第八話 研修合宿には疑心暗鬼
一
内定のメールが届いた。
ボクはトランクケースに荷物を入れる。
「どこへ行くんですか?」
亭羅野さんがボクの顔を覗いた。
「中学の同窓会、明後日から二泊三日ね」
ボクは嘘をついた。
「交通事故には気を付けてください」
それだけ言って、彼女はキッチンへ戻った。
あの日、捨古さんは言った。
――献本に広告が入ってたんだ『肉食の秘密を知ってますか』ディノパシーって会社だった……――
最初は肉エキスの入ったサプリメントが毎月届いて、それを飲んでるうちに、もっと効果を実感したくなってくる。ユーザーは肉を買い漁り、説明会でさらに肉食を煽るようなオリエンテーションが行われ、気が付けば肉のことしか考えられなくなる……。
肉の消費を煽るだけにしては手が込み過ぎている。なおかつ、肉を口にした恐竜たちの様子を見ていれば、真面な人間なら思いつかない所業だ。
どうして恐竜たちを狙うのか。
ボクはディノパシーの研修合宿に潜入する。
二
午後一時。
「おはようございます! 私たちは皆さんを歓迎します!」
研修担当が拡声器を手にして言った。
合宿は山奥の施設で行われた。日程は二泊三日間。電子機器は全てロッカーに預けさせられている。今いる部屋は体育館そのもので、研修担当は舞台に立っている。フローリングの上に研修生が二十五人、入ってきた扉には『レクリエーションルーム』という表札がついていた。
「私たちディノパシーは恐竜たちの生活の為に、日夜努力を積み重ねています! 努力を続けるためにはチームワークこそが大事です! はりきっていきましょう!」
くじ引きで五人一組のグループ分けがされた。Eグループになったボクらは自己紹介から始める。
「鬼島です。高校まで剣道部でした」
背の高い男性。真面目そうな印象だ。
「い、石清水です、私の名前、あの、美術部でした」
前髪で顔を半ば隠した女性。視線が下を向いている。
「自分は未鐘です。部活とか言う必要ありませんよね」
黒縁眼鏡の男性。ちょっと曲者かもしれない。
「丑松で~す」
派手な髪色の女性。就活中はどうしてたんだろう。
「入間です。よろしくお願いします」
ボクはメンバーの顔を見渡す。ボクは本社の中を探ったことから目をつけられているはずだ。彼らに協力してもらえれば助かるのだが。
「さっそくですけど、怪しいですよね」
いきなり口火を切ったのは未鐘さんだった。ボクは唖然とする。
「え、え、えっと、私も思ってた」
「初日にそんなことを。まあ、同業者らしいし良いか」
石清水さんが手を上げ、鬼島さんが頭を抱える。
「話早くて助かるわ。あ。あーしは警察ね」
丑松さんが鋭い目に変わった。
ボクと石清水さんは廊下を歩く。
「わ、わ、私は厚生労働省からの出向です。鬼島さんは、お、大手リクルート会社でお見掛けしたことがあります。丑松さんは自己紹介の時に言ってましたので。未鐘さんは……すみません、わ、わかりません」
「じゃあ、皆さん別々の所から潜入調査に来た人たちですか」
「そ、その、そのようです」
「よかった……ボク一人では心細かったので」
ボクは胸をなでおろす。石清水さんは視線をキョロキョロさせて何かを言おうとしている。
「入間さんは、ええっと、ええっと」
「ボクは個人的な目的です。……友達が、被害にあったので」
「……そう、ですか……」
会話はそこで終わった。部屋の前で丑松さんが手を振っている。
「辛気臭いよ。笑顔笑顔」
部屋のドアを開ける。
「みてみて~! お布団ふかふか~!」
畳まれた布団の上に丑松さんがダイブした。とても警察官とは思えない。
石清水さんはドアを閉めると部屋を見渡して、コンセントへと近付いた。カチッ、と音がして石清水さんの中指が後ろへ折れ曲がった。彼女の左手は義手だ。
「カメラと盗聴器です。し、自然な故障に偽装して破壊しました。すみません何も言わずに」
「あんがと~」
丑松さんが軽いお礼を言う。ボクも頭を下げた。
「わ、私の目的としては、できれば社内の地位はあったほうが……」
「あっそ。まああーしとは目的違うだろうから気にしないで」
ボクは手を上げる。
「どこまで知っていますか、ディノパシーについて」
石清水さんと丑松さんが顔を見合わせる。
「情報共有? いいね」
丑松さんが胡坐をかく。ボクと石清水さんも床に座る。
「合成麻薬『PM-Dino』を製造している可能性があります」
石清水さんがどもらずに言った。
「私の目的は、ま、麻薬の取り締まりです。登録された工場からは検出されず、流通経路も隠匿されています。ど、ど、どこかに製造所を隠しているのかと」
彼女は麻薬取締官だったようだ。
