第九話 昼下がりの探索、精肉機
一
代表者は鬼島さんになった。ボクの脳裏には、まだあの便箋のことが浮かんでいる。彼は本当に殺人犯なのだろうか。
「では、Aグループから順番に発表してください」
研修担当が言った。
やはりというか、他グループも同じ結論に至ったようだ。会社にふさわしくない一人を『選ばない』という選択。ボクは安心した。同じ発表が続いてボクらの番になった。鬼島さんが立ち上がる。
「私たちは……」
その声を遮って未鐘さんが叫んだ。
「丑松さんを選びます!」
静寂。
ざわざわと動揺が広がる。
「お前っ、いえ、いいえ、私たちも誰も選びません、ふさわしくない人は……」
「わかりました。丑松さんですね」
「なっ」
研修担当は頷く。鬼島さんはグルッと振り返って未鐘さんの胸元を掴んだ。
「未鐘っお前、なぜあんなことを言った!」
未鐘さんが答える前に、異変が起きた。
揺れる。
「きゃああっ!」
丑松さんが消えた。いや、床に空いた穴から声が響いていた。
他のグループの人たちも消えていた。黒い穴が、椅子が置いてあった場所に開いて、閉じる。
部屋から二十一人が消えた。
「ご協力感謝します。それでは、本日のレクリエーションを終わります」
研修担当は一礼して、舞台袖へと入っていった。
鬼島さんが未鐘さんを投げた。
「や、や、やめて、やめてあげてください」
石清水さんが止めようと机に乗り上げる。
「未鐘! お前のせいで丑松が……」
「自分のせいではないですよ」
未鐘さんの言葉にボクは耳を疑った。悪びれることなく、彼は続ける。
「むしろ感謝してほしい。『誰も選ばなかった』ならきっと自分たちも消えていた。生き残ったんです。自分のおかげで……」
最後まで聴くことはできなかった。鬼島さんが未鐘さんの顔を殴ったからだ。壁にぶつかって止まる。
未鐘さんは眼鏡を直しながら、鬼島さんを見返す。その表情に恐れはない。
「仲間を売ったんだ、お前は」
「自分は嫌いなんです。警察も、ディノパシーもね」
「喧嘩はやめてください!」
机に膝をついたまま石清水さんは叫んだ。そのまま顔を覆って泣き出してしまう。
「……仲間が消えたんですよ。助けようとは思わないんですか」
ボクも彼らに訴えた。
沈黙。
ボクは黙って、床に耳をつけた。
「地下に空間があったんですね。気付かなかった。どうにかして入る方法があるはずです。協力してくれますか」
「協力って、……私の目的は終わった。ハラスメントなんてもんじゃない殺人企業だ、ここは。即刻求人情報から削除する」
鬼島さんは部屋から出ようとした。
「ま、ま、まだ間に合うかも知れませんよ」
石清水さんが涙をぬぐいながら言った。鬼島さんが振り返る。その表情は彼女を恐れてるように見えた。
「殺人を見逃すんですか」
そう言われて、鬼島さんは頭を振る。
時計の針は三時を回っていた。
二
ボクたちは施設を探索することにした。
「警察が嫌いなんじゃなかったのか」
「ディノパシーの弱みを握れそうなんです。四の五の言ってられませんよ」
安全のため二人一組で行動する。最悪の仲になった鬼島さんと未鐘さんは一緒にできないため、ボクが未鐘さんを、石清水さんが鬼島さんを引き受ける。
二時間後に集合することを決めて別れた後、ボクはパンフレットを広げる。
「廃校を改装しているんでしょうね」
未鐘さんは言った。パンフレットには目もくれず歩き出す。
「地図は頭に入ってます。行きましょう」
「あ、えっと、はい」
「まずは明かりを確保します」
ついていく。彼の目的に、ボクは必要なさそうだ。
ロッカールームへ辿りつき、ボクは自分のスマホを手に入れた。未鐘さんはロッカーは開けずに非常用の懐中電灯を壁から取り外す。
「未鐘さんは、なぜディノパシーを恨んでいるんですか」
「恨んでるように見えますか」
「……はい」
