あの子を飢えさせないでくださいね」

「……」


 考えることはたくさんありそうだ。

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