丑松さんが布団の束に背中を預ける。
「次はあーしね。非合法組織との繋がりを洗いに来てる。ぶっちゃけ暴力団と手を組んでるんじゃないかって疑ってるわけ」
「しょ、証拠は?」
石清水さんが訊ねた。
「それがさっぱり。なのでこの潜入にかけてんの。あーあ、リストに入ってる顔が出てきて『ぶっ殺すぞ』なんて発破かけに来たら即突入なんだけど~」
リストとは暴力団関係者のリストのことだろう。彼女が言うようなことは起こらないと思うが。
「で、キミは何か掴んでるの」
ボクは姿勢を正した。
「ディノパシーは恐竜にお肉を食べさせています」
沈黙。丑松さんと石清水さんは考え込む。
「あと、試験会場から出た直後にさらわれたことがあって」
「ああ、橋爆発した時のあの子か!」
丑松さんがボクを指差す。石清水さんはまばたきを繰り返している。
「先にそれ言いなよ~」
「でも、お肉も危ないんです。恐竜がお肉を食べるとですね」
「はいはいわかったわかった」
必死で説明したが聴いてもらえなかった、チャイムが鳴ったからだ。
『研修生の皆さん、レクリエーションルームへ集まってください』
三
レクリエーションルームには折り畳み式の机と椅子が用意されていた。1グループにつき1卓、ボールペンと白い封筒が五つ置かれている。研修担当が拡声器で指示を出す。
「皆さん、ご着席ください」
ボクらは席に着く。
「ただ今から最初のレクリエーションを行います。テーブルに置かれた封筒をご覧ください」
よく見ると封筒の表には、ボクらの名前が書かれていた。
「ご自分の名前が書かれた封筒の中身を確認してください」
指示通り見ていいのだろうか。ボクが迷っていると丑松さんがさっさと封筒の口を破っていた。皆がそれに続く。ボクも封筒を開けた。
中に入っていた便箋には『鬼島は殺人犯』と書かれていた。
「見ましたか? では、皆さんのグループの中で、御社にふさわしくないと思う研修生を一人選んでください」
まず、丑松さんが自分の封筒の中身を机に広げる。
「これは事実?」
書面には『入間は男子トイレに入ったことがある』と書かれている。ボクは嫌な記憶を抑え込んで、答えた。
「はい。中学生の頃、いじめられてたので」
「OK。キミたちが見たのも公開して」
丑松さんは言ったが、誰も便箋を置かない。
「これは罠だ。明らかにお互いの疑心を誘っている」
鬼島さんが言った。ボクはとっさに彼の顔から視線を外してしまう。
「わ、わ、私は信じませんよ。み、み、皆さん自分の正義を持ってここに来ているはずなので」
石清水さんが言った。視線は皆の手元に注がれている。自分の秘密を探している。
未鐘さんは無言だった。ただ、黒縁眼鏡を直した。
「それでも選ばなきゃならない」
研修担当はこちらを監視している。きっと、ふさわしくない一人を選ばなければこのレクリエーションルームからは出られない。
四
「投票制にしよう」
鬼島さんは封筒を破いて広げる。出来上がった白紙にボールペンで枠を描いていった。表頭に五人の名前を入れていく。
「あーしは入間ちゃん以外に一票。未鐘くん、キミにしていい?」
丑松さんはあっけらかんとして指を差す。
「あ、あの、このレクがそのまま評価に繋がると思ってますか」
石清水さんが手を上げる。皆の視線が集まる。
「選ばない。そ、それも十分選択肢には入る、いいえ、唯一の正解という場合も」
確かにそうだ。ふさわしくない一人を選んで吊り上げたとして、それをチームワークと言えるだろうか。
「ボクは石清水さんに賛成だ」
「いじめられていたからですか」
未鐘さんが言った。ボクは嫌な気持ちになる。
「共通の敵を作り出して発生するチームワークも有りますよ。認めたくないでしょうけど」
この世の真実とでも言うように彼は続ける。ボクは反発したくなったが、場を取りまとめることに専念した。
「誰も選ばないという選択肢も、あっていい。……鬼島さん、いいかな」
「ああ」
鬼島さんはボールペンを走らせて投票枠を増やした。表頭には『×』とだけ書かれた。ボールペンを受け取った時に手が震えた。気付かれてないといいのだが。ボクは『×』の下に線を引いた。石清水さんに渡し、投票が繰り返される。
選ばない、を選んだのは四人。丑松さんを選んだのは一人。
「あーしは別に吊られてもいいけどね」
丑松さんはなんでもないことのように言った。未鐘さんは頭を振る。
「多数決に従いますよ。ここで反発しても意味はない」
他のグループも決まった様子だ。
研修担当が拡声器を掲げた。
「決まりましたか? では代表者を立てて発表してください」
レクリエーションが終わろうとしている。