第二十三話 たまごセンターで会いましょう
ボクたちは県立恐竜たまごセンターに来ていた。
大型中型小型などの種類を決めて養親申請をすると、預けられている卵を養子として受け入れることができる。
26番の整理券を指に挟んだまま、卵の写真が並ぶアルバムをめくってボクは呟いた。
「複雑だなぁ……」
亭羅野さんが顔を覗き込む。
「職員さんが教えてくれますよ」
「そういう意味じゃなくてね……」
恐竜の有精卵はこのセンターで管理されるが、無精卵は普通にスーパーに卸されて売られていたりする。鶏卵よりもボリュームがあって安いのでボクもたまに買って帰るし、亭羅野さんも大好物だ。
亭羅野さん自身も毎月、無精卵を産んでいる。その処理方法を聴いたことはない。
「よく考えれば背徳的な行為をしていた気がする」
「気にしなくていいです」
「うーん」
そんなことを話していると、天井に吊るされたスピーカーからチャイムが流れた。
「整理番号26でお待ちの方、1番窓口へどうぞ」
ボクは姿勢を正して1番窓口へ向かう。
「養親申請ですね?」
対応してくれた職員は若いインロングだ。小さな口を動かしながら眼鏡を上げる。
「はい」
声が裏返った。どうやらボクは緊張していたらしい。
職員は椅子に登って背伸びをし、窓口に置かれたケースから書類を取ってボールペンと共に差し出した。
「お住まいと名前、年齢、職業、納税ナンバーが必要になります。配偶者の方もご記入ください」
「納税額の少なさで抽選に落とされたりしますか……?」
「事前調査のためにお聴きしています。正直にお答えください」
たぶん、大型の子供を希望したのに住まいが用意できなかったという事態を避けるためだろう。ボクは自分に言い聞かせて書類に記入する。複写紙で下の紙にも青い字が移っていく。亭羅野さんは大型恐竜用の輪ゴムを巻いたペンを手に取って、配偶者欄に記入する。
希望欄には「なし」と記入した。
「こちらの書類は事前調査および提供者への確認のため使用します。こちら控えになりますので大切に保管してください。マッチングには一週間ほどお待ちいただきます」
書類を鞄にしまって、センターをあとにした。
一週間後。
ボクたちは再度たまごセンターを訪れた。マッチングが完了したという封書が届いたからだ。
「ドキドキしますね」
「どんな子でも立派に育ててあげようね」
なんだか心臓がフワフワして浮ついたことを言ってしまった。亭羅野さんは頷く。
窓口の向こうでは職員の恐竜と人間たちが忙しそうに歩き回っている。
天井に吊るされたスピーカーからチャイムが流れた。
「整理番号18でお待ちの方、1番窓口へどうぞ」
ボクは姿勢を正して1番窓口へ向かう。
「申し訳ありません。たまごがご用意できなくなりました」
インロングの職員が頭を下げた。
「えっ」
亭羅野さんが声を上げる。
「やっぱり納税額が……」
ボクは自分の甲斐性のなさを呪う。
しかし職員は頭を振った。
「本来養親の種族は確認に使わないのですが、どういう訳か情報が漏れてしまったようで……候補に挙がっていたたまごの提供者から先ほど電話があり、肉食恐竜に預けるのは遠慮したい、と。ですのでマッチングが不成立となってしまいました。まことに申し訳ありません」
現代恐竜で活動している恐竜は割合的にも草食恐竜が多い。
「じゃ、じゃあ同じ肉食恐竜の提供者とか」
「先ほど急いで三件の候補をあたりましたが、三名とも同じ肉食は遠慮したい、とのことでした」
ボクは肩を落とす。
亭羅野さんは気まずそうに前足をこねている。
「すみません、私がティラノサウルスなばかりに」
その横顔を見たボクは、諦めたくなくなってしまった。
職員のほうに向き直る。
「亭羅野さんはお肉はほとんど食べませんし、元警察官で正義感に溢れています。提供者に会って説明したらきっとわかってくれます」
「養親と提供者が直接会うことは規則で禁じられています。申し訳ありません」
「じゃあ、職員さんに間に入ってもらって」
「規則によってできません。申し訳ありません」
冷静に返答される。もう窓口でできる手立てはなくなった。
ボクたちはセンターを出た。
「私がティラノサウルスなばかりに……」
「まだ手はあるさ」
ボクは諦めなかった。
「諦めなよ」
狗社さんにそう言われた。
「肉食の一部は有精卵食を好み、中には孵化するまで育てて食べる者もいるそうだ。残酷で悪しき本能が残る肉食恐竜。週刊誌でも格好のネタにされてる」
「亭羅野さんはそんなことはしません」
「それでもイメージが染みついている。同じ肉食ですら踊らされるほどにね」
ボクは腹が立った。この世界に。
そんな理由で、肉食恐竜というだけで、子供を持ってはいけないのか。
「顔」
狗社さんに言われて、ボクは指先で額の皺を伸ばした。
これから国民的恐竜歌手・府寺喉彦のインタビューだ。
使用人に連れられて豪邸の扉をくぐると、大理石が敷かれた広いリビングに喉彦はいた。
「ん。まあ楽にしてよ」
翼をひじ掛けにあずけて喉彦は頷く。長い嘴は綺麗に磨かれている。彼の歌声は中性的で、そのミステリアスさが人々を魅了する。
「照乃出版の狗社です。インタビューに応じていただきありがとうございます」
「入間です」
「そういうのいいからさ、ちゃっちゃと始めよう」
嘴を振って喉彦は席に促す。狗社さんが彼の正面に座り、ボクはその隣に座った。
ボイスレコーダーのスイッチを入れて机に置く。狗社さんは手帳を取り出した。
「ではさっそくなんですが、人間の恋人がいるという噂は本当ですか」
「逆にどう思う? 僕としてはそういうイメージが付くのも仕方ないかなって思うんだけど」
「新譜聴きましたよ。『愛は種を選ばない』という歌詞がとても良かったです。で、実際の所は」
狗社さんの言葉に喉彦はクカカッ、と喉を鳴らした。警戒音。
「別種族の恋愛なんて非生産的だよ」
「しかし歌詞では」
「あれはウケるから入れてるだけ。別の質問はないの?」
「は、はい、では……」
狗社さんは手帳をめくる。
インタビューは険悪な空気のまま終わった。
駅まで迎えに来てくれていた亭羅野さんがボクの表情をうかがう。
「大丈夫」
「……」
亭羅野さんは寂しそうに、だけど優しく前足を差し出した。
手を繋いでボクたちは帰路につく。
曲がり角から急に人が飛び出てきた。
「うわっ」
「大丈夫ですか!?」
転びそうになったボクを亭羅野さんが支える。
ボクの前を横切ったのは大きなリュックサックを前抱きした女性だった。よろよろと歩きながら、戻ってくる。
「こ、これ、これ、預かってください!」
リュックサックを押し付けられた。タオルみたいなものに包まれた堅い感触。ボクは落とさないように抱える。
「夜に、中央駅で!」
女性はそれだけ言って走り去った。
その背中を黒い礼服を来た男たちが追いかけていく。
「いたぞ」
「先回りしろ」
リュックは亭羅野さんの身体に遮られて、男たちには見えなかったらしい。
十分遠ざかったのを確認してボクはその蓋を開いた。
「卵だ」
「恐竜の」
ボクは亭羅野さんと顔を見合わせる。




