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44/60

44、恨んでほしい

 ルーナディアが訪ねた日から数日後。この日も、特に変わらない1日だった。ほとんどの時間は無言で過ごし、必要なことを話すのみで、多くの時間は静寂が部屋を支配していた。


 そんな中、オクルスが部屋に戻ろうとしたとき、どん、と背中に衝撃があった。


 ヴァランがオクルスの背に抱きついている。人の、体温。日だまりの中にいるような温かさ。すっと息を呑んだ。喉の方からじわじわと温かい感覚が目の方へと熱い感覚が移る。


 あ、泣きそう。久しぶりの人の体温のあまりの心地よさに、そんなことを考えた。それを必死に飲み下す。加害者の自分が身勝手に泣く権利などない。


 掠れそうなヴァランの声が、背を撫でるような感覚と共に響く。

 

「僕が、何かしましたか? 大魔法使い様の気に障ることを」


 落ち着いた口調。しかし、その声色に含まれる切実さはしっかりと届いてしまった。


「……」


 喉が締め付けられたかのように声が出ない。無理矢理声を出そうとしたが、それは空気となってこぼれ落ちた。


 ついに、聞かれた。いや、今まで聞かれなかったのがおかしいくらいだ。彼にとって疑問に思って当たり前なのだから。


 どのように言えば、彼は納得するか。いや、納得させる必要なんてない。オクルスが、理不尽で適当な人間だということが伝わればいいのだから。


「……なに、も」

「それじゃあ、なんで?」

 

 塞がったような喉から、どうにかして言葉を滑り落とした。そうやって伝えたオクルスの否定に、被せるように問いかけられ、黙り込んだ。


 どくり、どくり、と自身の心臓の音がうるさい。なんて答えるのが良いのか。思わず自分のポケットに触れた。そこに入っていたのは一本のリボン。ヴァランからもらったそれは、使うことはないものの、こっそりと持ち歩いていた。


 それに触れたことで少し冷静になった。今、この場で説明できるなんてできるはずがない。


 オクルスは、嫌われる。その決意を揺らがせては、駄目。

 

「何もない。本当に」


 先ほどのように声を震えさせるような失態は起こさなかった。できる限り、冷めた声色で言い放つ。


 そして、ヴァランが自身の腰に回していた手をやんわりと外す。自由の身となったオクルスは、そのまま前へと歩みを進めた。


「大魔法使い様!」

「私のことは、放っておいて」


 後ろから、ヴァランが呼んでいた。しかし、オクルスは、彼の顔を見ることはできなかった。自分の声が震えていたが、それを隠すように足音を立てて歩き、自室の扉をしっかりと閉める。


 荒くなりそうな呼吸を、必死に宥めた。全速力で走った後のように心臓がうるさい。


 はっきりと、オクルスはヴァランのことを拒絶した。


 ふう、と息を吐く。それは部屋の中に静かに消え失せた。そのままふらふらと歩き、寝台へと向かう。清潔にしているはずの寝台へと寝転がり、天井を見上げた。

 ぐしゃり、と三つ編みが崩れる感覚がしたが、それを気にせずに上だけを見る。


「……ヴァラン」


 彼の名前を呟く。それは、ふわりと舞い、すーっと消えた。はあ、とため息をついて顔を覆う。


 さきほど、ヴァランはどんな顔をしていたのか。何を思ってオクルスに抱きついてきたのだろか。


 今は冷たい寝具が背にあたっている。先ほどまではあんなに温かかったのに、すでにひんやりと冷めた感覚。


 また息を吐いたオクルスは呟いた。

 

「ヴァラン。そろそろ、私のことを嫌いになってきたかな?」


 毎日同じような態度を繰り返しているのだ。少しなら、違和感だけで終わるだろう。しかし、それが日が進むごとに積み上がっているのだ。


 きっと、嫌気がさしている。それで今日、理由を尋ねる気になったのだろう。


 確実に。ヴァランの心境に変化が生じている。今までは黙って受け入れていたヴァランが問うてきたのだ。


 彼がオクルスへの見切りをつけるきっかけの1つになっただろうか。


 目元にかかっていた前髪をかき上げたオクルスは独りごちた。


「ヴァラン。私を、恨んで。憎んで。そうして、その感情を生きる活力にして」


 彼がオクルスがいなくなってからも平気で生きてくれれば、それでいい。間違っても、オクルスの死後に国を滅ぼし、世界をも滅亡の危機にさらすなんて駄目だ。


 オクルスへの怒り。それを原動力に、今後も生きてくれることをオクルスは強く願っている。

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