第六話 壊れた公園には恐竜マニア
一
インタビュー記事は好評で、次の仕事を任された。取材のアシスタントだ。
ここ一週間公園の遊具やコンビニの壁などが破壊される事件が起こっている。規模からして大型恐竜。その裏を取るのが今回の目的だ。
「大型恐竜に庭木を折られることなんてしょっちゅうだよ」
庭師のおじいさんは折れた枝を切り払いながら答えた。
「でもそういうのもお互い様ってもんじゃないのかい。おれらだって温暖化ガス垂れ流してきたんだからさ」
「意図的に破壊された跡なんです」
「恐竜ってのは優しいやつらだ。わざわざ人様の迷惑になることなんかしないよ」
肉食は別だがね。そう言って庭師は笑う。
「大型? ああ、この間うちの壁を壊していった」
コンビニのオーナーは目の下の隈をこすりながら言った。
「それは店長のほうが詳しいね。山田くん!」
「はい、はい」
さらに土気色の肌の店長が出てきた。
「大型恐竜、見てないかって」
「あの、僕今日で連勤60日目で」
「じゃあ当日も入ってたでしょ、シフト。見てないかって」
「大きな音がしたのは覚えてるんですが……レジ閉め終わらなくて……」
「だってさ! すまんね」
オーナーは商品の陳列に戻った。
「おおきなきょうりゅうさん」
親子連れの聞き込みが終わるまで、小さな子供の相手をした。
「見たことある?」
「テレビでみた」
「このあたりでは?」
「………」
少女は木の陰に隠れてしまった。
「どうしたの?」
「こわいっていっちゃだめなんだよ」
彼女は教えてくれた。
聞き込みを終えてボクは狗社さんと喫茶店へ入る。
「肉食なら警察がマークしてるはずなんですが、そういう噂は一切ありません」
「じゃあ、大型の草食ですか」
「なおかつ人間の協力者がいる可能性が。監視カメラが妨害電波で壊されてますから」
ボクはストローを持って、アイスコーヒーの底にたまったシロップを溶かす。
「草食なら警戒されませんからね」
「肉食にもいい恐竜はいるんですが……」
「亭羅野さんとか、ですか」
狗社さんが微笑んだ。ボクは肩をすくめる。
「惚気のつもりでは」
「わかっていますよ。善良な肉食もいるし、悪を働く草食もいる」
その後、遊具が破壊された現場へ行った。公園の隅にはビニールシートと立ち入り禁止のテープでぐるぐる巻きにされた滑り台がある。警察に許可を貰って一部を見せてもらう。
「どうですか、見立ては」
狗社さんが警察官に話しかける。
「お話しできることは何も」
そっけない返事が返ってくる。捜査に関わることだし、当然と言えば当然か。
「もうちょっと上のほうって見れますか」
ボクは言った。メガネをかけた若い警察官は手首をスナップさせてシートを大きくめくる。狗社さんが写真を撮影する。
めちゃくちゃにへこんだ手すりに何かがついている。ボクは手を伸ばした。
「これは……」
「触らないで。一応、証拠品なんで」
「すみません」
指先についた粉末をこすって確かめる。塗料、じゃない、骨。
「角のある恐竜ですね」
「角?」
狗社さんが声を発する。警察官はやれやれといった感じで、頭を振った。
「ステゴサウルスですよ」
「え」
「目撃情報があったんです。深夜にステゴサウルスが公園へ向かっているのを近所の方が見ています」
「教えていいんですか」
「本官、実は恐竜マニアでして。この突進の跡はステゴサウルスだと思うのですが、そちらの見解は?」
急に振られてボクは言葉に詰まる。
「そうだと、思います」
大型恐竜の行動範囲は広く、また同じ種族同士では縄張り意識も強いため一都道府県に入れる頭数はその面積に応じて定められている。この街でステゴサウルスといえば一頭しか思い浮かばない。だが、ボクは自分の直感を信じたくはなかった。
二
「恐竜デザイナー・捨古ツキコの奇行、ですか」
「……できれば、書かないでほしい」
車でマンションまで送ってもらったあと、ボクは狗社さんに言った。
「市民の安全の為です」
狗社さんは真直ぐな目で答えた。ボクは怖気づきそうになったが、言葉を紡ぐ。
「彼女は、自分のブランドを立ち上げようとしていました。なにか訳があると思うんです。でなければ夢があるのに、あんなことするはずがない」
「新たな門出を前にして不安になり、ストレスが溜まった結果奇行へ走った。悪くないですね」
狗社さんはメモを取る。
「嫌いにならないでください、こういう職業なんですよ。無いものを有ることにして有るものは何倍にも膨らませる。善良な肉食も悪を働く草食もいると言いましたよね。必要だと、『要る』と言ったんです。今度の一面にね」
狗社さんは視線を逸らした。
「情報提供感謝します」
ボクは強く車のドアを閉じる。何事もなかったかのように、車は発進する。
「おかえりなさい……なにか、嫌なことでもありましたか?」
鍋つかみをはめた亭羅野さんが言った。
ボクは頭を振って、もう一度外へ出る準備を始める。
「忘れ物ですか?」
「彼女に会わなきゃ」
捨古さんから話を聴かなければならない。頭の上に何かが乗った。亭羅野さんの顎だ。ボクは振り払う。
「危ないことはやめてください」
「でも、これはボクのせいで」
「私も一緒に行きます」
ボクは振り返る。亭羅野さんは鍋つかみを外していた。
三
「こっちです」
いつも持っているのだろうか。一本のビーフジャーキーを口に入れて亭羅野さんは捨古さんの臭いを辿っている。
「私が肉を口にしている時は近付かないでください。その、おいしそうに見えてしまうので」
忠告を守ってボクは少し後ろを自転車で追いかけていた。
「東から匂いが来ています。近いです」
焼肉店の角を曲がって最初に見えたのはロータリー交差点のモニュメントだった。向こうに鉄道の駅が見える。円形地帯の中央には鉄板を組み合わせた幾何学的なモニュメントが立っているのだが、いつもと形が違う。
何かが居る。
「捨古」
亭羅野さんが呼び掛ける。
捨古さんは長い尻尾を大きく振り回し、モニュメントを粉砕した。