未鐘さんは振り返った。
「感謝はしてますよ。うるさい母親を麻薬漬けにして殺してくれたので」
「………」
「封筒の中身もそれだったんですかね。ああそれか、最近までひきこもりだった事かも。どうでもいいですけど」
それ以上は聴き出せなかった。ただ、彼が誰かの秘密を喋るような人ではないことに少し安堵した。
二階へ上がり、いくつかの部屋を調べるが、すべて鍵がかかっている。しかし、廊下の隅にそれを見つけた。
「ロープがありました」
非常用の縄梯子だ。蓋を開けて梯子を取り出す。
「これで地下へ降りられるかも」
「扉を開ける道具も必要ですね」
指摘されてへこむ。
そろそろ時間だ。ボクらはレクリエーションルームへ戻った。
レクリエーションルームには岩清水さんしかいなかった。
「石清水さん、鬼島さんは?」
「は、は、は、はぐれちゃいました」
石清水さんはいつも以上に泣きそうな顔で言った。
「ろろろ、ロッカールームで荷物を取り出した後、き、気分が悪くなったって、部屋へ帰って、し、しまったのかも」
ボクらと入れ違いになったようだ。
「協調性のない人ですね」
未鐘さんの言葉にボクは目を見開く。それはそれとして、石清水さんの手にあるものが気になった。
「石清水さん、それは」
「あ、あの、これで開けられるかなって」
先端に赤い塗料が塗られたバールだった。
消灯時間の五時になった。非常灯の明かりだけでは間に合わず、スマホと懐中電灯を使う。
石清水さんは床にバールを突き立てて破壊した。観音開きの蓋の隙間が見えたのでそこに尖った先端を引っかける。
「蝶番を探してください。そっちの方が速い」
未鐘さんが指示を出す。力仕事をボクらに任せっきりだが今更文句を言う気は起きない。蓋の露出面積を広げて全貌が見えた。蝶番がありそうな所に狙いをつけて、石清水さんはバールを差し込む。
バキッ、と蝶番が外れる音がした。
「ひ、ひ、開きそうです」
ボクは縄梯子の端を肋木に接続した。蝶番がまた外れて、てこの原理で蓋がはずれる。
ボクは、ふと天井を見上げた。監視カメラが備え付けられている。ここまでの作業を企業の者たちは監視しているはずだが、止めに来る者はいない。
「泳がされている」
「でしょうね」
未鐘さんが答える。
開いた黒い穴に、縄梯子を下す。
「失礼」
未鐘さんがポケットからコインを出した。穴に落とす。
カラン、と乾いた音がして、そのあと擦れるような音が続いて、遠ざかる。
「斜め下へ降りています。ダストシュートのような構造ですね」
丑松さんの生存確率が上がった気がして少し安堵する。
「慎重に降りましょう」
ボクが先頭になり、石清水さんと未鐘さんが続く。
三
縄梯子は少し足りなかった。ボクは手を放す。
滑り降りた先は広い空間になっていて、来た穴とは反対方向の壁に二重のガラス扉が見える。
「ひっ」
石清水さんが滑り落ちてきた。
未鐘さんが来ない。
「か、か、帰ってしまったんですかね」
「ここまで来て?」
「怖いのは、し、しかたないです。私たちだけでも、い、行きましょう」
石清水さんは震える膝を叩いて言った。
ガラス扉の前に立つと自動で開いた。先には細長い廊下があり、左右を見渡すと同じような扉が並んでいる。
「どうしますか」
「ちょっと待ってください」
石清水さんが義手の左手に耳を当てる。
「右です。き、き、機械音がします。微かにですが」
ボクらは音がする方へ向かった。
幾度か角を曲がった後、廊下の先がわずかに明るくなる。自動の二重ガラス扉を開ける。その先には巨大な機械がひしめいていた。
石清水さんが左手をかざす。人差し指の先で赤い光が点滅する。
「ぴ、PM-Dinoの成分です。確かに」
「ここが麻薬工場……?」
丑松さんはどこに居るのだろう。ボクは見渡す。
「ようこそ」
いつの間にか研修担当が居た。石清水さんが左手を向ける。パシュンと軽い音がして何かが発射された。
「すみません、麻酔は効かないんです」
研修担当は素早く近付き石清水さんの手をひねり上げる。
「がっ」
石清水さんの鈍い声。鳩尾に膝が突き刺さっていた。
「通話はご遠慮ください」
石清水さんの左手が切り落とされた。機械部品が露出する。研修担当が何を使ったのかは見えなかった。ボクはスマホを振りかぶったが大した攻撃にはならなかった。
「暴れるのもご遠慮ください。ここは『加工場』です。見て見ぬふりを続けていればオフィスをご案内したのですが、残念です」
ボクはあのコンテナの中で男たちが話していた言葉を思い出す。が、それよりもたずねるべきことがあった。
「丑松さんはどこに?」
「すぐに会えますよ」
石清水さんが人質に取られている。六人の社員がボクらを取り囲む。ボクは両手を上げたまま、彼に大人しくついていく。
四
丑松さんと鬼島さんが座り込んでいる。裸で両手を縛られている。そこは飛び込み台のような場所だった。先には巨大な金属の漏斗が、黒い穴へと続いている。巨大な精肉機。
「あーあ、やばいねこりゃ」
丑松さんが呑気な調子で言った。
「すまない、すまない、隆志、すまない、俺が目を離さなかったら……」
鬼島さんは誰かに謝っている。
「我々の母体は『恐竜協会』です。恐竜の生活改善、ひいては地位向上を目標としています。そのためには恐竜たち自身に解って頂かなくてはならない。人間を凌駕する知性、暴力性、残虐性、全てを備えた生物であることを」
研修担当が何を言ってるのかボクにはよくわからない。ただ、良いことではないのはわかる。石清水さんの服は包丁で切り刻まれ、ボクも服を脱ぐように指示された。下着を足元に落とすと、両腕をぬめるロープで縛られる。
「そのためには肉が必要なんです」
「ゴホッ、PM-Dinoの成分にも、加えてますね……」
石清水さんが呼吸を整えて立ち上がる。
「同工場で製造しておりますので過程において含まれる程度でしょう。法は犯していません」
「麻薬製造自体が犯罪です。すぐに通報します」
「どうやって?」
石清水さんの肩から先が引き抜かれた。義手の部分が全て取り除かれて、生身の部分だけになる。石清水さんの喉から息が漏れた。
「痛かったですか。ああ、あなたは自傷専門でしたね。失礼しました。ちなみにそちらの縄、羊の腸で編んだものです」
「ひとついいですか」
ボクは質問する。
「どうぞ」
「恐竜たちに肉を食べさせることが、恐竜たちを滅ぼす結果になる可能性は、考えていないんですか」
ただの時間稼ぎにしかならないかもしれないが、ボクは気になっていた。
「その未来もありえます。だからこそ、より多く、より強大な、仲間を我々は必要としています。たとえばティラノサウルスとか……」
「わかりました。ボクは絶対にあなたたちを許しません」
機械音がする。ゴウゴウ、と黒い穴の向こうで何かが回転している。
「それでは、良き旅を」
研修担当は言う。
精肉機の向こうでガラス扉が開いた。
「あ」
未鐘さんだ。
笑っている。歯を剥いて威嚇するような笑顔だった。
光。
爆発だ。彼は爆弾を隠し持っていたんだ。一体どこに? 立っている場所が揺れて落ちそうになる。研修担当が足を滑らせて漏斗へ落ちた。
「あ、あ、あ、あ」
研修担当は這いつくばって漏斗から出ようとしていた。が、徐々に黒い穴へと吸い込まれていく。
「皆よくやった! 突入!」
丑松さんが叫んだ。彼女も体のどこかをサイボーグ化してたらしい。ガラス扉を破って警察が雪崩込んでくる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
研修担当の断末魔が響いた。ボクは思わず目を瞑った。
だけど、助かったんだ。
ボクは息をついた。
「来い」
両腕を繋いでいるロープを引っ張られた。